少女お届けに参りました
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「化け物が出たぞー! 」
それは少女を背に乗せた狼が町にたどり着くのと同時だった。
町を覆う柵、その外で畑仕事をしていた者達が鍬を投げ捨てて村へと駆け込んでいった。
代わりに槍を持った兵士が数人半笑いでそちらに視線を向けて、そして戦慄していた。
巨大な黒い狼、その尾が蛇のようにうねりながら、茨のようにのたうち待っている。
まさしく異形と言った様子に気圧された様子だった。
「ここであっているか」
そして喋った。
何人か悲鳴を上げている。
少女も悲鳴を上げたが、ここまでの無様は見せなかったと狼はため息をつきながら鼻を刺激する臭いにいらだちを混ぜていた。
肥料の為に用意された肥溜めが発する臭い、あまりにも刺激的なそれは数百年ぶりの物であり、あぁそういえば昔も辟易としていた、などとどうでもいい記憶をよみがえらせた。
「そこの男よ、届け物だ」
立ちすくみ、それでもひざを折ることなく槍を構え続けた兵士に少女を差し出す。
巻き付けていた尾を解いて、自分の足で歩かせようとした。
しかしあまりの速度に目を回していた少女はその場でへたり込んでしまい、致し方ないと襟に尾をひっかけて運ぶ姿は狼と言うよりも母猫のようだった。
「アニータちゃん!? 」
「あ、レックスおじさん」
驚きのあまり震えも止まったのか兵士は少女に向かって駆け寄る。
対して驚くよりも別の感情が沸き上がっていたのは、いましがた狼によって運ばれた少女ことアニータだった。
主に安堵と、そういう反応になるよねという達観の二つだ。
「えっと……何から説明したら……」
「我が話してもいいが」
「狼さんの話聞いてくれるかな……」
姿を見せただけで大騒ぎされる化け物なのだ、素直に話をしようとしても聞いてもらえない可能性が高い。
とはいえアニータに説明を任せたとしても、狼が補足説明をしなければいけないという事に変わりはない。
「応援を連れてきた……ぞ……? 」
そんな二人と一匹が立ち尽くしていた所に、新たな厄介事が襲来する。
逃げた人々が応援の兵士を呼んだのだ。
そして阿鼻叫喚、既に死を覚悟して恐怖に挑もうとする者は多くないがまだまともな判断力を持っている。
しかし腰を抜かす者や、気を失う者、狂乱して笑い転げる者など様々な様相だった。
「あー、我ちょっと離れた所にいるから落ち着いたら話聞きに来るがよい。うん、我もこの騒乱に混ざるのは流石に……あとそのアニータとかいう娘を早く家族に合わせてやると良い、泣き虫小娘の鳴き声は耳に響くからな」
「喋ったぁ!? 」
「……話が進まぬ」
呆れたようにつぶやく狼の眼前でへたり込む少女アニータは、早くも非常識に適応して苦笑いを浮かべていた。
それから狼が少女を引き渡してから、それなりの時間が経過した。
主な理由は混乱。
言うまでもなく人語を解して、尾が茨のように蠢き、そして人間など一口で飲み込んでしまうであろう巨体の持ち主、つまりは怪物ともいえる狼が現れたことにある。
行方不明になった少女が無事に帰ってきたというのは、町にとっては良い知らせだったと言えるかもしれないが『おまけ』が大きすぎた。
少女のおまけに狼という表現がふさわしいのかもしれないが、その実態は狼が少女というおまけを持ってきたというべきかもしれない。
実体や正確な表現を抜きとして語るならば、怪物が少女かもしれない何かを引き連れてきた、と言い出す者もいるほどだ。
「ほほう、人間の想像力とは相も変わらず深淵の様であるな」
と、作物の植えられていない畑の一角で眠る狼は声を漏らしていた。
その度に見張りの兵士がびくりと全身を震わせる。
逃げ出さないだけ大したものだと褒めてやるべきか、などと考えた狼はすぐにやめておいた方がいいだろうと考えなおした。
独り言で失禁しかねないほどにおびえているのだ、声をかけたら……失禁に失神が加わるだろう。
職務怠慢と恥辱を味わわせる必要はない、むしろ恨まれかねない行動は慎むべきだと自重した。
「……………………」
自重したとはいえ、現状あまりにも退屈が過ぎると狼は思っていた。
弁当代わりに持参した果実はすでに残り半分、時間にすれば半日程度だろうか、こんなことならば他にもいろいろ持ってくるべきだったと思いながら、狼は眠る事にした。
ペシンと尾を地面に一度叩きつけて、見張りの注目を一度引き付けてから身体を倒して目を閉じた。
ただ眠るという意思表示をしただけだった。
「……すぴゅぅ……」
狼の鼻から間抜けな音が抜けていく。
機嫌を損ねたのかと顔を青くしていた兵士も、眠っているとわかると胸を撫で下ろして交代が来るのを待つことにした。




