第三章 稽古不足を幕は待たんぞな! - The theater of daydream. -1
「稽古不足を幕は待たんぞな!」
そんなこと言われましてもですねB子ちゃん?
だいたいこんなことになる予定はなかったじゃないですか、最初から。
「臨機!」「応変!」
ロボットダンスでカクカクした漢字を表現しようとしてもダメです、誤魔化されません。
(なにが「贅理部の辞書には『時間を浪費する』という文字はない!」ですか?)
無駄しかないですよ!
大いなる寄り道の旅じゃないですか、巫山戯たことしかやってないじゃないですか。
いくら常人とは別次元の思考の持ち主だからと言ってですね、やっていいことと悪いことが!
というかやるなら自分たちだけでやって下さい。巻き込まないで下さい!
「もう、帰りたい……」
心の底から、帰りたい。今なら分かる、社畜さんの帰宅願望に全幅の共感を委ねられます……
「まだ見通し立たないのか?」
でも……
「新幹線が人身事故で止まってるらしくて……」
「車を手配して現地へ向かってもらってますが……かかるとは思います……かなり」
「なんでこんな時に……」
青い顔で頭を抱えるスタッフさんを思えば、微力ながらでも力添えしてあげたい気も。
悠弐子さんの安請け合いでセットされた舞台とはいえ、一度承諾したからには。
(ここは逃げ出してはいけないか)
無様であろうと任された以上は責任を全うすべきよ!
(女にも二言なし! 大和撫子ですから!)
それにこんな薄汚……いえ、言葉が過ぎました。かなり年季の入ったビンテージ感溢れる小屋ですからね、そこからかしこらに補修跡が露出してる。
ならばおそらく身内濃度の高い、こじんまりとしたステージのはずです。そうに違いない。
(客がポツンポツンの前座なら……笑って済ませられますよね?)
ウォォォォォォォォォォォォォッ!
「!!!!」
(なんとかならないかもしれない!)
うん! ならない! 全然ならないよコレ!
「ちょちょ、ちょっとどころじゃなくお客さん多くないですか????」
陰からフロアをコソッと覗いてみれば、後ろまでスタンディングでギッシリじゃないですか?
これ二桁じゃ収まらない! 私たちの同級生、里山のスロープで鈴生りになっていた同級生を束にしてもまだ余る!
だから困ってんじゃないか。
顔面蒼白のスタッフ、言わなくてもそう顔に書いてある。
『お前ら最高だ! また来るぜモリミヤコ!』
ウワァァァァァァァァァアァッ!
しかも今やってるバンド、めちゃくちゃ盛り上がっていますけど?
こんなのの後とか大変ですよ? 無様なパフォーマンスは死を意味します!
「さ、あたしたちの番よ」
ジーザスクライースト! 正気の沙汰じゃありませんよ悠弐子さん!
「大丈夫ぞな」
「任せなさい桜里子」
この子たちには緊張という感情は存在しないんですか?
私なんか既に膝ガクガクなんですけど、二人は満面の笑みで余裕綽々、いつでも行けるぞ、と臨戦態勢に漲っています。
も、もしかして二人は凄腕のプレイヤー?
少なくとも三人は必要となるバンド編成を、二人でこなしちゃえる自信あるんですか? 目の肥えた客を沸かせるエクセレントなパフォーマンスを?
美少女二人組のBz? ドリカム? チャゲアス? Wham? ClariS?
「悠弐子さん……B子ちゃん……」
美貌だけではなく他にも何か、常人を凌駕する才能を持ち合わせてるの? 彼女たち二人は?
ズルい! ズルいです! そんなの不公平すぎます神様!
この二人には、手に余るほどの才能を与えまくっておいて、私には何もない!
ズルいです!
神様はよっぽどの面食い? 美人になら何でもホイホイあげちゃうエロジジイなの?
薄っすらとは思ってましたけど。七福神とか全員もれなくエロジジイっぽいし!
「弁天様は女子だぞ?」
不安な心もまるごと包み込んでしまうような、ハグ。
(うわ……)
ギュってされると安心する。
(気持ちいい……)
私、勘違いしてました。
お母さんだけだって。虚勢の鎧をパージして、無防備に身を預けてもいいのは。
柔らかい女の子の感触は毛羽立った心を慰めてくれる。優しく背中を撫でつけられれば、心の嵐が凪へ変わる。出会ったばかりの何も知らない彼女でも、抱いた手が私を鎮めてくれる。
すごいよ女の子。
この世が優しい女の子ばかりなら、世界は救われる。ジャンヌダルクは女の子らしさで祖国フランスを救ったのかも。そんな気がしてきます。
「大丈夫、桜里子」
心地いい……毛羽立った心が治まっていく……
頬と頬が擦り合わされれば、胸いっぱい広がる彼女の匂い。取り乱しかけた心に最高の鎮静剤。
「これ」
優しいお姉ちゃんが泣き虫の妹に贈る――白詰草の冠かと思った。
でも、それはティアラの位置には留まらず、マフラーみたいに首へ巻き下りた。
「あ……」
プロ仕様のモニターヘッドホン。その大きなハウジングが私の首元を隠してくれる。
「あんたは今日からDJよ、百合百合DJ☆山田桜里子」
「イイネ!」
何がいいんでしょうか? 山田にはよく分かりません。
てか百合百合DJって何です?
「じゃ、行くわよー!」
ほんと適当というか、口から出任せというか……
でも……熱い。
悠弐子さんがずっと首に掛けてたヘッドホン。大切なアイテムを私のために差し出してくれた。
そこまでしてもらったら、私も付き合わないわけにはいかないです!
賑やかし要員だったとしても頑張ります! やれるだけやっちゃいます!
――眩しい。
インディーズの興行とはいえ、客席が埋まったライブハウスは別世界。
グツグツ煮え立つ期待感と、容赦ないライトが日常を吹き飛ばす。
「ヘイ、オーディエンス! ひえらいあーむ、UNICORN AYANA参上!」
ウワァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!
百人単位の群衆を前にしても全く物怖じしてません、二人とも……
(ど、どういう神経しているんですか?)
山田なんか接地感がありませんよ、足裏と床との接地感が。光と音の洪水で浮遊している、ほとんど無重力状態。覗いた万華鏡の中で、あっちいったりこっちいったりしてる小さな粒です。ほぼほぼクリフハンガーの心地です。
「れいよーはんぞん! ぷりろんぷりろん!」
そんな私を尻目に悠弐子さん、ステージを所狭しと駆け回ってオーディエンスを煽る。
「B子! たーんなっぷざすぴーかぁぁ!」
新歓オリエンテーションは出来たて校舎のピカピカ舞台。光る源氏の処女登場に相応しい小奇麗なシーンでしたが。
紫檀の演台とは比べ物にならない無骨なテーブル、DJミキサーとターンテーブルが無造作に乗せられているだけの。
そこで!
パチンパチンクイクイクイッ!
メカニカルなコンソールを操る、しなやかなムーブ!
質素極まる舞台装置でも、演者の煌めきは些かも失われていない!
まるでレトロSFの敏腕オペレーター。絶体絶命のアステロイドベルトをいなすマタドール。
(か、格好いいぃ……)
職人さんの動きです。熟練のマイスターが醸すオートマティックな美しさ。
まさかB子ちゃん、手練のDJなんですか? 知る人ぞ知る、知らない奴はモグリ的な美少女プレイヤーだとか?
「ヘイカモーン! モリミヤコ! えびばでくらっぽゆあへーん!」
悠弐子さんの煽りに合わせ、思いっきりダーティなシンセをブパブパと吹かす。ズンズンお腹に響いてくる四つ打ちで客もヒートアップ! 快楽琴線を刺激する中毒性のループフレーズから外連味たっぷりのトラップ、そしてハードスタイルまで自由自在!
「レッツモンキーダァーンス! ごーえくささーいず!」
小さなエプロンステージで悠弐子さん、ファニーなダンスを繰り広げれば、
「きっちょきちょへんぞ! きちょきちょへんぞ!」
煽られたオーディエンスは熱狂して踊り狂う。
「さんまりすくりゅー!」
不特定多数を問答無用で惹きつける美――――ライブハウスに降臨するトランスの巫女。
グリコ看板と見紛うばかりの伸身で、天真爛漫ムーブ。汗で貼りつく制服も気にせず、己の全身を惜しげもなく曝け出す。
神々しい。
突き抜けたグルーヴを踊り切り、フロアの視線を独り占めした彼女。
一転、闇にピタリ静止する。
ウエルカム トゥ ザ トワイライト。薄暗闇に浮かび上がる、少女のシルエット。荘厳なシンセサイザーを劇伴に、華奢でありながらも芯の通った体幹。伸びやかな四肢。
それは切り絵のエッジライン。常夜灯の仄暗さを背にした静止画の佇まい。
『 氷柱花 』
氷中に咲く枯れない花。一瞬の美を封じ込めた、奇跡の花。
(私は……どうしてこんな所にいるんだっけ?)
本当の私は向こう側。芋洗いの一人としてカメラに抜かれることも見切れることもなく、不特定多数に埋没するのが私。舞台とは、有象無象から抜きん出た才能だけが乗る資格持つ、はず。
はずなのに?
こんな子と同じステージに立ってるの、この私が?
どうしてこんなことになっちゃったんだっけ?
思い出せない。
眩い照明と等間隔で響くバスドラムが思考を凍結する。暴力的音圧で見失う。私は私の立ち位置を見失う。
(綺麗……)
ただ唯一、揺るがぬ真実は美。理性が機能を止めてしまっても、ユニコーンを自称する美の化身、彼女の美しさだけは「True」判定が帰る。
(悠弐子さん!)
もしかして私は一生分の幸運を使いきってしまったのでは?
JKブランドの御利益、約束されたモテ期のラッキーポイントが、現在進行形で消費されまくっているんじゃ?
そんな不安に苛まれるほどの特権。思いがけない優越。息をするのも忘れ、傍で踊るスタチューオブビューティに見惚れていた。
「ここでイカしたメンバーを紹介するわ!」
危うく肺の酸素が尽きかける頃、愛しの氷柱花が叫んだ。
「オンDJ! プリティベイカントBeeBee!」
そのタイミングで目深に被ってたベースボールキャップを脱ぎ捨てると、
おおぉぉぉぉぉぉぁぉぉぉーっ!
ライトに映える金髪とエキゾチックフェイス。背筋に寒気が走るほどの舞台映えです!
(すご……ぃ)
美の源泉とは何処に存在するのか?
大胆な、それでいて破綻なきフォルムと、細部まで行き届いたディテール。両者が並立した時、「とてつもない何かだ!」と感じる。それこそが美の根源。
そこへ質感が加われば人は言葉を失う。つまりはライブです。
(B子ちゃん!)
時にクラシックのピアニスト、時に卓球のカットマンみたいな、変幻自在のムーブ。矢継ぎ早のオペレーションで定番のテクノからディープなトラップまで繋いでいくミスドリームウィーバー。
(わぁ……)
ライティングとは素人が思うよりずっと効果的な演出です。強烈な照明が仕立てあげる陰影のドラマティック。余計な物を白で飛ばしちゃえば、芸術品だけが残存する。
引き算の美、ビューティオブシンプリファイ。
「オンマラカス! サリィィ、ヤーマダァァァー!」
「……はっ!」
ヤバイヨヤバイヨ、私じゃん! 悠弐子さんに紹介されちゃったし!
(びび……B子ちゃーん!)
ガクブル状態でDJ卓を伺えば、
ほーい、ポチッとな。
「こんなこともあろうかと」とでも言わんばかりに、出来合いのパーカッションソロがリリースされちゃいますよ。
B子ちゃんのPCは魔法の玉手箱?
だってそもそも、いきなり代役舞台を務めろって言われても、普通は無理ですよ。
アカペラでフランス民謡を唄うことくらいしかできませんって。
なのにあのPCにラインを繋いだら、ライブハウスがダンスフロアです。あんなものストックされてません女子高生のPCには。常識的に考えて。
というか、いきなり披露できますか本番のステージで?
なんかもうそのクソ度胸が信じられない。
カカスコカカスコスタトンスタタン♪ カカスコカカスコスタトンスタタン♪
打ち合わせもなくいきなり出された出来合いのフレーズに文句言うのもなんですけど、コレもうほとんどマラカスとか聴こえないんですけど? 見る人が見たら一秒でバレます!
「ぅぉぉぉぉぉー!」
それでも木偶の坊みたい立ち尽くしているわけにはいかない。気合一閃、顔面蒼白でシャッシャカシャッシャカ誤魔化していると、
「オンボーカァァァァァル!」
あとは『本日の主役』が引き受けてくれますから。
「UNICORN AYANA!」
ステージに咲いた大輪のダリアが叫べば、
ファッッファーララ♪ ファラファファッファファッファーラララ♪
跳ねるようなブラスセッションが少女を彩る。
「ひぇあらいあぁぁぁぁーむ!」
音の洪水を浴びながら、虚空を抱く悠弐子さん。
こんなにもグリコ、というかThis is itポーズが似合う女子高生っているのかな?
「ゆ・に・こ・ん! ゆ・に・こ・ん! ゆ・に・こ・ん! ゆ・に・こ・ん!」
さほど広くもない小屋に響くコール、地鳴りのようなコール。
そうです。あまりにも神々しい存在なら名前を呼ぶしかなくなる。
アイドルでも歌舞伎役者でもスポーツ選手でも一緒です。想いが溢れ出すと名前しか残らない。
したい!
私も一緒に客席から屋号を絶叫したい!
(でもそんなのダメに決まってます、常識的に考えて)
これでも一応、演者側なので。黒子までヒートアップしたら収拾がつかないじゃないですか。演者としては、〆の一品まで恙無く提供しなくちゃお客さんに申し訳がない。ライブ(ナマモノ)の刺激に酔っているわけにはいかないんです。ジャバジャバと溢れる脳快楽物質を制御して段取りを進めねば!
(Show Must Go On!)
たとえ下手でも自分の役割を済まさないとダメ。人様にご迷惑をかけない生き方こそ日本人の在るべき姿ですから。
(Show Must Go Onですよ! Show by Rockな身分でなくてもSHOW by ショーバイな世界の人でなくたって、舞台に立つ者として責任が!)
ライブハウスが祭礼の昂ぶりに包まれても、そこで流されちゃいけ……
「うえぇぇぃ! 桜里子ぉぉぉぉぅ!」
モニタースピーカーを踏み台にして全力のダイブ!?
「はがー!」
突然舞い降りてきた美少女を受け止め損なって、二人もつれ合いながら倒れてしまいました!
「いたたた……悠弐子さん! ダイブなら向こうですよ! フロアはあっち!」
どうして演者側向かって飛んで来るんですか!
トペコンヒーロだってプランチャだって受け手との阿吽の呼吸が必須なんですよ? それがなかったら正真正銘のスイシーダですよ。スイングが必要なのはステージでもプロレスでも一緒です!
「ぷはー……」
でもこの顔を見たら、やりきった満足感で幸せ溢れる顔見たら、
(邪険に押し退けたりできないですよ……)
なんて憎めない笑顔なんですか。
常人離れした美少女なのに、時に驚くほど人懐っこい顔まで見せてくる。
ずるい。
彼女は愛される才能に溢れている。
多少のオイタで不興を買ったところで、こんな風に甘えられたら許してしまいますよ。
ずるい。
神様は意地悪。クレーム窓口が存在するなら、今すぐ怒鳴り込みたいくらい不公平。
だけど……
(本当にずるいのは、実は私なのでは?)
などという意味不明の罪悪感が湧いてくる。
(だって……)
こんなにも綺麗な子の傍にいられるのって特別扱いじゃないですか?
優遇されすぎている気がする……後から何かとんでもない対価を請求されたりしないか、不安になってくるんですけど神様!
「ふにゅー」
寝転んだ女子高生二人分を隠すモニタースピーカー。こんな死角があったのか、舞台には。
濡れた制服越しに感じる、別の子の体温。踊って唄って煽り立て、縦横無尽に飛び回った身体の熱がトクントクン鼓動と一緒に伝わってくる。
私のも伝わってるの?
恥ずかしい……肌と肌との熱交換、体温カンバセーション。こんな公衆の面前で。
知られたくないことまで全て知られちゃいそうな錯覚、ゼロのパーソナルスペース。
(でも……それでも)
身を委ねてしまいたくなる、快楽の免罪符。
蕩けちゃいそうな柔らかさと温もりと芳しい匂い。こんな抱き心地なんですね、女の子って。
何もかも忘れて永遠に溶け合っていたい……
「……はっ!」
チルアウトしていたはずのストリームが突然のブレイク!
煽りMCすら挟まずにダイナミック曲調転換! ダンスアレンジされたジグソーが鳴り響いて!
「へ????」
――スカイハイ!
天空から舞い降りる未確認物体!
萌えアニメ的に翻案すると、『空から美少女が降ってきた』!
脳天方向から、見惚れるほどに美しいプランチャースイシーダ。
「ぐぇぇ!」
およそ女子高生に相応しくない【呻き声】がマイクに乗ってしまいました。
だって仕方がないじゃないですか!
DJ卓をコーナーポストに見立てたラプンツェル選手、一回転して飛んできたんですよ?
「ゆに公の首、頂戴!」
手負いの侍大将の首を脇差しで掻っ切る! ……かの如き迫力で部長を抑えつけたB子ちゃん、「宿敵」から、ヘッドセットを毟り取ると、
「ここに新生『 The Rising Sun 』 爆誕!」
と、高らかに宣言した。
「たった今この時より、このバースディブラックチャイルドがバンドの全権を掌握……」
ところが部長もさるもの、
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
即座に復活して舞台中央でガッチリとロックアップ。
「ふんっ!」「ふんっ!」
互いに相手を捻じ伏せようと、腹の底から息む美少女が二人。
なに? なになに なにこの画?
PCのシーケンサーが勝手に演奏を続ける最中、全力の力比べ。本気のマウンティングで覇を争う演者って何者ですか?
「……私たちライブ中ですよね悠弐子さん?」
世界でいちばん強くなりたい人たちの肉体パフォーマンス興行じゃないですよね?
「桜里子は黙ってて!」
「は?」
「こっちは手を離せないんだから場を繋いでて!」
山田がですか????
「そーよ!」
卍固めで苦悶の表情を浮かべながら悠弐子さんは私へ促してくる。
(場を繋ぐって言っても……)
悠弐子さんの代わりにパフォーマンスを?
そりゃフラフラとタコ踊りしているだけでもカタチにはなりますけどね?
演奏自体はDJラプンツェルのPCから生でダラダラ流れてるだけですから。
(いやいやいやいやいやいや!)
そんな単純なもんじゃないです!
「……!!」
ブパブパブパブパブパパパパパパパ……
いかにもドロップの期待感を煽るシンセのフレーズ、スネア連打のショートフィル。
(これはマズいですよ!)
ここを上手く繋がないと、踊り狂う観客から大ブーイングされちゃいます!
「やって桜里子! このカオスを収拾できるのはあんただけよ!」
あぁーもう! 何でこんなことに????
そもそも私はバンドなんてやるつもりはなかったのに!
「これ? これかな?」
DJミキサーって無駄にツマミが多すぎます!
どれ捻っても幕間のループフレーズしか出てこないじゃないですか!
どれだ? どれですか本命は!
(こっちかな? いや、こっちだったか?)
人に演らせるなら分かりやすいように付箋でも貼ってて下さい!
突然振られたってできるわけないじゃないですか!
「うひぃー!」
人生で最も難しいモグラ叩きの様相を呈してきましたよ!
流れるようなアゲアゲプレイからは程遠い、敢えて名付けるならドリンクバーミックス。無秩序なドリンクを混ぜ合わせたドドメ色のデンジャラスドリンク。
「DJのくせにミキサーも使えねえの?」
うるさいうるさいうるさい!
必死なんですよ? 無責任なヤジとかおよしになってねAUDIENCE!
女子高生の一生懸命を見守ろうって寛大さは持ち合わせてないんですか?
「山田はDJじゃないのに!」
ギクシャクズレズレのプレイに客席から容赦ないブーイングと怒号が飛んでくる!
「ヘッドホンの使い方も知らねぇのかよ! 耳に掛けんだよ耳に!」
そんなこと知ってます! 知ってたら何でもできると思ったら大間違いですよ!
「もう!」
鬱憤のままに怒りの鉄拳をミキサーへと振り下ろせば、
「……あっ!」
で、出ました! 探し求めていた曲のイントロが!
本日のセットリスト、最後に用意されていたボーカル曲!
(――これで勝つる!)
「よぉし!」
マイクを持ってDJ卓からステージへ舞い戻り、
「いくぞぉー『ロマンティック・ラブ・イデオロギーを殺せ!』」
ウォォォォォォォォォォ!
ライブ前の短い打ち合わせでは、『オリジナル曲ぞな』って説明されましたけど……そこはそれ、パーティに慣れた観客なら、煽りに応じてお約束的に盛り上がってくれるはずですよね?
渡りに船とばかり有耶無耶に終わらせます! それがいいそれでいい!
すぅ……
せめて大きな声で。場を誤魔化すには大声って昔から相場が決まってます。
(いざっ!)
あたし預言者ぁぁぁぁぁぁぁ~♪
が。
ボーカリストでもない素人の声量なんて高が知れている。精一杯声を張ったつもりでも全然出てないんです客観的に見ると。悠弐子さんとは比べるべくもない乏しさです。
なので私が唄い出した瞬間、
『ズコー!』
って、フロア全員のスベる音が聞こえた。
(ダメだ!)
予想以上にスベってるし!
当然ですよ!
私の声も期待外れなら、この選曲も酷いですよ!
いくら百戦錬磨のパーリーピーポーだって、こんな曲を饗されてもですね!
BPMが早すぎる、かといってハードスタイルみたい攻撃的な低音を鳴らしていくわけでもなく、オモチャっぽいペラペラの電子音じゃないですか!
セットリストの箸休めならまだしも、こんなのお尻へ持ってきたら締まるものも締まりません!
こんな電波曲みたいなので発奮するのはアニヲタイベンターぐらいなものです!
(だからといって!)
見様見真似のDJにアドリブでのセットリストチェンジなんて出来るはずもなく。
無様と嗤われてもいいです。とりあえず任された分は済ませないと。最低限の責任を果たさないことには迷惑を掛けてしまいますから!
人様に迷惑をかけること。それを最も恥じるのが日本人です!
(Show Must Go On! Show Must Go Onしなきゃ桜里子!)
なので唄います。晒し者状態を甘んじても唄います。プロンプタ代わりのPC画面を見ながら。
お前ら別れるぞ 数年保たずに別れるぞ
おままごとみたいな恋人ごっこ 約束された終焉
賭けてもいいね 全財産
That's Love of Death! Promised Ending Story!
Never Never Never 成就しない
(ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)
なんか飛んできた!
紙コップ? サイリューム? 靴? 手当たり次第に色んな物がステージへと飛んでくる!
あああー団扇は止めて下さい! 回転がついて凶器に近いです!
(てか!)
そ、そんなにダメですか? 私たちダメ?
(でしょうね!)
だってこのスタイルを、チープな小屋でやろうってのが間違ってる!
キャパシティはソコソコでも所詮は小さなライブハウスです、この小屋。PAと呼ぶのも烏滸がましいほどの最低限のライティングと音響。アンプとスピーカーだけは無闇矢鱈にデカいのは、どう見ても前時代的仕様です。昨今の基準からしてビジュアル方面の演出機材が貧弱すぎますよ。拙いDJの技量を補ってくれるムービーすら流せないんじゃ。
(かなり! 厳しい!)
それでも定番曲を適当に織り込んでいけば勝手に客は盛り上がってくれるはずなのに……盛り上がりたい客の生理を無視した曲で締めようとするとか!
(無謀すぎます!)
しかも歌モノなんですよ?
VJ職人の履かせる下駄もない無名DJがマイクを採れば、
「カラオケか!」
濃密なカラオケ感が漂ってしまうのです!
どうして? なんでこんなセットリストにしちゃったんですか?
何も考えずに皆で合唱できる定番アンセムにしておけば!
「桜里子!」
泣きそうになりながらブーイングを浴びる私から、猛禽類みたいにマイクを掠め取る彼女!
『あのね。顔も普通、頭良くない、才能皆無。それなら行儀くらいは良くしないと』
メロディを無視してフリースタイルラップを口ずさみ始める。
オーディエンスを相手取って、鼻っ柱を折りに行く!
鏡 見なよ 鏡
恋愛できると思う、客観的に?
kill the Ideology Love Overemphasized
もう恋なんてしないなんて 言わないでいいの
結婚しちゃおう
手っ取り早く結婚して 子供をWould You Mind(Would You Mind)
KILL! KILL! KILL! the Ideology Love Overemphasized
「え、ええええ……」
どうしたらいいんですか?
どうしたらいんでしょうこの場合?
不協和音ラップを刻み続ける悠弐子さん、観客全員がぐうの音も出なくなるまでフリースタイル?
そんなの無理ですよ!
1:100以上なんて勝ち目がありません!
(これはもう逃げるしか!)
何らかの区切りをつけて強引にトンズラしてしまうしか!
「桜里子!」
「えっ?」
は?
慌てふためく私、周りが見えなくなっていた私へ、飛んでくる凶器!
(ビン!)
ビール瓶が回転しながら私の方へ!
よ、避けられない! 気がついても時既に遅し!
ガシャン!
「……!」
ぶつかる寸前、空中で破砕される飛来物!
「B子ちゃん!」
マイクスタンドを錫杖に見立て、見得を切るB子ちゃん。親指を下に向けて、抹殺のサイン。
だ! ダメですよそんなの! 火に油を注いでどうすんですか!
鏡 見なよ 鏡
幻想など程遠い 現実的に
kill the Ideology Love Overemphasized
恋とかいうハイコストローリターン もうやんなくていい
結婚しちゃおう
手っ取り早く結婚して 子供をWould You Mind(Would You Mind)
KILL! KILL! KILL! the Ideology Love Overemphasized
一触即発のB子ちゃんなどお構いなしで、ラップパフォーマンスに興じる悠弐子さん。
ミクスチャーの心地いい違和感などとは程遠い、身勝手なツイスト&シャウト。
こっちもダメだこりゃダメだ、即興の悪い部分ばかりが耳を突くパターンですよ!
「引っ込めー!」
「死ねヘタクソ!」
ええ、こうなります。こうなりますとも。気持ちは分かります。
だけど、「死ね」は無いな。品性を疑われますよ? 小学生並の知性ですよ? 多少なりとも知性を保持した大人が口にすべき言葉じゃありませんよ。蛮人の言葉です。
「やんのかこらー!」
ああもう何やってんですか悠弐子さん!
一々罵声に反応するとか、下策もいいところですよ!
ステージに立つ人は相手にしちゃダメです!
聞こえないふりして段取りを進めないといけないのに!
「喰らえ衆愚どもー!」
こっちはこっちでなんですか!
「はぁ!?!?」
地区予選のノーヒットノーラン九回、スーパーレジェンド江川卓ばりの剛球を客席へ投げつけ始めてます!
「うははははははははははははは!」
B子ちゃんダメダメ! それはトリを務めるバンドが投げる予定だったプレゼント用の球です! 今投げちゃダメな奴! 間違いなく怒られます!
カチ、カチ。
(……ん? なんですこのクリック音?)
見境なく球を投げまくるDJラプンツェルを羽交い絞めしながら振り返れば……
「は?」
ディスポーザブルライター。柄の長い、芋煮会とかバーベキューとかお墓参りとかで使う奴。
目一杯伸ばした腕の先、ソレを掲げた源子さんは、
グビグビグビ……
何か飲み物を呷る。いや、呑んでないですね、頬いっぱいに含ませてます?
「な、何をする気ですか悠弐子さん?」
悪い予感しかしないんですけど……念のため尋ねてみます。
コクコク。
そりゃ食いしん坊ハムスター並みに口に含んでたら応えられません。
「飲むか吐き出すかして答えて欲しいんですけど……」
だけどそんな私の懇願などお構いなしで、
「いくぞぉー!」
……とでも言わんばかりに、瓶を投げ捨てた右手を掲げ、
「!!!!」
思いっ切り鼻から息を吸い込み悠弐子さん、砲丸投げ選手みたいに仰け反って、
「……!」
バンッ! 左足を激しく踏み出す!
その勢いでディスポーザルブルライターへと、
ぶしゃあああああああああああ!
「!!!!」
ブッ掛けた!
口に貯めていたものを、見惚れるほどの霧状にして!
顔面ペイントの悪役レスラーにでも習ったんですかってくらい綺麗な人間スプレー!
ああ、なんて綺麗な悪の華でしょうか?
ライブハウスの闇に咲く、蓮華の炎。ものの見事に咲き誇ってます。
減点法で人を断じれるほど 貴様は完璧なのか?
磨きぬいた誉の個体なのか?
殺せ!
ロマンティック・ラブイデオロギーを殺せ!
一気に咥内の【 燃 料 】を吹ききった悠弐子さん、「私の歌を聴け!」とでも言わんばかりの勢いで彼女はマイクを採る。あたかも伝説のパンクロッカーばりのアグレッシヴさで!
二十年前の僕らは胸を痛め いとしのエリーなんて聴いてた
十年前の僕らは みんなも社長さんも ラブレボリューションなんて聴いてた
愛が全てを変えてくれたら 迷わずにいれるのに
ラブレボリューション 心に巣食ったイデオロギー
愛はオシャレじゃない!
クリスマスを彼と過ごすのが愛じゃない!
カタチが全て押し退ける それが思考停止
教義が全てに卓る時 宗教は生まれるよ
客席に現れた巨大な火の玉が二つ三つ、災厄の種となって火の粉を振りまく。
舞台演出とは隔絶したノンフィクションの炎上が、アリーナへ恐慌をもたらす。
焼け焦げる臭いも生存本能のベルを助長し、我先にと出口へ殺到するお客さんたち。
(か、カオス……)
もしかして私たち、なんかもう取り返しのつかないことしてませんか?
これは本格的にヤバいのでは????
「ロマンティックあげるよ、とか言われても信じちゃダメ!」
もはやフロアは音楽どころの騒ぎじゃないのに、彼女はノンストップひばりちゃん。
魂のパンチラインを小屋へぶちまける。
「架空の担保で誘惑するのは詐欺師の手口よ! 霊感商法よ!」