第5話
「別に、私はそれでも良かったのよ?お父さん愛想はないけど、本当に私たちのこと考えてくれてるから。」
私たち、とは沙希の姉の姫路麗奈さんのことだ。
よく話の話題になって出てくるから、少し嫉妬するほど沙希が心を許している人物だ。
「お姉さんは、転校とかしなかったのか?」
「ええ、お姉ちゃんは元々うちの子供じゃなかったし、お父さんには自由にしていいって言われてたらしいわ。」
沙希の姉、麗奈さんは生みの親の激しい暴力で虐待されていて、見かねた沙希のご両親が引き取ったそうだ。
会ったことはないが話を聞く限り、妹思いで優しいお姉さんだそうだ。
俺もそんな優しいお姉さんが欲しかった、なんて言ったら
「私だけのお姉ちゃんなんだから、あんたにはあげないわよ!」
と、独占欲満載の発言をいただいた記憶がある。
「お姉ちゃんは、就職して仕事を始めてすごく楽しそうだった。一番最初の給料で私にご飯を奢ってくれて、その後可愛いネックレスと服をくれたの。すごく嬉しかったわ。そんなお姉ちゃんの邪魔なんて出来るはずないじゃない?だから、私は私なりに頑張ろうって思ったの」
お姉さんの話になるとすごく楽しそうに話す沙希を見て、なんだかやるせない気持ちになる。
嫉妬とかではなく、俺のせいで沙希の頑張ろうと思った気持ちを閉じ込めてしまったのではないかという不安だ。
「でも、私にはそれよりも大事な人ができたの。ずっと一緒にいたいそう思えた人が。だから、お父さんに話して転校を取りやめてもらうように話したの。」
大切な人と聞いて、心臓が飛び跳ねそうになった。
振られて女の子に、こんなこと言われるなんて驚愕だ。
それはともあれ、今現在、沙希が転校しないでここにいるという事は交渉は成功したという事だろう。
「それでね、すごく反対されたけど、条件付きで許してくれたの」
「条件?」
条件とは何だろう。
例のごとく沙希からは何も聞いていない。
「学校の定期テストで常に上位3位以内にいるっていう条件。まあ、私ならできると思ってその条件を受けたわ」
「ええ!?3位以内!?いくら頭がいいって言ってもそれはむちゃくちゃなんじゃないか・・・」
実際、沙希は成績優秀でほとんどのテストで1位を取っていた。
そういえば、こいつとテスト勉強してた時は、1回もふざけて勉強を辞めたりしたことがなかったな。
普通友達と勉強をしていたら、どうしても途中から雑談したりテレビゲームしたりしてしまうと思うのだが。
テスト期間の沙希の異常なほどの集中力はこの条件をクリアするためだったのか。
「まあ、授業をしっかり聞いていれば全然できないことではないわよ」
「お、おう、俺にはできそうにないがな・・・」
改めてこいつの能力の高さに気づかされる。
毎回のテストで安定して超高得点を出すなんて、自分には到底できないことだろう。
「それに、あんたとずっと一緒にいれるなら、これくらいのことは平気よ」
恥ずかしくて目を逸らして沙希が言う。
小さな顔は真っ赤に染まっている。
「いや、でもこの前のテストもすごく成績良かったじゃないか!なんで、転校しなくちゃならないんだよ!?」
沙希は今回のテストも、凄まじい集中力で勉強し、見事学年2になったのだ。
学年2位ということは、まだ1人上にいるのか。
我がクラスの委員長三島明日香なら1位を取っていても可笑しくない。
しかし、転校しないための条件をクリアしたのに、今の状況とかみ合わない。
沙希が、何も分かっていない俺の声を静止ながらゆっくり話し始める。
「お父さんの仕事の都合が変わったの。ほら、外資系の仕事って、為替とか、TTSとかいろいのなものが関わってるじゃない?それの影響でアメリカが今すごい不況なのよ」
「為替だの、TTなんとかは分からないが、それと沙希の転校が関係あるのか?」
そういえば、前に為替だの色々教えてもらった気がするけど全く覚えていない。
「この前説明したでしょ!?もうまったく・・・まあ、今は良いわ。それで、纏まりかけてたアメリカのニューデンバーとの契約がなくなりそうなのよ。あっちは不況だから契約するメリットが少なくなってきてるから」
ニューデンバーといえばアメリカの超大手株式会社だ。
どれくらいかと言うと、日本のアニメでいうワンピ〇スくらいの知名度である。
そのニューデンバーと沙希の転校がどう関係しているのか。
このあと、沙希の口から予想だにしなかったことが発せられる。




