五
俺は、手にした紙をアナトに向けた。
「え? そ、それは……。いや、だから、不幸な偶然が重なっただけで、私のせいじゃないわよ? 絶対に違うわよ?」
「ん?」
なんのことだろう? 俺の手にある紙には何も書いていなくて、ただの白紙なんだけど?
「この紙、何も書いてないんだけど? なんでこれにサインするんだ?」
「え?」
驚いた顔で俺を見るアナト。
「えーっと……それはほら! あれよアレ!」
「アレって何?」
「あーその……。あ、そうそう確認よ! 確認! あなたが本当に秋鹿蒼真かどうかの確認」
なんかあやしい……。視線は泳いでるし、俺から顔を背けて少しずつドアに向かおうとしてる。これって、絶対に嘘だよな。
「なんで、俺の確認が必要なんだ?」
「それはその……ほら、間違ってたら困るし……だから、念のために確認ね」
「間違い?」
「そうそう! 間違い! だからそれ、返して!」
いや、それは違うだろ? それにしても、白紙の紙になんでそんなに必死になるんだろう? もしかして、この紙にはもの凄い秘密があって、コレを手にしたら何かすっごい力が手に入る秘密とか、お宝の地図になるとか、そんな感じか? でも、それだと別に俺のサインはいらないよな? あ、あれか? アナトは実は俺のファンで、それでサインが欲しかったとか? そっか、そうだよな。断られて恥ずかしくなったとかさ。……って、そんなことあるわけないだろ……。いくら夢だからって……。
「ん?」
考え込んでいると、手にしている紙が引っ張られた。すぐに視線を向けると、アナトが同じく紙を掴んでいる。俺が気が付いたのが分かったのか、アナトは一気にに力を入れて紙を引っ張る。反射的に、俺も力を入れて引っ張り返した。ピリッという何か不吉な音がする。ヤバイ! 破ける! そう思った瞬間、俺とアナトに引っ張られている紙が燃えだした。って、燃えてるでいいんだよな? いきなりのことで固まってしまったけど、熱とかは感じない。派手に燃えているけど、熱くはないし肉が焼けるような匂いもしない。ってこれ、夢なんだから別に変でもないか。
「あ……」
燃える紙を見ながら、アナトはこの世の終わりみたいな顔をしている。なんだろう? この白紙、そんなに重要なものなのか?
「そんな……」
燃えて灰になるわけでもなく、手の中にある紙はなぜか細かい光の粒子? みたいなものになっていく。変わった燃え方だな。そして光の粒がキラキラと舞いはじめた。なんか、凄くきれいだ。