第1羽 速水チーム① -6/6-
「脱水と、熱中症ですね……危なかったです」
エリックは言った。
速水はしっかりのぼせてしまった。
「……」
今、速水は部屋のベッドに横になって、氷漬けになり、点滴を受けている。
頰も手足も真っ赤だ。
「レオン、どう言う状況だったの?」
ベスはまだフリートレーニング中なので、休みのノアが適当な紙で速水に風を送りながら聞いた。
速水はまだ唸っていて、話を聞けそうに無い。触るとものすごく熱い。
レオンも同じく、段ボールの切れ端で速水をあおいでいる。
「俺が速水と別れて、脱毛してて、その間、多分ずっとサウナに入ってうっかり、……とかか?途中で出なかったのか?」
レオンは首を傾げた。
ちょうどその時速水が呻いた。
「……う、ぁー、くそ、鍵が……」
そう呟いて、がく、とまた寝落ちした。
一時間後。
「まず、サウナが故障してたんだ」
起きた速水はベッドに入ったまま、スポーツドリンクを飲みながら、レオン、ノア、エリック、そして遅れて戻って来たベスに状況を語った。
あの時。
速水は立ち上がった。
『それにしても、暑いな…。今何度だ?』
湿気で声も籠もっている気がする。
それに何故か、だんだんすごく暑くなってるような気もする……。
そして、部屋の右の壁にあった温度計、湿度計を見て速水は首を傾げた。
『室温32℃、湿度60%』…?絶対もっとあるだろ。
――普通サウナって80℃とか、90℃とかじゃなかったか?
その時。
カチャン!と音がした。
速水はそちらを振り返った。
……今、鍵を掛けられた……!?
『ちょっと待て!』
速水はすぐに駆け寄った。しかしそこでガチャと慌ただしく、二個目の鍵がかけられた。
『おい!今出るから!』
扉を叩き叫ぶが、もう開かない。
『!!おい、誰か!?居ないのか?――レオン!』
ガチャガチャと思いっきり引き戸を引っ張るが、びくともしない。
『おい!助けてくれ』
そろそろヤバイので速水は暫く叫んだが、声は届いていないようだ。
サウナに閉じ込められた!?
暑さのせいで血の気は引かないが、これほどヤバイと思ったのは久しぶりだ。
――誰だ!サウナルームの引き戸に鍵を付けようなんて言ったヤツ!!
普通つけないだろ!?
――内線の類いも、緊急ボタンも無い!?付けとけよ!
『……落ち着け、バリスタは常に冷静に……』
速水は扉とその鍵を見た。よし、壊そう。
「――で、扉は壊れなかったけど……、サウナルームを探したら、誰かの忘れ物があって、ヘアピンが何本か。…それで鍵を開けた。けど手間取って……脱衣所にでて、扉を閉めて――閉めたか?……よく覚えて無い」
「はぁ……。お前そんなスキル持ってたのか。まあ良かったが……」
レオンが若干呆れ気味に言った。
「ほんと、ピッキングを教えてくれた隼人と、あと俺の前に使った人に感謝だ。サウナに桶があって…手色々入ってた」
言って、速水は首を傾げた。
頑張ったが扉は壊れない。何か無いかと探した速水は、サウナの片隅に置き忘れられていた風呂桶一式を見つけた。銭湯に行くときのような。
その中にちょうど良いヘアピンがあった。
それにしても誰が?
速水はベッド脇に置いた、赤いピンを眺めた。無意識に一本掴んでいたらしい。
掃除されていなかった、という事は午前中、サウナを使った人の忘れ物……?
ヘアピンの先端を軽石や歯で加工して何とか……。開いたのは奇跡だと思う。
引き扉の鍵がそんなに高度な物で無くて良かった。
「なあ、エリック、シャワーとかサウナって男女別だよな」
速水はエリックに尋ねた。
「ええ。建物自体は同じですが、男女の階層が分れています。ですがエステは通常、50位以下チームの男性のメニューには無いハズです」
エリックは眉をひそめていた。
「そうなのか」
となると速水の恩人は。赤いヘアピンを使う、上位の男性?
……ダンサーだし、赤ピンを使う人もいるかもしれない。
命の恩人だ。もし見つけたらお礼を言おう。
「エステがあったのって、海外遠征メニューになってるからかしら。でも誰が――?」
ベスが言った。
「――誰が鍵かけたのかって?明らかに殺しにかかってるよな。ノアの事と言い」
レオンもまだ半信半疑、という様子だが言った。
「何でかな?」
ノアも不思議そうだ。今までこんな事は無かった。
エリックは気遣わしげな顔をしていた。
「とにかく、ハヤミ、良く気を付けて下さい。上にはすでに報告してあります」
速水は神妙に頷いた。
本当に死ぬ所だった。熱中症は恐い。――速水の祖母はそれで死んだのだ。
「それと、ノアの件ですが。ノアの食事には何も入っていませんでした」
「うわ、マジ?じゃあやっぱり、俺じゃなくてハヤミが狙われたの?」
ノアは言った。つまりノアは完全にとばっちりを受けた形だ。
「ええ、あまり詳しい情報は聞き出せなかったのですが……、異物が検出されたのはデザートの容器からでは無く、ハヤミのグラスからだったそうです」
エリックの言葉に、速水とノアは顔を見合わせた。
「そう言えば。俺は飲んでない」
速水は言った。
あの時、速水はたまたまカップで珈琲を飲んでいたので、水を口にしていない。
速水の隣でノアがはっとした。
「……あ!俺そう言えば、自分の水が無くて――最後に飲んだ!」
近頃の食事の際は、水まで注いでもらえる。そしてテーブルに水差しが置かれる。
――ノアはプリンを食べた後、自分の水を飲み干した。
まだあと一口くらい水が欲しかったが、わざわざ注ぐのも手間だった。
見ると速水の分の水が手つかずで残っていたので、ノアはこれでいいやと思って一口飲んだのだ。
「やばいな。水かよ」
話を聞いたレオンが言った。何となく、プリンより真剣だ。
「致死性の薬物でなくて良かったですが、これはその後を狙ったのかも……」
エリックが言った。
「そのご?」
ノアは怪訝そうな顔をした。
「ああ、いえ――運ばれた先で、トドメを刺そうと言う……」
「げっ」「穏やかじゃ無いわね……」
ノアが固まって、ベスが言った。
速水は首を傾げた。
「心当たりは全く無いけど。何で俺なんだ?」
そしてまた首を傾げる。
「いや。心当たりは……あると言えば――山ほどあるぞ。ハヤミお前、何かまた恨み買ったんじゃないのか?」
レオンが速水を見て少しニヤつき、そう言った。
「あら、もしかして。少し前にハヤミがボコボコに殴った人じゃない?ほら、クイーン・エリザに暴力を振るってた」
ベスが真面目な口調で言った。
速水はベスの意見を真剣に聞いた。
速水は、けどあの扉はそういうのじゃなくて、もしかしたら運営が、と言おうとしたが、頭が少しくらついた。
「あ-、あの腐れキング?あれはもう良いだろ。スカッとしたし。けど、あの人しつこそうだよね。それよりベスのお尻触った人じゃない?」
「ノアの腰触った人じゃ無いの?ほら、ハヤミがやっぱり殴った」
「あれかーどうだろう」
「ん?おっ」
レオンが少し眉を上げ、パンと、膝を打って立ち上がる。
何か分かったのか?
速水と、ノアベスがそちらを見る。
「ハヤミが殴ったオッサンかもしれないな」
「それだ!」「そうよ、そうかもしれないわ!」
「いやもしかしたらハヤミが」「いつのまにか恨まれてる説も」「こういうのは?」
まだ少しクラクラしている速水の側で、三人はワイワイと盛り上がった。頭がガンガンしてきた。
この三人は悪ノリさせると長い。いつもなら止めるのだが、今は気力が残っていない。
「――とりあえず、俺は気を付けるから。皆もとばっちり食らわないように気を付けてくれ」
速水は頭を押さえてそう言った。
そして思い出し、エリックを見上げる。
「そうだエリック、サウナに桶が忘れてあったから、持ち主に返しておいてくれ」
「分かりました。どうぞゆっくり休んで下さい」
「ああ」
……ヘアピンの持ち主が分かったら、お礼しないとな。
エリックが微笑み、速水はそう思って目を閉じた。