「三人三様の“好き”」
翌日、休日の午後。
リビングには、
柔らかい春の光が差し込んでいた。
ソファに座るアリア、
座椅子に腰かけるセレナ、
カーペットに寝転がるリオナ。
そして――
テーブルの前に、影として揺れるクオリア。
昨日までの不安は、
まだ完全に消えたわけじゃない。
けれど今日の空気は、
どこか軽く、温かかった。
アリアが口火を切る。
「今日はの……兄者に伝えたいことがあるのじゃ」
セレナが視線を向ける。
リオナも体を起こす。
アリアは胸の前で手をぎゅっと握りしめ、
照れながら、でもまっすぐに言った。
「兄者のこと、妾は……家族として好きなのじゃ。
それは“甘えられる人”としてとか、
“守ってほしい人”としてじゃなくて――」
一度、息を整える。
「兄者という“ひとりの人間”として好きなのじゃ。
兄者が兄者だから好きなのじゃ」
影クオリアの揺れが、
一気に熱を帯びる。
アリアは続ける。
「妾は兄者に甘えたいのじゃ。
幼い子の甘えじゃなくて、
“好きな人にくっついていたい”甘えなのじゃ。
それが妾の……好きの形なのじゃ」
次はセレナだった。
セレナは、クッションを胸に抱えたまま
静かに口を開く。
「私の“好き”は……
クオリア兄さんがそばにいると安心できる“好き”」
ソファの端を指先でなぞりながら言葉を続ける。
「兄さんが影になってから、私は不安が少なくなった。
姿が見えないのに、
名前を呼ぶだけで“そばにいる”って感じられるから」
ふわりと微笑む。
「だから私は兄さんの隣にいたい。
助けてもらうんじゃなくて――
安心できる場所を作ってあげたい」
影が、
切なさと喜びが混ざったように揺れた。
セレナは一度まぶたを閉じ、
静かに言う。
「私の好きは……静かで深い。
一度好きになったら、一生変わらないタイプ」
三人目、リオナ。
リオナは勢いよく身を乗り出した。
「私の好きは!!!
一生全力の一直線です!!!!」
セレナとアリアが一瞬びくっとなる。
影クオリアも一瞬震える。
けれどリオナは、
いつもより落ち着いた声で続けた。
「私は先輩じゃないとダメです。
他の誰でもなく、
誰かの代わりでもなく、
“クオリアだから”好きです」
胸のペンダントを握る。
「でも勘違いしてほしくないのは――
先輩を独り占めしたいから好きなんじゃないです」
視線は、まっすぐ影へ向けられた。
「先輩に“一番幸せになってほしい”って思うから好きです。
その幸せの中に私が混ざってたら……最高です」
アリア、セレナも驚いた顔で見つめる。
普段の暴走姫が、
芯の強さを隠さずまっすぐに言っていた。
◆ 三人の“好き”に、影が動く
三人の言葉をすべて聞いたクオリアの影は、
しばらく動けなかった。
喜びでも、照れでも、迷いでもなく――
受け止めきれないほどの感情で、揺れ続けていた。
やがらホワイトボードに、
震える文字が浮かび上がる。
《全部 嬉しい》
その一行だけで、
三人の胸が一気に熱くなる。
だが影は続けた。
《全部を大切にしたい》
《だから 誰も選ばない という選択肢を選びたい》
《それでも離れたくない》
三人は言葉を挟まなかった。
影はさらに続ける。
《全部の“好き”に応えられるなら 俺はもっと強くなれる》
《自信がないけど それでも前に進みたい》
書かれた文字は、
弱さと強さが混ざった――
クオリアそのものだった。
アリアが涙を指で拭いながら微笑む。
「兄者が、兄者であれば……それで十分なのじゃ」
セレナは優しく続ける。
「一人を選ばなくていい。
選ばないことで、私たちは傷つかない」
リオナは胸に手を当てたまま言った。
「選ばないのに“全部愛したい”って言える男、
この世で先輩だけですよ?」
影クオリアは、
照れと嬉しさの両方で一気に揺れた。
まるで、
抱きしめたいのに抱きしめられない子供のように。
アリアはそっと座り直す。
「兄者、これだけは約束してほしいのじゃ」
影が静かに揺れ、返事を待つ。
「妾たちが“兄者を好きでいる”ことを、
疑わないことなのじゃ」
続いてセレナ。
「私たちの“好き”は、本物だよ。
不安でも、怖くても、全部本物」
最後にリオナ。
「だから、先輩が“俺は一人じゃない”って思えるようになるまで……
私たち、毎日好きって伝えます」
影はしばらく震えたのち――
たった一言を残した。
《ありがとう》
たくさん言葉があるはずなのに、
それしか書けなかった。
アリア:「兄者、泣いておるのじゃろ?」
セレナ:「文字が震えてる」
リオナ:「泣いてる先輩とか一生守りたいんですけど」
三人は影のそばに寄りすぎない距離で座りなおす。
触れない。
でも近い。
――これが、四人の“進める距離”。
その夜。
眠る前のリビングで、
影クオリアは珍しく自分の意思で動いた。
アリアの影と重なって揺れ、
次にセレナの影と重なり、
最後にリオナの影と重なって揺れた。
ゆっくり、
丁寧に。
触れない代わりの、
影なりの“抱きしめ方”。
アリア、セレナ、リオナ。
三人とも、静かに涙をこぼした。
「兄者」
「クオリア兄さん」
「先輩」
名前を呼ばれるたび、
影の形が柔らかく揺れる。
恋は簡単じゃない。
距離も不安も、苦しさもある。
でも――
四人はそれを選んだ。




