六
「ど、どうしよう……」
なにかオタオタするアナト。俺にしてみたら、ただの白紙だったけど……やっぱり何かのキーアイテムだったのか?
「これ……私、署名してたのに……」
ん? 俺のサインが欲しかったんじゃないのか? それとも、それ以外に何かアナトがサインする必要があったとか? なんだか、ますます分からないアイテムだ。
「そういえば、あなたって秋鹿蒼真よね?」
「うん」
「じゃあ、なんで……」
「俺がどうかしたのか?」
「だって、あのとき何も書いてないって……」
「あの紙なら、ただの白紙だったけど?」
アナトのサイン? も無かったし、他に何も書いていなかった。本当にただの白紙だった。
「なんで? ちゃんとあなたの名前を書いて指定したのに……」
「あ、俺、今はミーナって名前」
そう言うと、アナトはあっ! って顔をした。
「そうだった……」
「そうね。署名した私と指定した秋鹿蒼真しか、基本的には見えないからね」
アナトの握りしめた拳がふるふると震えてる。
「だいたい、あのときあなたが返事したから、こんなことになったんでしょ! どうしてくれるのよ!」
「返事?」
「そうよ! あなた、私を見てた! 私たちが見えるって事は、もうすぐ死ぬ人間ってことでしょ! だから、秋鹿優真か? って聞いたら、あなたは”うん”って答えたでしょう?」
あぁ……夢が覚める……。もう少しだけ、この夢の中に居たかったな……。
「ごめん……。そんなに大変なことだって思わなかった……。一度でいいから、弟になってみたかった」
ずっと引きこもっている俺と違って、弟の優真は明るくて人気者で、親の期待も大きい……。一度、失敗した俺には何もない。友人も、学校も、親の期待も……。だから、あのとき弟の名前を聞かれたときに”うん”って答えたら、昔に戻れるような気がした。
「新しい紙、ある? 今度は、ちゃんとサインする……。それで君が助かるなら……」
「ふぅ……。それがダメなのよ。あれは、一度しか作れない契約書だから……」
「一度だけ?」
「そう。それだけの覚悟が必要なことに使われるもの」
「そうなんだ……。ごめん……」
「まぁ、あなたは今、名前が二つあるからしょうがないんだけどね」
名前が二つ? どういうことだろう? というか俺、死んだんだよな? なのに、今の状況ってどうなってんだろう?