三
突然の大きな音に、俺の手が胸から離れた。思わず視線を向けたドアのところには、赤い髪のすらりとした少女が立っていた。さっきの巨乳美少女とは別人だ。誰だろう? そういえば、さっき家族が帰ってきたみたいなことを巨乳美少女が言ってたよな。もしかしてあれ、母親? 十代にしか見えないけど、夢ならなんでもありだよな? でも、なんというか……可愛そうな胸の母親は、ちょっと嫌かも?
「秋鹿蒼真!」
「はい!」
突然、名前を呼ばれて反射的に返事をする。あれ? 俺、ミーナとかいう名前じゃなかったっけ? それとも、夢の中だからやっぱり色々とごちゃまぜなのか?
「いいか、よく聞け」
「はい」
「お前はもう死んでいる」
「はい?」
「いや、正確には死んでいない」
あぁ、この唐突さは夢ならではだよな。それにしても、異世界転生ものにはよくあるパターンだよな。もっと、オリジナリティのある夢を見ろよ、俺。
「死んだけど死んではいない」
微妙に美少女、略して微少女? が言葉を続ける。なんか、どっちなんだよ! と思わず突っ込みを入れたくなるな……。
「あーまぁなんというか……その……」
「というか誰?」
いきなり現れて変なことを言うちょっと微少女に問いかける。
「あ、アナト」
「アアナトさん?」
「アナトよ!」
アが一つ多かったか……。
「それで、そのアナトさんが何の用でしょうか?」
一応、今は女の子みたいなので、それっぽく話してみる。俺、なかなかいい演技じゃね? というか、この様子じゃどうやら母親説は消えたみたいだ。後は妹説とかもあるけど、それも違うよな。
「色々と手違いがあって、その説明に来た」
「はぁ」
「とりあえず、お前はもう死んでいる」
「それ、さっき聞いた」
「まぁ、手違いで、死ぬ予定じゃなかったのが死んだので、色々あって今こうなった」
その色々ってなんだろう? というか、俺は死んで異世界に転生したって設定なのか?
「ということで、色々とあきらめてこの世界で生活をするように」
「最近、よくある設定だよね」
「そうか? まぁ、分かってくれたのならそれでいい」
「うん」
「じゃあ、そういうことで!」
微少女改めアナトが軽く手を上げ、颯爽とドアへと向かった。うーん……。まぁ、異世界転生は分かったけど設定がつまらないよな。それで、俺の特殊能力ってなんだ?
「あ、忘れてた」
そう言い、アナトが戻ってくる。
「これにサインして」
目の前に何か書かれた紙を出し、一ヶ所を指差している。ここにサインって、俺の名前を書くんだよな? それって、どっちの名前? というか、この紙って何? 何が書かれているのか見ようとしたら、アナトがいきなり手にした紙を自分の後ろに隠してしまった。