第4話
朝9時ごろの屋上。
ここには俺と沙希しかいない。
綺麗な黒髪のショートヘア。
身長は俺より10cm程低いだろうか。160cmは超えている。
顔は整っており、本当に俺と付き合っていたのか疑問に思うほどの美人だ。
しかし、どこかミステリアスな雰囲気を持っており、未だに謎が深い彼女は、まっすぐ俺のほうを見つめて言う。
「私たちが付き合い始めたときのこと覚えてる?」
頭の中で付き合っていたころを思い出しながら答える。
「ああ、もちろん覚えてるよ。高1の夏だったかな。たまたま、クラスが同じで席が隣同士になってから仲良くなったよな。そこから、ちょこちょこ遊びに行ったりして8月の三日月祭で俺が告白したんだっけ。」
三日月祭は地元の花火大会のことだ。
田舎だが、結構参加する人も多く市内では有名な祭。
その時は、雨が降っていて祭りが中止になりかけたが最後まで花火は上がっていた。
その最後の花火が上がる時に俺はこいつに告白したんだ。
「あら、よく覚えてるのね。まあ、私もあの時のことは今でも思い出すくらいには覚えているわ。そういえばあの時、あんたが屋台の料理食べすぎておなか壊してたわよね。あの頃から馬鹿だったわよね。ふふ」
「いや、それは沙希が色々買いすぎて食べれなくなった分を俺が食べてやっただけだろ!まったく、いつも後先考えずに行動しやがって」
「ち、違うわよ!!!!!私は悪くないもん!!ふん!!」
沙希が子供のように顔を真っ赤にしてプイッと拗ねたような表情をする。
こいつのこの顔を見るのはずいぶん久しぶりな気がする。
付き合っていたころはいつもあった日常。
俺は、そんな日常が大好きだった。
「ま、いいわもう。私は悪くないもの。それで、その日、最後の花火が上がる時あんたが告白してくれて付き合ったじゃない?実はね・・・」
沙希が申し訳なさそうな、言いにくそうな表情をしている。
大抵この表情をしているときは、俺に急な無理難題を押し付けてくるのだが、今はそんな雰囲気ではない。
「実は、どうしたんだ・・・?」
この後とても言いにくいこのがあるのだろう。
出来るだけ優しい口調で沙希に問いかける。
「えっとね、実は、私観月祭が終わったら家の事情で、すぐ引越しすることが決まってたの。だから、観月際は最後の思い出づくりだった。でも、あなたの気持ちを聞いた時、私も翔のことが大好きだって気づいた。ずっと一緒にいたいって思ったの。だから、私も付き合いたいって返事を出したわ。」
「そうだったのか・・・」
面喰ってオドオドしたような声を出してしまう。
沙希の口から引っ越しをするなんてことは1度も聞いたことなかった。
その引っ越しが俺を振った理由なのか?
様々な疑問が頭の中に浮かぶ。
しかし、何故1年後の今になって引っ越しがまた、行われようとしているのか俺には分からなかった。
「その引っ越しの理由なんだけどね」
沙希が一層表情を暗くしている。
この後、沙希が言うことをどんなことでも絶対受け止めてやろうと心の中で誓い、タイミングを見計らって相槌を打つ。
「私の、お父さんが外資系のお仕事をしてるのは前に言ったわよね?」
「うん。社長さんだったよな」
沙希の父親は、大手外資系の経営者だ。
前に一度咲の家に行ったとき、一度違ったのを覚えている。
彼氏として、挨拶をしようと思ったがすぐどこかへ行ってしまった記憶がある。
大柄なごつい男で、いかにも堅苦しい感じの人だった。
その人が今回の引越しと関係があるのは明白だった。
俺は息をひそめながら聞く。
「お父さんは、私に英語を習わせて商売に使おうとしたらしいわ。だから、ネイティブな発音を練習して、実践で使えるようにするために海外の学校に転校させるつもりだったらしいの。」
「商売に使う・・・?」
俺の心の中で怒りがこみあげてくる。
他の家の事情だから他人がどうどういう問題ではないが、娘を仕事の道具に使うなんて信じられない。
まだ高校生の俺にも分かるくらい外道のように思える。
「どういうことだよそれ。なんだよ商売って・・・酷すぎるだろ・・・」
俺は、懸命に怒りを抑える。
前を向くと、沙希がまた表情を暗くしていた。




