三者
夜。
三人が静かに眠っているのを確認したあと、
クオリアは立ち上がった。
自分だけで勝てるとは思っていない。
でも――
「何を背負って戦うのか」
それを知らなければ、三人を連れて行くこともできない。
まずは知る必要がある。
影の王とは何か。
影が何を求めているのか。
そして――
“旅人”は何者なのか。
クオリアは再びヘッドセットを装着する。
《ログインします》
転移先は、新大陸の灰色の夕暮れ空。
前回とは違い、光源が赤く鈍く光り、影の濃度が異常に高い。
すでに“待っていた”かのように、旅人がそこにいた。
剣を背負ったまま、静かに立っている。
「来ると思っていた。
……だが、ひとりで来るとはな」
皮肉でも驚きでもない。
淡い感情の滲む声。
クオリアは地図を見せる。
「カルシウムに会った」
旅人の表情が一瞬だけ硬くなった。
だがすぐに、予測済みというように落ち着いた口調に戻る。
「影の研究塔か。
あの二人は影の解読者だ。
影の王を理解し、対処法を探し続けている者たち」
クオリアは踏み込む。
「旅人、お前とカルシウムは味方なんだな?」
旅人は答える前に、影の風を見上げた。
「味方、とは違う。
目的は同じだが――立場が違う」
答えのようで答えになっていない。
だが、続きがある気配。
その時、空気がわずかに歪んだ。
塔の転移魔法が発動し、
カリウム・カルシウムと塩酸・カルシウムが現れた。
旅人が苦笑する。
「……来たか」
カリウム・カルシウムは淡々と言う。
「あなたが勝手に説明を省くからだ。
影の王に対抗するには、情報が足りなすぎる」
塩酸・カルシウムは頬を膨らませている。
「旅人しゃん、ちゃんと説明してほしいでしゅ!
抜け駆けはダメでしゅ!」
旅人が溜息をつく。
「……話せ。俺は補足に回る」
カリウム・カルシウムはクオリアへ向き直り、慎重に口を開いた。
「影の王は、誰かの“心の断片”ではない。
多くの人々の
“選ばれなかった感情の集合体” だ」
選ばれなかった恋。
言えなかった言葉。
届かなかった願い。
報われなかった時間。
そのすべてが蓄積し、ひとつの意志になり――
影の王が誕生した。
塩酸・カルシウムが続ける。
「影の王はしゅ、
“自分を必要としなかった世界”を憎んでるでしゅ。
だから“必要を壊す”んでしゅ。
必要で繋がっている心ほど、影の王は食べたがるでしゅ」
旅人が低い声で重ねる。
「だから影の王は、おまえを狙う。
おまえは“必要の中心にいる”」
守られるほど、
愛されるほど、
求められるほど、
影の王は喜ぶ。
壊す対象が大きいほど、価値があるから。
クオリアの胸が締め付けられる。
「俺を壊せば――
俺の周りの全員が壊れる、ってことか」
旅人は肯定する。
「そうだ。
だから影の王は“おまえの心”を狙う。
戦う前に折りにくる」
戦う前に、心を奪う。
戦う前に、孤独に追い込む。
刃向かう者ではなく、
“崩れやすい者”を優先して喰う。
影の王は、真っ向勝負をする敵ではない。
心を支配する“奪う敵”。
沈黙を破ったのはカリウム・カルシウム。
「旅人。
あなたはもう隠し通せない。
本来の役割を明かすべき」
旅人の瞳が揺れる。
拒むかと思われたが――
やがて静かに告げた。
「……俺は、“影の王の代行者”だった」
空気が凍った。
塩酸・カルシウムが声を震わせる。
「旅人しゃん……それは……!」
旅人は感情を押し殺すように続けた。
「俺は、影の王に仕える存在だった。
影が“もっと強くなる宿主”を探し、
導き、弱さを刺激し、
孤独を与え、成長させ――
最終的に喰わせるための“案内役”だった」
チュートリアル。
導き。
観察。
助言。
すべて、そのためだった。
だが旅人は最後の一文で全てを覆した。
「――だが、俺は拒絶した。
影の王に喰わせるための存在を、
“殺させたくない”と思った。
それが、お前だ」
クオリアの心臓が強く鳴った。
旅人は、
裏切ったのだ。
影の王を。
ただの味方でも、敵でもない。
影の王の手足だった人間が、
影の王に抗ってクオリアを守ろうとしている。
カリウム・カルシウムが締める。
「旅人を信じるかどうかは、あなたが決めること。
影の王を倒す力は、”選んだ心”だけが持つ」
塩酸・カルシウムは両手を胸の前でぎゅっと握る。
「クオリアしゃん……
影の王は簡単じゃないでしゅ。
でも、あなたなら行けるでしゅよ」
旅人は剣を握り、静かに言う。
「いつか――
俺を必要とする時が来る。
“戦うため”じゃない。
“折れないため”に」
その言葉は、ようやく意味を持った。
クオリアの返事は、まだ早い。
ここで選べと言われても、選べない。
影の王への戦いは、
“選ぶ”ことから始まる。
ログアウト音が響き、視界が白く溶けていく。
旅人の最後の声がかすかに届く。
「影の王は、次に本気で来るぞ」
新しい作品も書いてるのでぜひ見てください!!
愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に
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