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旅立ちはせわしなく

「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」


『鬱陶しいと言っとるじゃろ! 』


 結局の所、狼の悩みが消える事はなかった。

 そして実に半年もの間狼は毎日毎晩毎朝と唸り続けた。

 都度、風の精霊は狼を黙らせようと、そしてことあるごとに旅立たせようと着々と準備を進めていたがこうして半年が経過するまで狼は森から旅立とうとしなかった。

 風の精霊曰く、でかい図体女々しい根性という評価が下された狼はようやく重い腰を上げた。


「今日で半年……悩みも消えぬし致し方ない」


『なーにが致し方ないじゃ、半月前も二か月前も三か月前も似たような事を口にして取りやめたではないか』


「……いや、今度は本当だぞ。我、やるき、まんまん」


『どーじゃか』


 ため息交じりに狼の決意をあざ笑う風の精霊。

 しかしそれも致し方のない事。

 森に長く住み着き狼の事を知っている精霊達は賭け事に興じていた。

 いかんせん森の中故、大事件という物は少なく人から視認されない彼らは娯楽に飢えていた。

 そこで舞い込んだのが半年前のアニータ遭難事件、そして送り届けた狼の唸り声、最後に今日の旅立ちである。

 それらの事件を知った精霊たちは大いにはしゃいだ。

 同時に、精霊以外で話のできる数少ない友人が森を出るという事に哀愁とも落胆ともいえる複雑な感情を抱く者も多かった。

 しかし、この風の精霊は友の旅立ちを祝福し彼が帰るまで土産話を楽しみにしていようと新たな娯楽の種を植え付けた。

 そんな甘言にころりと騙される同胞を風の精霊は優しげに見つめていた。

 そして同時に厄介の種も植え付けた。

 ついでだから、狼が帰ってくるまでどれくらいの時間がかかるか賭けをしよう……と。

 精霊たちは沸き立った、難しい顔をして唸り声を上げていた狼が思わず尾を逆立てるほどに森が沸き立った。

 ついでにトアハの町まで謎の歓声が響いたという事で、狼にあらぬ疑いがかけられたりもした。

 そんな事はつゆ知らず、ついでに風の精霊も精霊同士の話に花が咲いただけと茶を濁してその場を切り抜けた。


「しかし旅となると準備をせねばならぬな」


『いらんじゃろ、半年前に植え付けた種も立派に育っておるし』


「……なんだと? 」


 精霊の言葉に狼は自分の身体を舐め回すように探り始めた。

 よく見ると茨でできた尾の隙間に新芽が見える。

 棘のない小さなそれは狼の身に覚えのない物だった。


「……なんだこれ」


『お主の好きな果実の種をこっそりとな、育てばそれはもう旨い実をつけるじゃろうて』


 勘弁してくれ、というのが狼の本心だった。

 木になっている実を食べるのと、身になっている実を食べるのとでは意味合いがだいぶ変わる。

 例えるならば自分の爪を食らうようなものだ。


『毛玉を飲み込むのと変わらぬじゃろうが、今更自分の身を取り込むくらいでガタガタ抜かすでないわ』


「しかしなぁ……」


 その声は渋かった。

 狼としては割り切れと言われて割り切れる物でもない。

 自分の身を食べるということもそうだが、勝手に種を植えられたことに対しても文句の一つくらいはつけてやりたいところだった。

 しかしそれを許す風の精霊ではない。

 

『たりんか? 』


「は? 」


『種、植え足りんか? 』


無言の圧力という物がある、ならば有限の圧力は如何ほどの威力を秘めているだろうか。

 風の精霊が口にしたのは、これ以上騒ぐなら文句が言えなくなるまで種を植え付ける、というものだった。

 言外の脅しと圧力の前に、狼は屈服するしかなかった。

 いっそのこと仰向けに寝転がってもいいとさえ思っていた。

 

『文句がなければさっさと行くがいい』


「……わかった」


 圧力に負けた狼はのそのそと森の外を目指した。

 方向は少女を送り届けた村の反対側、関わるなと言った以上あの村に関わる事を避けての判断なのだろう。

 その足取りは重く、しかし巨体故に一歩が大きくすぐに森の木々に阻まれて風の精霊からは視認することができなくなった。


『やれやれ、若い物はこれだからいかん……さて、静かになったことだし昼寝でもするか』

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