「ゲームの世界が、現実に触れ始める」
手が実体化し始め、
力が強くなり、
影界の気配が動き出した――
その翌日。
不安を抱えながらも、
三人とクオリアはいつも通りの朝を迎えていた。
朝食、洗濯、掃除。
何も変わらない日常。
……のはずだった。
いちばん最初の違和感は、
テレビからだった。
ニュース番組のアナウンサーがこう言った。
「続いて、話題のVRMMO《Begins&End》のアップデート情報です。
開発元はまだ発表していない影の王国編について、
一部ユーザーから“ゲーム内に異常が発生している”という報告が――」
アリアがテレビを凝視した。
「兄者……これは、ただのゲームの更新の話ではない気がするのじゃ」
セレナは静かに息を飲む。
「影界の反応が……B&Eと繋がってしまってる……?」
リオナはスマホを取り出し、最新の情報を確認する。
「プレイヤー掲示板やSNSで報告増えてます……
“B&Eの町のNPCが知らない名前を呟いた”とか……
“影の城が現れた”とか……
“ボスのシルエットが変わった”とか」
影クオリアは、
音もなくテレビの前へ移動するように揺れた。
ニュース映像が切り替わる。
《影の王の帰還を予兆する黒城》
という文字とともに、
ゲーム画面が映し出された。
青空の中央に、巨大な黒い城。
闇のような素材、触れれば消えてしまいそうな輪郭。
――どこか見覚えがある。
三人は気づいた。
アリア:「兄者の影と……似ておるのじゃ」
セレナ:「色も、輪郭も、揺れ方も……ほとんど同じ」
リオナ:「バグじゃなくて、反映されてる……?」
影クオリアは、ホワイトボードに書く。
《俺の力が戻り始めてから ゲーム側に変化が出てきた気がする》
一瞬で空気が張り詰めた。
アリアが震える声で言う。
「兄者の実体化が進むことで……
B&Eの世界が兄者を“王の帰還”と誤認して動き出したのか?」
セレナの分析は速い。
「つまり、現実の兄さんの力の変化が
ゲームの世界に反映されている」
リオナは恐怖と興奮が入り交じった声で言った。
「じゃあ……先輩が“人の姿に戻る”と同時に、
B&E側は“王を奪還しにくる”可能性がある……?」
影クオリアが文字を返す。
《そう思う》
《影界も B&Eの世界も 俺を呼び戻そうとしてる》
《でも 俺は戻らない》
三人は泣きそうなほど嬉しくなった。
アリア:「兄者、言い切ってくれて嬉しいのじゃ」
セレナ:「“帰らない”って言葉が……救ってくれる」
リオナ:「それだけで100回泣ける自信あります」
だが同時に理解したはずだった。
“世界はクオリアを奪いにくる”。
テレビに映った幻想的な黒城は、
美しさと同時に“敵意”を孕んでいた。
そして次のニュースが流れた。
「本日未明、《Begins&End》プレイヤーの一部の通信で
“ゲーム内のキャラクターの声が現実に聞こえた”という報告が――」
三人は完全に固まった。
たった一つの言葉が、
現実を変える。
セレナが呟いた。
「つながりが……一方通行じゃなくなってきてる」
つまり、
ゲーム → 現実 へ干渉が始まった。
テレビの音声、ネットの噂、数字の解析。
すべてがひとつの方向に収束していた。
影クオリアは、
ホワイトボードに文字を走らせた。
《もし B&Eの世界が完全に繋がったら》
《俺たちの現実が侵食される》
《でも 俺は守る》
《お前たちの世界を》
その一行が部屋の空気を震わせた。
アリアは目を潤ませながら叫ぶ。
「兄者一人に守らせる気はないのじゃ!」
セレナは強く息を吸って宣言する。
「現実でも、ゲームでも……兄さんを守るために強くなる」
リオナは涙を浮かべながら拳を握る。
「私たち、絶対に先輩を取り戻されない!!
どこの世界にも渡さない!!!」
影クオリアは、照れと覚悟が混ざった揺れ方を見せた。
その瞬間――
三人のスマホから同時に通知が鳴った。
画面にはこう書かれていた。
《B&E 緊急イベント発生》
《タイトル:王の帰還の刻》
《期間:未定》
三人の視線が集まる。
このイベントは――
ただのゲームイベントではない。
現実とゲームの境界が壊れ始めた合図。
影クオリアは、
三人を見守るように揺れたのち、
ホワイトボードに一行だけ記した。
《このまま変化が進めば お前たちもあの世界に引き込まれる》
アリアは息を飲み、
それでも迷いなく言った。
「それでも構わぬのじゃ」
セレナが続ける。
「兄さんがいる世界なら、どこだって味方になる」
リオナが涙を浮かべてうなずく。
「現実でも影界でもゲームでも……
先輩のそばにいたい」
影クオリアは――
震えるほど優しく揺れた。
《ありがとう》
その一言だけで、
全員の胸の奥が強く温かくなる。
やがて雨が弱まり、
空が明るくなる。
けれど三人もクオリアも知っていた。
ここから先は
“ただの甘い日常”では済まなくなる。
世界は動き始めている。
クオリアを奪おうと。
でも――
三人はそれより強い確信を持っていた。
「兄者は妾たちを選ぶのじゃ」
「クオリア兄さんは私たちの世界にいる」
「先輩は渡さない」
そして影クオリアは、
どの言葉にも否定を返さなかった。




