影
巨大な影が完全に姿を見せようとした――
その瞬間。
「動くな」
澄んだ声が背後から届いた。
影の接近音がピタリと止まった。
まるで命令に従ったかのように。
砂埃の中で蠢いていた得体の知れない塊は、
声を合図に凍りついたように沈黙した。
クオリアたちが振り返ると――
そこに一人の人物が立っていた。
性別は判別できないほど中性的で、
黒と白の布を混ぜたような無彩色の装束。
長い外套の下に、識別不能の装備を身にまとっている。
手には武器らしきものはない。
だが警戒も無防備も感じられない。
ただ、完全に「この大陸のルール」を理解している歩き方。
クオリアたちが構えるより早く、
その人物が静かに手を掲げた。
敵意はない――そんな意思表示に見えた。
そして言った。
「ここでは “戦ってから死ぬ” んじゃない。
“殺される理由がないときだけ、生き残れる”」
意味がわからない。
だが、声は真剣で嘘がない。
銀髪の少女が小さな声で聞く。
「あなた……誰なのじゃ?」
人物は少し考えてから答えた。
「旅人。
この大陸を歩き続けているただの生存者。
名前は――もう必要ない。
この大陸では、名前を持つ者ほど早く死ぬから」
異様なルールだ。
名前が命を奪う理由になる?
黒衣の女がさらに問いを投げる。
「事情を説明してもらえる?」
旅人は一度、遠くの巨大な影へ視線を向けた。
影はまだ沈黙したまま、砂の向こうからこちらを見つめている。
旅人は言う。
「この世界は “何かが正しいかどうか” を判断しない。
“必要かどうか” だけを判断する」
「この大陸にとって “不要” と判定された瞬間、
影が来て、その存在を――消す」
ストーカーが小さく笑った。
「じゃあ、“先輩が必要” って考え続けてれば生き残れる♡」
旅人がわずかに肩をすくめた。
「一人だけの心理では判定に耐えられない。
“周囲の評価” が影響する」
そこで、クオリアに視線が向いた。
「この大陸は――“世界の王を試す” ように設計されている。
大陸を支配した者が来るのを、最初から前提としていた」
その言葉に、空気が変わる。
クオリアたちは戦争で世界を支配した。
その行為そのものが、この大陸を開いた鍵。
旅人は静かに続ける。
「ここは “勝者を歓迎しない”。
“勝ち続けることができる者だけが、立つ場所” だ」
影が再び動いた。
大きくしかしゆっくり、砂を押し分ける。
クオリアが前に出ようとする。
だが旅人が制した。
「戦うな。
戦えば死ぬ」
クオリアは目だけで問い返した。
旅人は短く答える。
「ここでは、戦って勝つのは……“間違い” なんだ」
沈黙。
理屈ではなく、世界の仕組みの話。
戦うことそのものが不要と判定されれば、
影が襲い、存在を消す。
戦い続けて支配者の座に立った者を、
今度は “戦うことを捨てられるか” で試している。
旅人は背を向け、言った。
「ついてこい。
ここで最初に死ぬのは、“自分の強さを信じすぎた者” だ」
影がまだこちらを見張っている。
一歩でも無駄な動きをすれば、襲いかかってくる空気。
クオリアはほんの一瞬だけ空を見上げ、息を整えた。
そして静かに歩き出した。
仲間たちも続く。
影は動かない。
“戦わない” という判断を、この大陸は肯定した。
だが旅人の最後の言葉だけが重く残る。
「ここは “支配した者が朽ちる大陸”。
油断すれば、王ですら――たった1秒で不要になる」
大陸の始まりは、
静寂、そして死の匂いのする平穏だった。
新しい作品も書いてるのでぜひ見てください!!
愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に
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