不穏
影が背中すれすれの位置に迫ったまま動かない。
本来なら戦うべき距離だが、“戦えば死ぬ” のがこの大陸。
緊張が限界に張り詰めたところで、
クオリアは静かに言葉を落とした。
「……一度ログアウトする」
旅人がわずかに振り返る。
「賢明だ。
この大陸は、疲れた心ほど早く喰われる」
影はクオリアの動作を見届けるように、
ただそこに佇んだままだった。
視界が暗転し、システム音が響く。
《ログアウトします》
乗っていた緊張の糸が一瞬で途切れ、
意識が現実へ引き戻される。
目を開けると、自分の部屋。
ヘッドセットを外すと、静かな生活音が戻ってくる。
だが胸の奥には、まだ鉄の匂いが残っていた。
あの影の存在が、神経に焼き付いていた。
椅子にもたれたまま深呼吸をしていると――
ガチャッ
部屋のドアが勢いよく開いた。
「兄者ぁぁあ!妾お腹すいたのじゃぁ!!」
突然の生活全開モード。
銀髪の少女が全力で抱きつき、
それを見て黒衣の女が続く。
「兄さん、食事の時間を安定化したほうがいい。
身体に悪い」
そして最後に、
「先輩♡♡♡
会えましたぁぁぁ♡♡♡♡」
ストーカーまで飛びつく勢いで来る――のでクオリアがすぐ手で制止した。
しかし、今日はいつもと違った。
過剰な甘えも、奪い合いの修羅場も、
クオリアには“妙な違和感”として聞こえた。
嬉しい、楽しい、賑やかで騒がしい――
けれど、どこかが引っかかる。
銀髪の少女は相変わらず明るく無邪気に笑っている。
黒衣の女は家事の心配をしている。
ストーカーは愛を撒き散らしている。
いつも通りの、騒がしい日常。
だが――
“この光景の中で、必要とされている実感がない”
そう心が囁く瞬間があった。
それは事実ではない。
実際には全員クオリアを求めている。
寄り添っている。
愛している。
“なのに、心が一瞬だけそれを信じられなかった。”
新大陸のルールは、現実の心まで侵食してくるようだった。
誰かに必要とされていないと思うと死ぬ世界。
それを知ってしまったせいで――
自分が誰かを必要としなければ “死ぬ” 世界。
その感覚が、現実でも消えない。
銀髪の少女が首をかしげる。
「兄者、どうしたのじゃ?
いつもと違うのじゃ……」
黒衣の女も心配そうに近づく。
「体調が悪い? 目が虚ろだけど」
ストーカーは表情を変えずに微笑む。
「ねぇ先輩……もしかして
“私たちなんて必要じゃない” って思ったりしてません?」
空気が凍った。
言葉にしたわけではないのに、
核心を突かれた。
クオリアはすぐ否定しようとする――
だが声が詰まった。
“そう思ったわけじゃない”
でも “そう思わなかった” と言い切れない。
アルターラの空気が、まだ体の奥に残っている。
三人はクオリアを見つめ、
表情は違うのに、声だけが同じ響きで言った。
「私たちは兄さん(先輩)に必要とされたい」
言葉は優しい。
契約でも束縛でもない。
ただ―― “必要とされたい” と願っている。
その瞬間、
クオリアはようやく息を吐いた。
「あぁ……必要だ。
お前たちがいなければ、俺は生きられない」
三人は一気に表情を緩めた。
銀髪の少女は抱きつき、
黒衣の女は小さく微笑み、
ストーカーは幸せそうに肩に寄りかかる。
その温もりが――
アルターラの冷たい空気をほんの少し溶かした。
だがクオリアは内心で理解していた。
“影はリアルにはいないはずなのに、
影に触れられる感覚がまだ背中にある。”
新大陸は、ゲームの中だけの脅威ではなかった。
新しい作品も書いてるのでぜひ見てください!!
愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に
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