カルシウム2
影が消えて静けさが戻ったリビング。
三人の温度に包まれながら、クオリアは息を整えていた。
影は完全に消えたわけではない。
ひとまず姿を曖昧にして引いただけ。
「兄者、今日ログインするのじゃ?」
「兄さん、影に飲まれないうちに情報を集めるべき」
「先輩、影に狙われたままなの怖いので、早く攻略しましょう♡」
三人の言葉はそれぞれ違う。
だけど向いている方向は同じ――進むこと。
クオリアはゆっくり頷き、VRセットを手に取った。
《ログインします》
視界が変わる。
新大陸アルターラの冷たい風。
先ほどの“白と黒の世界”ではなく、旅人と戦った平原に戻っていた。
ただ――見覚えのない建物があった。
巨大な石造りの研究塔。
周囲の大地には魔法陣のような刻印がいくつも刻まれ、
影の流れを制御しているように見える。
塔の扉が開き、誰かがこちらへ歩いてくる。
ローブ、手袋、三角帽子。
どこかで見たことのあるカラーリング。
声が響く。
「お久しぶりでしゅ。
チュートリアルぶりでしゅね、クオリアしゃん」
妙なイントネーション。
妙な子ども口調。
妙な語尾。
――忘れようがない。
塩酸・カルシウム。
後ろから落ち着いた声が続く。
「ようこそ、再会を歓迎する。
カリウム・カルシウムだ」
チュートリアルの二人が、何の違和感もなく目の前に立っていた。
クオリアが困惑している間に、
塩酸・カルシウムはローブの袖を引っ張って喜んでいる。
「チュートリアルのときより、ずっと強くなってるでしゅ!
影にも触れられたし、普通じゃないでしゅよ?超レアでしゅ!」
対して、カリウム・カルシウムは冷静。
「ここは“影の研究塔”だ。
チュートリアルを担当したのはただの案内役ではない。
君のように影に触れたプレイヤーを観測し、
影の王に対抗できる者を探している」
ようやく繋がる。
影はこの世界のボスではなく、
“観測すべき現象”でもある。
塩酸・カルシウムは勢いよく説明を続ける。
「影はしゅね、“必要/不要”の価値観を力に変える存在でしゅ。
必要とされない者を喰い、必要とされたい者に取り入り、
必要とする心を奪い、壊すんでしゅ」
言葉は可愛いのに内容は地獄。
クオリアは質問する。
「影の王を倒す方法はあるのか?」
カリウム・カルシウムは短く頷く。
「ある。ただし――条件は最も難しい」
塩酸・カルシウムが両手を広げる。
「影の王は《選択されなかった感情の集合体》でしゅ。
だから影の王に勝つには――
“選択した心” を揺らさないこと でしゅ」
誰を必要とし、
誰に必要とされたいか。
その“答えを揺らさない”。
それが影の王の弱点。
だがカリウム・カルシウムが淡々と補足する。
「逆に言えば、選択を迷った瞬間に死ぬ。
迷いは影への隙になる」
塩酸・カルシウムもいたずらっぽく笑顔を浮かべて言う。
「影の王はしゅ、“豊かな感情”が大好物でしゅよ?
優しさ、愛、思いやり、絆――
揺れやすい心ほど、あちらは嬉しいでしゅ」
つまり――
守りたいほど、奪われやすい。
愛するほど、奪われやすい。
必要が深いほど、影は美味しそうに寄ってくる。
この世界は“弱い者が死ぬ”世界ではなく
“心が揺れる者が死ぬ”世界だ。
カリウム・カルシウムが地図を差し出す。
「次に向かうべき場所は《影の鏡宮》。
影が“あなた自身”の姿で襲いかかってくる試練の地だ」
塩酸・カルシウムも手を振りながら言う。
「気をつけるでしゅ、クオリアしゃん。
影はもう、あなたに執着してるでしゅ」
そこで二人は同時に口をそろえた。
「次はひとりでは来ないこと。
影は《ひとり》をもっとも好むから」
そして最後に――
カリウム・カルシウムは旅人と同じ言葉を重ねる。
「必要とされるだけでは足りない。
必要とするだけでは足りない。
“選んで、選ばれる心”が影の王への唯一の刃だ」
地図を受け取った瞬間、
塔の空気が歪み、視界が引き戻される。
《ログアウトしました》
ヘッドセットを外すと、
部屋の隅の影はじっと揺れている。
その揺れは――
“何かを待っている者” のように見えた。
クオリアは静かに息を吸って言う。
「次はひとりで行かない。
……三人と一緒に行く」
影は揺れた。
その反応は、まるで怒りにも見えた。
でも構わない。
これは奪い取られる戦いじゃなく、
“奪わせない”戦いだ。
新しい作品も書いてるのでぜひ見てください!!
愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に
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