一休み一休み
「さて……飛び出してみたはいいものの……」
木の上を跳ねるように跳ねる狼は川の側へと降りて腰を休める。
ねぐらを後にして半日あまり、精霊の剣幕に恐れをなして、という裏事情も抱えながら足を止めてしまえば尾を引かれてしまい帰りたいという気持ちが膨れ上がるかもしれないと思った狼は休むことなく走り続けていた。
流石に思いも振り払えただろうと考える余裕も出てきたところで川を見つけたので小休止と相成った。
「旅と言っても……当てがなければ放浪であるな」
何かないか、旅を旅として機能させる口実は。
頭をひねりながら川の水に口をつけ、それから自分の尾を見た。
「種か……種……そういえばここの所同じような物ばかり口にしてきたか」
兎に鳥、木の実にキノコ、たまに鹿や熊。
巨躯に似合わず食事量は少ない狼だが、食に満足しているとは言えない日々。
ありていに言うならば妥協していた。
熊や鹿は食い応えがある、鳥や兎はちょうどいい大きさ、木の実は甘く芳醇、キノコは舌が痺れる味わい、普段は食べないが魚は丸ごと食べられるというのも醍醐味だ。
しかし足りない、味の変化という点においては圧倒的に足りない。
「うまい食事か……終末の美食をというのも悪くないが……いかんせん目立つな」
一人の女の子を送り届けた際も大層な騒ぎになった。
化物や怪物とまで言われて当然の体躯、そんな存在が物見遊山と美食めぐりと言ったところで信じる者は誰もいない。
せめて口添えしてくれる存在がいれば、と思った所で狼は思考を止めた。
昔の事を思い出したくない、その一言で考える事を放棄した。
「さて……しかし美食めぐりというのは我ながら悪くない。人の作る食事というのは長らく口にしていないが、大抵の物は美味かったな」
極稀に死ぬほどまずい料理や死ぬほど臭い料理も出てきたことを思い出しながら、やはり思考を止める。
記憶の多くにいる誰かを思い出さないように、狼は丁寧に心に鍵をかけた。
「どちらにせよ集落を見つけなければいかんが、ここはどこなのだろうか」
適当に走り回った狼だったが、木の上を飛び跳ねて見た限り人工物を見つける事はできなかった。
さしあたっての急務は寝床の確保だと気持ちを切り替えてから、周囲を見渡してここでいいかと大きなあくびをした。
水辺だが少し離れれば丈の低い草が生えている。
他の動物が来るとしても狼の姿を見れば襲ってくる可能性も低く、むしろ避けて通るだろう。
食事も久しぶりに魚を口にしよう。
デザートにあの木の実を食べたいが、尾を見ても小さな芽が出ているだけ。
ひとまずは、疲れをいやすためにと瞼を落として寝息を立て始めた狼だった。