第1羽 速水チーム① -2/6-
「「世界平和のための、海外公演?」」
ノアと速水の声がハモった。
「見せて!」
食い付いたのはノアだ。一枚だけの紙をじっと読む。
「!!っ。レオン、これって、――まさか!?もしかして、外国に行ける!?」
そして、目を輝かせてそう言った。
「ああ、何でも全チームまとめて外国に行くんだとよ」
「?全チーム」
速水が聞き返した。
そして思い起こす。全チーム…?
「レオン。さっき端末見たけど、確か、今346チームあったよな?まさかそれが全部行くのか?」
「いや、何かよく分からん。やたら広いホールに集められて、この紙を渡されて、運営が『世界平和の歌』を合唱して終わりだった」
『世界平和の歌~グローバルネットワーク・ダンス・エディション~』
これはネットワークのテーマソングで、最悪メロディのキツイ曲だ。
ひどく平和的な歌詞で…ここでいう平和的とは、スラングと平和のマリアージュ。
速水はこの歌が大嫌いだった。ノアもうぇ、とかなり嫌そうな顔をした。
「あれか…」
速水は舌打ちした。
確か、サビ部分は。
――ダンスダンスダンス踊ってマリアージュ!世界の平和と愛を求め豚野郎が踊る!
もっともっとキめて行こうぜ――。キレッキッレ!クゥ!
「…ベス、大丈夫だった?」
ノアがベスに尋ねた。
「ええ。歌詞はともかく、私はそこまでリズムは嫌いじゃないけど…みんな凄い顔してたわ」
ベスが思い出し笑った。
速水は溜息をついた。あれを嫌いじゃ無いと言えるベスは凄い。
速水はあれをノリノリで歌うなら、いや、あの歌の大合唱を聴くなら、死んだ方がマシだ。
カァー、
と部屋の片隅でカラスが鳴いた。
速水は少し微笑んだ。―お前もそう思うか?
…ちなみにこれはいつもの幻聴だ。
ハシブトカラスが同意したのかも知れない。
「それにしても、全チームか。…大きなイベントだな…」
そして言った。目線をさまよわせる。カラスはどこにいるのだろう?
「ねえハヤミも見る!?」「え、ああ」
速水はテンション高いノアから紙を受け取った。
「全員って、凄いよな。かけるフォー、で何人になるっけ」
ノアは速水を見た。
「1384人。…って、まあGANなら出来るか」
速水は答えた。
…『GAN』―ガン。これはグローバルネットワークの略称。
これはグローバル・エリア・ネットワークの頭文字だ。
グローバルネットワークという言葉は元々ローカールネットワーク(LAN)の対義語で、そちらはローカル…となる。
ベスが大きなお腹をさすってノアを見た。
「…詳しい行き先は分からないけれど。6月30日に出発だから、丁度ひとつきと一週間後ね。…私もそれまでには復帰出来ると思うわ。ああ、やっと踊れるのね」
今日は5月24日。
ベス――彼女はノアの子供を身ごもっていて、出産予定日は来週。
ちなみに、対外的には子供の父親は速水朔、と言う事になっている。これは出産に際し、速水のスポンサーのバックアップを受ける為、…と言うかほぼ成り行きでそうなった。
「うわー!外国!?どこだろう!!すごい楽しみだ。飛行機に乗れる?!ホテルは!?」
ノアはひたすらはしゃいでいて、スルーされた形のベスは苦笑した。
ノアが妊婦のベスをないがしろにしている訳では無いのは、速水もレオンも嫌と言うほど分かっている。普段のノロケぶりと来たらない。
「だがこのイベントな。…ちょっとやっかいだって、下の奴らがぼやいてた」
レオンが言った。彼の言う下の奴らというのは、もちろん下位連中の事だ。
レオンのダンスのおかげか、速水のサービスのおかげか、はたまたノアのルックスのせいか――とにかく色々な要因が重なって、速水達は順位を大幅に上げた。
現在の順位は62位。
現在41戦して、勝ちは30。負けは5回、引き分けが6。速水が休んでいた1ヶ月半の間はウルフレッドが入り、オッズと星が荒れつつも順位がほんの少し上り、さて速水がそろそろ復活、ベスも出産間際、今から追い上げ――と言う感じだ。
しかもあと20勝でノルマの50勝となり、ネットワークからオサラバできる…。
レオンは真面目な顔をした。
「…よく分からんが、場合によっては一気に…最下位になる事もあるんだと」
「へえ」
「へえってお前な」
紙に目線を落としつつ、適当な相づちを打った速水に、レオンは呆れた。
「だって、50勝すれば出られるんだろ?上位と当たるとしても、ベスも戻ればもう少し楽になる…と思う」
ベスは妊婦、つまりダンス厳禁。
そう言うわけで、このチームはずっと男三人でバトルをやってきた。
ネットワークの地下バトルは、1チーム四人。
四人のダンサーをトランプの『キング』『ジャック』『エース』『クイーン』になぞらえていて、常にダンスバトルは四対四。過半数で、三人勝ったチームが勝ち。
…つまり速水、ノア、レオン。今までは産休のベス抜きで全員が勝たなければ、勝ち数が増えなかったのだ。
ちなみに、引き分けの場合はもちろん勝ち数は据え置き。その場合はペナルティは無い。
負けた後のペナルティバトルは最悪なので、相手が強く勝てないときは引き分けに持ち込むしかない。
もちろん相手チームもそうしたがる。が…そこは面倒な事に、わざと負けるとギャラリーの士気に関わる。そうなると人気に響く。
金はできるだけ稼いでおかないと、ペナルティバトルに負けた時に『保釈金』の支払いが出来ない。『呼び出し』も断れない。
そう言うわけで、今まで相手に手加減をされた事は無いし、速水達もそんな事はしない。しようと思ったら負ける。…そして落ち始めたらあっと言う間、そう言う物だ。
「―それはそうだが、上位相手だと、勝ちを稼ぐのは…厳しいぞ」
「…まあ、そうだよな…」
ランキング上位は『居残り組』と呼ばれるチームだ。
まだ当たったことは無いが、どのクルーも、人気、実力、ルックス共に化け物級らしい。つまり勝てる気がしない、というヤツだ。
速水は少しうつむいた。
…また、ダンスができる。良かった。そう思ってほっとする。
だがここはやはり速水には窮屈すぎる。ひどく退屈でもあった。
速水はもっと、広い場所で。
鳥たちの声を聞きながら…自由に踊りたいのに。
速水にとってダンスは人を楽しませる物。ショー。エンターティメント。
今は亡きジャックこと『ジョン・ホーキング』。…彼のダンスはまさにそれだった。
その点ジャックと速水の意見は一致していた。
…誰かの為に踊る。俺はそれでいい。誰かが喜んでくれるなら、それでいい。
速水はそう思って、ずっと外でがむしゃらにやってきた。
そうしないと心が壊れるから。
ここへ来ても、その信条は揺らぎはしないが…。
――その答えは合っているのだろうか?
それは、自分を追い詰める、可能性を狭める『一つ限り』の答えなのではないか?
答えの答え合わせは自分でするしか無い。…考え方は無限にある。
速水が一番良いと思うのが、人の為に~だった。速水はそれ以外の答えを理解はするが、自分にとってまだ正しいと思えない。
いずれは考えも変わるのかもしれない。それはいつだ?何があって?どうなって?
未来に、答えなんて無いのなら、今はダンスを磨くだけ。
速水はネットワークが、ネットワークのやり方が大嫌いだった。
ダンスで世界平和。
確かに実現できれば、大したものだ。
だが…金持ちの楽しみ、無駄遣いという面が強すぎる。
もっと節制しろ。馬鹿じゃ無いのか。間違ってる。むかつく。ありえない。押しつけるな。勝手にやってろ。ベスを苦しめて。ノアを閉じ込めて。俺を誘拐までして。ジャックを殺したのはお前らか?
速水はアンダーに来てからも問題ばかり起こし、従順にできたことなど無い。
速水は低く笑った。
…それは外と大して変わらないか?生意気だって、よく言われたな。
「おーい、ハヤミ~?あ、だめだ入ってる」
ノアは速水の前で手を振った。