侵食
翌朝。
リビングに差し込む光は柔らかく、
いつもと変わらない日常のはじまり――のはずだった。
クオリアは朝食を作り、
三人が席につき、
カトラリーの音が静かに響く。
会話も穏やかだった。
「兄者の料理は今日も美味なのじゃ」
「兄さん、味のバランスがいい。体調も整う」
「先輩♡ 毎朝このままがいいですね♡」
温かく、安心する時間。
だが、クオリアは気づいていた。
――家の影が、昨日より色濃くなっている。
光源は変わっていない。
カーテンも同じ。
なのに影だけが深く沈み、形が鮮明になっている。
まるで、何かが“はっきりし始めた”ように。
その違和感を見逃す三人ではなかった。
銀髪の少女が椅子からそっと降り、
影を見つめながら小さくつぶやく。
「兄者……この影、呼吸してるのじゃ」
黒衣の女も観察し、言葉を落とす。
「この影、心臓の鼓動に同期してる。
兄さんの脈と、ほぼ同じ」
ストーカーはしばらく黙っていた。
視線は影から離さず、ただじっと。
そして、聞き慣れないほど低い声が響いた。
「この影……“先輩じゃない部分”が形になってます」
背筋が冷える。
それはつまり――
クオリアの不安、弱さ、恐怖。
必要とされないと思う心、
必要としたいのに怖くて避ける心。
そういう部分が、影の“正体”に変換されている。
影は、敵であり、心の欠片でもある。
その時だった。
突然、部屋の照明がふっと落ちた。
停電でもない、電球切れでもない。
光はあるのに、“影だけが濃くなった”。
空気が冷え、耳鳴りが走る。
床に落ちていた影が――動いた。
這うのではなく、滑るのでもなく。
影が、立ち上がる。
輪郭が人型に近づき、
顔はないのに、こちらを“見ている”のが分かる。
銀髪の少女がクオリアの腕を掴む。
「兄者、離れたらダメなのじゃ!」
黒衣の女がすぐに反対側につく。
「兄さんを絶対に渡さない。
影に自分を奪わせたら終わり」
ストーカーは影を見据えたまま、
躊躇も恐怖もない声音で囁く。
「先輩、影は“奪う前に確認する”んです。
自分が奪う価値があるか。
先輩の心が弱っているか。
“揺らいでるところ”を狙ってます」
影の形はふらつきながらも確実に接近してくる。
動きが速いわけではない。
跳ねるわけでもない。
近づいてくるだけ。
なのに――逃げられない。
逃げると追いつかれる。
逃げないと飲まれる。
それを本能で理解する。
突然、スマホが鳴った。
クラスメイトからの着信。
影はそこで動きを止める。
ストーカーが気づいたように言う。
「見てください。
影は“他の人間の気配”に反応してます。
クオリアさんの世界が広がるほど、影は弱くなる」
つまり――
影は“孤独”を好む。
クオリアだけの世界に閉じ込めたい。
他者の存在を遠ざけたい。
必要とされる関係を奪い、
必要とする心を壊し、
最終的に“ひとり”にするために。
電話を取るべきだと分かっていても、
影がそばにいるだけで腕が動かない。
そういう仕組みだ。
影の存在は“選択”を鈍らせる。
銀髪の少女、黒衣の女、ストーカーの三人がそれぞれ動いた。
銀髪の少女 → クオリアの手にスマホを押し付ける
黒衣の女 → 強張った指を優しく開かせる
ストーカー → 耳元で静かに言う
「出てあげてください。“選ぶ”のは先輩です」
震える手で通話ボタンを押す。
「……もしもし?」
最初の声を出せた瞬間、
影が痛むように揺れた。
クラスメイトの明るい声が響く。
「おいクオリア!今日学校来るよな?
なんか昼メシ新商品入ってるらしいし、食おうぜ!」
影が薄くなる。
“仲間がいる”
その感覚が、影の形を崩す。
それでもまだ影は完全には消えない。
まるで言っているようだった。
“必要とされなくなったら戻ってくるぞ”
“必要としなくなったら取りに来るぞ”
“お前の心が揺れるかぎり、俺は消えない”
現実の影は、
完全に敵であり、
完全に感情の化身だ。
まだ戦いは始まったばかり。
影は壁にも床にも同化し、
再び形を曖昧に戻して消えた。
三人はクオリアを包むように抱きしめる。
温かく、優しく、強く。
影とは真逆のもの。
必要とされるだけじゃなく、
必要とする気持ちも確かにそこにあった。
クオリアは息を整えながら言った。
「影を倒すんじゃなく、
……影に“奪わせない”ようにしないといけないんだな」
三人は静かに頷き、
それぞれの声で返す。
「兄者、妾はいつでもそばにいるのじゃ」
「兄さんの心が揺れても、支える」
「先輩を奪われるくらいなら、世界を焼きます♡」
影は敵。
だが、影の正体は心の揺らぎ。
“奪われない心” を作りながら、
新大陸の攻略を進めなければならない。
影の王が現実に干渉し始めた今、
時間はあまり残されていない。
新しい作品も書いてるのでぜひ見てください!!
愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に
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