生きる
影が夜そのものを飲み込み始めた現実を背にして、
クオリアは三人の手を取った。
“守りたい”だけでは足りない。
“選びたい”だけでも足りない。
救いたい。
救われなかった影の王も――この世界も。
その想いとともにVRヘッドセットを装着する。
《ログインします》
視界が黒から白へ、そして闇色へゆっくり切り替わる。
影の王の城――
空に浮かぶような巨大な城塞。
外壁は黒曜石のように光り、影を吐き出す塔がゆっくり鼓動している。
足を踏み入れると、音のない嵐のような圧が襲う。
恐怖というより“悲鳴の残響”。
三人はクオリアの近くに立った。
「兄者、妾がそばにおるのじゃ」
「兄さんが選んだ場所に、私もいる」
「先輩、最後まで一緒です」
これ以上揺らぐ理由がなくなるほど、言葉は優しく強い。
その時――
玉座のさらに奥から、影の王が歩み出てきた。
形は人に似ている。
しかし顔は影の中に沈み、表情が見えない。
声はなく、ただ感情だけが伝わる。
“待っていた”
“来てくれた”
“来てくれて、嬉しい”
その幸福が歪んだまま溢れ――
次の瞬間“殺意”へ変換される。
クオリアを手に入れれば満たされる。
クオリアを壊せば救われる。
その二つが混ざって狂気になる。
影の王が一歩踏み出した瞬間、城全体が震え、黒い刃が雨のように降り注ぐ。
戦闘が始まる。
三人は背中合わせになり、クオリアを守るように戦った。
影は無限。
斬っても砕いても形を変えて襲ってくる。
影の王は戦いながら、クオリアの心臓を直接殴りつけるような渇望をぶつけてくる。
“どうして来たの”
“どうして殴らないの”
“どうして救おうとするの”
答えは決まっていた。
叫びではなく、静かに。
「お前を一人にしたくないからだ」
その一言で影の王の攻撃が一瞬止まった。
まるで戸惑った子どものように。
しかしすぐに、影の王は再び狂ったように襲いかかる。
救われたいと願いながら、救われるのが怖い。
その矛盾で自分自身を引き裂いている。
痛いほど伝わってくる。
戦闘の最中、三人が次第に限界を迎え始めた。
影の刃がかすめ、身体が薄く光の粒を零していく。
HPではない、“存在の消耗”。
このままでは三人が消える。
だが影の王は気付いていない。
クオリアを追い詰めることしか見えていない。
クオリアの心が折れれば勝ち。
だから三人を壊すことで追い詰めようとする。
黒い刃が、三人へ一直線に飛ぶ。
逃げ場はない。
クオリアは咄嗟に飛び出した。
「やめろ!!」
影の王の動きが止まる。
三人も息を飲む。
黒い刃は三人を狙っていた。
だが、その刃がクオリアの胸に突き刺さった。
痛みではなく――何かが引き抜かれる感覚。
影の王が震える。
“なんで庇うの”
“なんで傷つく方を選ぶの”
“救うために壊れるなんておかしい”
クオリアは血ではなく、光を流しながら言う。
「救いたいなら……救われろよ」
影の王の影が大きく揺れた。
逃げるように剣を振るう。
押しのけようとする。
だがクオリアはもう戦っていない。
ただ歩いている。
痛みに耐えながら、影の王へまっすぐ。
近づくほど影の王は怯えていく。
まるで“触れられたら終わってしまう”と知っているように。
クオリアは、そっと手を伸ばして影の王の頬に触れた。
温度がない。
けれど――震えている。
震えは恐怖ではなかった。
“救われたかった”震えだ。
影の王の心が崩れ、
声なき叫びが胸の中に響く。
「助けて」
その瞬間――
影の世界全てが凍り、
玉座が光となって砕けた。
城は崩れず、ただ静かになる。
影の王は涙のように影を零しながら言葉を発しようとした。
声にはならないのに意味だけが伝わる。
「ひとりになりたくなかった」
「奪うしか知らなかった」
「喜び方が分からなかった」
クオリアは震える声で返した。
「お前はもうひとりじゃない。
……だから、その力を俺に渡せ」
影の王は悲しげに、でも安心して頷いた。
影の王の身体は光と影に分かれ、
影だけがゆっくりクオリアへ流れていく。
三人が叫ぶ。
「兄者やめるのじゃ!!!」
「兄さん、その継承は危険!!」
「先輩、それは生き返らない道!!!」
だが、止められない。
影の王の力を継承するということは――
人間ではなくなるということ。
強さではなく、
“孤独に耐える力”を負うということ。
影の王が消える代わりに、
クオリアが影の王になる。
だが違う。
“救われない影の王”から
“誰も救わせない影の王”へ。
クオリアの足元の影が巨大に広がり、
世界へ接続されていく。
影の王の声が最後に届く。
「ありがとう。
私もやっと――誰かに選ばれた」
涙にも似た影の粒が光に溶け、
影の王は完全に消えた。
残ったのはクオリアだけ。
だが、もう“人間の姿”ではなかった。
影と光が混ざりあう黒銀の王。
三人が駆け寄ろうとする。
だがクオリアは優しく手を振って、距離を取る。
声は震えていたが、笑っていた。
「近づくな。
この力は……俺が抱えて生きる。
お前たちに触れさせるわけにはいかない」
孤独へ歩く覚悟。
仲間を守るための犠牲。
銀髪の少女は泣きながら叫ぶ。
「兄者……どうしてなのじゃ……」
「兄さん、救われたのは影の王じゃなくて……あなたじゃなきゃいけない」
「先輩……私……私、離れたくない……!」
クオリアはゆっくり答えた。
「俺はもう大丈夫だ。
怖くない。
一人になるのは、もう怖くない。
――お前らがいるから」
触れられない。
抱きしめられない。
共にいられない。
それでも“繋がっている”。
影の王は孤独を呪った。
だがクオリアは孤独を選ぶのではなく――
孤独を受け入れて、守るための力に変えた。
影の風がクオリアを包み、
王座――新たな影の玉座が形成される。
最後に、三人へ。
「笑って生きろ。
俺は見てる」
光と影が混ざった風が吹き、
クオリアの姿は城の奥へ消えた。
影の世界は救われた。
現実も侵食を止めた。
誰も死ななかった。
誰も奪われなかった。
ただひとりを除いて。
新しい作品も書いてるのでぜひ見てください!!
愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に
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