「触れられないのに、触れたくてたまらない夜」
訓練が終わった日の夜。
夕飯、お風呂、洗濯――
いつもどおりの生活。
だが三人の胸の中は
いつもどおりどころではなかった。
アリアはソファに横向きに座り、
膝を抱えたまま影クオリアを見ている。
セレナは温かいミルクティーを淹れながら、
カップの数を四つ用意してしまったことに気づき
慌てて表情を誤魔化している。
リオナはクッションを抱きしめ、
影クオリアに近い場所を取ろうと
さりげなく距離を調整している。
それぞれ態度は違っても――
胸の奥にある感情は同じ。
「会いたい」「触れたい」「ぬくもりが欲しい」。
影クオリアはテーブルの前で揺れ、
三人を見守るように静かに立っていた。
沈黙を破ったのは、
予想どおりの声だった。
「今日は……兄者の隣に座ってよいか?」
影は小さく揺れ、
拒まない。
アリアは少し照れた小走りで
ソファに腰を下ろす。
「妾……兄者が近くにいると
こんなにも落ち着くのじゃな……」
一言に詰められた感情は大きすぎて、
影は揺れて返すことしかできなかった。
それを見て、セレナもリビングテーブルに
そっとティーカップを置きながら
影の近くへ座る。
「紅茶四杯の癖、治らないな……
兄さんの分を、つい用意してしまう」
恥ずかしそうに笑いながら、
自分の頬に触れる。
「でも、いつか一緒に飲める日が来たらって思うと……
やめられないんだ」
影は揺れ、
温度のある気配が広がる。
リオナはクッションを抱えたまま、
影のそばまで歩いてきた。
「今日の訓練、先輩すごく誇らしそうでしたよ。
“見守ってる感じ”がすっごく伝わってきました」
柔らかな笑顔で言いながら、
ほんの少しだけ影に寄りかかるように座る。
「守ってもらうだけじゃなくて、
隣にいたいって思ってるんです。
……ずっと」
その声は甘くて、
どこか切なかった。
三人全員が影クオリアの周りに集まるように座ると、
リビングは静かに温度を上げていく。
影クオリアはホワイトボードに文字を綴る。
《訓練の時より 今のほうが緊張してる》
セレナがふっと笑う。
「兄さん、女の子三人に囲まれると緊張するタイプなんだね」
アリアが声を上げて笑う。
「戦場では冷静なのに、
こういう時は脆いのじゃな!」
リオナが頬を赤くして囁く。
「先輩、可愛い……」
影は混乱したように揺れ、
文字が少し乱れる。
《別に可愛いとかではない》
《ただ……距離が近すぎて 正直どうしたらいいかわからない》
その素直さが、
三人を一斉にとろけさせた。
アリアはソファから立ち上がり、
影クオリアの前へ向き直る。
「兄者、妾な……今日の訓練で自信ついたのじゃ。
兄者の隣に立つために強くなれるって思ったのじゃ」
影が柔らかく揺れる。
セレナも近づき、
アリアの隣で座る。
「だから……名前、呼んでほしい。
呼ばれなくてもいい、でも……
兄さんの中で私たちが“名前で存在している”って思えたら
それだけで嬉しいの」
影クオリアは揺れ、
言葉が出ない。
リオナも両手を胸元で組み、
素直すぎる気持ちを隠さず伝える。
「触れられないのはわかってます。
怖いのもわかってます。
でも……“触れたい”って思ってくれるなら、
それだけで幸せです」
影の手が――
震えながら浮かび上がる。
胸の前、
手が伸びる距離。
けれど、
届かない。
無理に触れようとはしない。
それでも触れたいと願ってしまう。
《触れたい》
文字は、短くて、重くて、切なかった。
アリアの瞳が潤む。
「妾も、触れたいのじゃ」
セレナの声が震える。
「名前を呼びたいし、呼ばれたい」
リオナは涙をこぼしながら笑う。
「好きって言いたいし……言われたいです」
影クオリアの手が揺れ、
胸元へと戻る。
《今はだめだ》
《触れたら戻れなくなる》
三人は、その“歯止め”で
むしろ幸せそうに微笑んだ。
アリアの声は、優しかった。
「いつかでいいのじゃ。
今日じゃなくても良いのじゃ」
セレナの声は、深かった。
「限界じゃなくて、届く日に……」
リオナの声は、真っ直ぐだった。
「先輩のタイミングで抱きしめてください」
影クオリアは叫びたくなるほどの感情で揺れたが、
ホワイトボードには一言だけ。
《必ず》
その一言が
三人の胸を溶かした。
のしかかる気配も、
迫る影も、
戦いの気配も忘れてしまうほどに。
穏やかで、甘くて、
泣きたくなる夜だった。
やがて時計の針が深夜を指し、
アリアが立ち上がる。
「寝るのじゃ。
兄者、妾たちが寝るまでここにいてほしい」
セレナが照れながら手を挙げる。
「……こっちもお願いしたい」
リオナは遠慮ゼロ。
「私もです!!三人とも!!」
影クオリアは揺れ、
逃げ出さず、
その場に残った。
三人はそれぞれ布団に入りながら、
影がそばにある位置へと眠る。
灯りを消す直前、
影クオリアは小さく文字を書く。
《おやすみ》
三人はほぼ同時に返した。
「おやすみなのじゃ」
「おやすみ、兄さん」
「おやすみなさい、先輩」
眠る直前まで
笑っていた。
触れられないのに、
こんなにも近い。
いつか本当に触れられるその日のために、
今は距離を愛した。




