「兄者の気配を追え!」
放課後。
玄関のドアを開けた途端、三人は硬直した。
家の中が――完璧すぎる。
靴はきれいに揃えられ、
リビングのラグは皺ひとつなく、
ゴミ箱は空、
洗濯物は全て畳んでしまわれ、
さらにはなぜか観葉植物が増えている。
黒衣の女が、真顔のまま静かに言った。
「兄さんが……仕事を増やしてきてます」
ストーカーが床についた手を震わせながら嗅ぐ。
「先輩の……先輩の柔軟剤の香りがします……
このフローリング、先輩が本気で磨いた時の匂いです……♡」
銀髪の妹は目を輝かせて叫んだ。
「兄者の気配が濃すぎて逆にどこにいるかわからぬのじゃ!!」
確かに。
生活のどこを見てもクオリアの“痕跡”がある。
・台所のまな板の位置
・洗濯物の畳み方
・クッションの角度
・ティッシュの引き出し方向
すべてが“クオリアのこだわり”で揃えられている。
ストーカーが頭を抱えて大騒ぎした。
「先輩!!!!
生活能力の霊として実家に帰ってきてません!?!?!?!?」
表現がカオス。
黒衣の女が淡々と修正する。
「兄さんは生活に干渉しすぎて“逆に存在が浮いている”状態です」
銀髪の妹、突然の閃き。
「つまりじゃ!!
兄者はきっと“ここに来た”という痕跡を残したいのじゃ!!
ならば、兄者の気配を追えば兄者と会えるのじゃ!!」
名推理か暴走か紙一重。
だが、三人はすぐに走り始めた。
◆ 靴箱の前
銀髪の妹:
「兄者!! 妾は必ず見つけるのじゃ!!」
◆ 台所
黒衣の女:
「兄さん、ここで料理していた……手の高さが兄さんの手つき……」
◆ 洗面所
ストーカー:
「先輩の歯磨きクセを再現しないでください♡ クソほど可愛い♡」
痕跡の良さに酔いしれるタイプが一番危険。
そしてついに――
三人が揃って“決定的な証拠”を発見する。
場所は リビングの座椅子。
座面がほんの少しだけ沈んでいる。
黒衣の女が震えながら耳を寄せた。
「兄さん……ここに座ってた」
銀髪の妹が隣に座ってみる。
その瞬間、沈み方がぴたりと一致した。
「兄者の……座り方と一致したのじゃ……!///」
ストーカーは涙目。
「先輩の体温が、まだ残ってる気がします……♡」
いや気のせいです。
その時だった。
座椅子の影が、ふっと揺れた。
三人が息を飲む。
影の輪郭が、座った人間のように変化する。
目には見えない。
音もない。
それでも確かに――
そこにクオリアが“いる”。
黒衣の女が震える声で言う。
「兄さん……会いたい……」
銀髪の妹がぎゅっと座椅子を抱きしめる。
「兄者……妾はここにおるのじゃ……」
ストーカーは両腕を広げ、影に向けて微笑む。
「先輩……触れなくてもいいです……
そばにいてください……それだけで幸せです」
影がゆっくり文字を描いた。
《俺もいる》
三人の目が一気に潤む。
けれどその文字は、すぐに書き換わる。
《でも 触れたら壊れる》
銀髪の妹が必死に首を振る。
「兄者が壊れるのじゃ!!
妾たちは壊れぬ!!」
黒衣の女も涙を落としながら叫ぶ。
「兄さんがいなくなるほうが嫌!!」
ストーカーは声を震わせながら笑う。
「先輩が壊れても……
私たちがまだ好きって言うから……
怖がらなくていいですよ……!」
その瞬間――
影の輪郭が大きく揺れた。
迷っている。
揺れている。
触れたい。
触れたくない。
会いたい。
でも壊したくない。
その葛藤が影の歪として伝わってくる。
そして――
影はそっと、三人の頭上に手を伸ばすように揺れた。
触れない。
触れられない。
でもそれは、まるで“撫でる仕草”。
銀髪の妹は泣き笑いになった。
「……兄者の撫で方、変わってないのじゃ……」
黒衣の女は手を胸に当てる。
「兄さん……ちゃんとここにいる……」
ストーカーは涙を拭きながら微笑む。
「先輩……大好きです」
影は、優しく揺れただけで――
それ以上は触れなかった。
触れたいのに触れられない。
触れられたら壊れてしまう。
それでも “そこにいる”。
その夜、三人は座椅子の周りに布団を並べて眠った。
影はずっと、その中心に佇んでいた。
見守るだけしかできなくても、
見守ることを選んでいた。




