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Love, Election & Glico, Pineapple, Chocolate. - 4

挿絵(By みてみん)

「これですかー」

 職員室前の掲示板。とある男子が暫定生徒会長として指名された旨が貼り出されてます。校長の印がペタリ押されたA4ペーパーに。

 おそらく入試結果とか、その辺を適当に参照して指名されたんでしょう。確かに生徒の意思を反映したものとは言い難いですが、暫定措置としては常識的な範囲ですよ?

「そこまでして人の上に立ちたいもんですかね?」

 私には分かりません、あの眼鏡女子の気持ちが。

 人の上に立ったところで無駄に重い責任が伸し掛かってくるだけです。少しでもヘマすれば、即座に背後からクラクションで煽られる立場でしょ?

 ひとときも心休まることなく居住まいを正してなきゃいけない。

 イヤですよ。そんなの勘弁ですよ。

「過分なアンビシャスなど必要ですか? ……私たち女子に?」

 ねぇクラーク博士?

 理想を他人へ押しつけるのって、そんなに愉しいですか?

「ううーん……」

 私には縁遠い世界ですよ。

 というか壇上へ乱入した眼鏡彼女は「最大多数の最大幸福を実現する公約を自分は持っている!」と力説してましたが……野次と罵声に掻き消されてしまい、具体的内容は結局聴けず終い。

「女子高生(私たち)の求める最大幸福……」

 そんなの勿論、当然、言わずもがな!

 恋です!

 めくるめくラブアフェアーを十二分に堪能できる環境こそ最大幸福であり、その機会は、

「ここ!」

 この学舎こそ県内屈指の恋愛理想郷なのです!

 男女比50:50にして実家の太い男の子ばかりが通う、新設進学校! 恋愛対象外のギークや脳筋やDQNは入試という門番が篩い落としてくれました!

 ぶっちゃけ生徒会長が誰だ、とかどうでもいいんです!

 ここで学園生活を送れる権利、それが勝利へのパスポート!

 生臭い権力闘争に現を抜かしてる暇があったら、男の子との出会いのチャンスを漁れ!

 霞一中 恋愛ラボの子たちに訊けば、きっとみんな首を傾げますよ?

 もっと! モット! ときめくことが目の前に転がっているのに。

 女の子にしか味わえない、蕩けるほどに甘く、ほんの少しだけビターなチョコレートデイズが……

 ピロロローン。

『桜里子! 謎の美少女X出現した?』

 噂をすれば……携帯へLINE通知が。霞一中 恋愛ラボの同期生糸満ちゃんからです。

『そんなに綺麗な子なの? どうなの桜里子、目撃者的に?』

 倉井ちゃんや羽田ちゃんも、別の高校へ進学した仲間が興味津々メッセージを送ってきます。

「正直、あんな美人は見たことないよ」

 百人単位の聴衆が息を呑んで固まっちゃう子ですよ?

『彼氏持ち?』

「彼氏どころかあの子自身の素性すら。どこ中出身の子か、誰も知らないの」

『まさに謎の美少女ね……そいつが入学早々、公衆の面前で男を大募集したっての?』

「男に限る、とは言ってなかったような……」

『男に決まってるじゃん!』

『そうだよ桜里子!』

『男女雇用機会均等法の関係でハッキリと書けないけど、忖度して察しろ的な奴だよ!』

『部員募集を口実に上玉オトコを独り占めしようって魂胆よ!』

『傲慢かつ悪辣な自己アピールね!』

 確かに、恋愛ラボの理念に照らせば、突然のキングボンビー襲来に等しい。

絶対恋愛黙示録アポカリプスオブラブデスティニー頓挫の危機よ桜里子!』

『このままじゃ男子を盗られちゃう!』

 彼女は毒入りチョコレートに違いない!

『死活問題じゃん!』

 霞一中 恋愛ラボの見立てでは【悪】の可能性が濃厚。田畑を食い荒らす蝗並み、ガンジーでも助走をつけて殴るレベルの邪悪と認定された模様です。


 【 第一回 贅理部 入部セレクション 開催要項

   日時 : 金曜日 放課後          】


 暫定生徒会長指名の隣、最も目立つ場所に掲示されています。A4ペーパーに二行のみ。

 余白が勿体なく感じる情報量です。オリエンテーションで配られた部活案内冊子ガイドと何ら違わぬ内容なのに。

「でも……」

 違ってますね。見逃しませんよ、相違点。

「ウォーリーを探すよりも随分と分かりやすい」

 ココです。A4用紙の隅に小さなドット塊。正方形のランダムな市松模様で。

 ピポー。

 スマホのリーダーアプリが怪しげなURLを吐き出しました。

「…………」

 意を決してリンクをタップしてみれば……

「……キノコ?」

 何の変哲もないキノコ…………じゃない。色が毒々しい。柑橘系の色味をしてます。

 これはちょっと躊躇いますね、寄せ鍋に入ってたら箸を伸ばすのを。

「贅理部 セレクション参加資格 : 図示されたキノコを持参すること……?」

 ご丁寧に、生えてそうな場所までレクチャーしてくれてます。手書きの地図にグリグリの丸印。

「学校の裏山ですか?」

 振り返れば、廊下の窓越しに山。教室棟の向こうは雑木林の斜面です。

 我が霞城中央、「中央高校」と銘打ちながらも市内の中心部からは若干外れてまして、敷地の裏は山塊へ連なってます。巨大な脊梁山脈は時折悪戯でもするかのように、小さな丘陵を平野部へポコンと突き立てる。そういう使いづらい土地です。だからこそ学校用地へ転用できたのかと推測しますが……

「学校の裏に自生する……野生キノコ?」

 確かに、こんな金柑色したキノコなど普通のスーパーでは扱ってません、常識的に考えて。

「何を試そうとしてるんですか?」

 かぐやちゃんが欲する『普通じゃない人材』って……キノコマニア?

「タケノコ王なら聞いたことありますけど?」

 蔵を建てるなら、そっちの方がよくないですか? マツタケとか単価が高めの。

 てか、美少女にキノコって!

 竹から産まれた赤子なら、神秘の美少女っぽさがありますが……キノコの榾木を母胎とするとか、菌糸類の植物モンスターっぽいじゃないですか。だめですそんなの美少女には似合いません!

「贅理部って……何かしら科学系の部活なんですかね?」

 名前から察するに「贅」も「理」も汗臭さとは無縁な印象は受けますが……

『桜里子!』

『分かってるの桜里子? 非常事態!』

 沈思黙考で返信の指が止まった私へ、糸満ちゃん倉井ちゃんから矢の催促。通知音の連打。

『こうなったら、あんただけが頼りなんだからね桜里子!』

 もちろん、分かってますとも羽田ちゃん。

 探るべきはズバリ――――【 貞 操 観 念 】。

 あんな美人ならば殊更のアピールなど不要、何をせずとも異性がワラワラと寄ってくる。歩く誘蛾灯ですよ。バイオハザードの主役視点です。

 なので姫が望めば即カップル成立。出会って四秒もかかりません。

 ただし、問題はその後。

 もし彼女が本物のかぐや姫なら、言い寄る男子おのこは是非に及ばず。甘い汁をチューチューと吸い上げつつ、中途半端に摘み食いしちゃいます。竹取物語で公達に無理難題を押しつけるくだり、あれがメタファーですよ。おねだり系寄生女子は今も昔も変わらないんです。

 そういうのが一番タチが悪い!

 日本は一夫一妻制の国です! そう憲法で規定されてますから!

 太古の昔から、一人の妻に一人の夫。それこそが規範です。京都の貴族や大名門跡庄屋大店の旦那みたいな特殊例を持ち出すのは無理筋です。大多数の日本人は正しい婚姻関係の元で社会秩序を維持してきたんです。

 そういう伝統的な規律を乱す子は悪ですよ! 誰が許してもこの山田桜里子が許しません!

 危険な恋はダメダメダメ、しちゃいけないの、スキャンダル!

「ご安心召されよ。この山田桜里子が責任を持って、見極めてくるわ、この目で確と!」

 彼女の本性――男女交際のモラリティを。

「【 謎の美少女X 】は蝗か否か!」

 LINEに荒ぶるグリコポーズのスタンプを貼りつけながら決意する。

 そう!

 恋愛の自由こそ最も尊ぶべき乙女のポリシーです!

【霞一中 恋愛ラボ 恋の掟 第九条 恋愛は何事にも縛られないから素敵なの】

 と、ちゃーんと書いてあります!

 だけどそれは、公共の利益が尊重される範囲内でのこと。

【第九条 第二項 但し人様の彼に不貞を誘いかけたり、複数の男子を囲い込むような行為は厳に慎まれるべし】

 いくらモテモテ美人だからといって、調子に乗って猟色を縦にしたりするのなら、

「悪です!」『悪ね!』『紛うことなき絶対悪よ!』『姦淫許すまじ!』

 糸満ちゃん倉井ちゃん羽田ちゃんラボメン全員が悪魔スタンプを返してくる。

 ですよね! 山田もそう思います!

『でも桜里子……マジで謎の彼女Xが蝗女だったら、どうすんの?』

 言われてみれば……

「うぅーん……」

 私は普通の女子高生です。武道の心得もなければ怖いお兄さんとのツテもない。仮に法曹界の切れ者弁護士とコネクションがあったとしても、単なる恋愛インモラリストを処する法律は存在しません。担任へ泣きつけばあらゆるトラブルが解決したのは小学校低学年まで。学級会などという人民裁判、もはや高校生には通用するわけもなく。

 されども悪には報いを、罪過に応じた応報こそ正しき世の理。

 ――女子高生が求める執行者。

 法で捌けぬ悪人を、超法規な闇の力が成敗してくれたなら。

 どこの誰かは知らないけど、カラダはみんな知っている。どこかで不幸に泣く女子いれば「あんな男とは別れなさい」と助言をくれる。傲岸不遜の恋愛バーバリアンどもをバッサバッサと一刀両断。

『いないの? 意識高い系ばっかりなんでしょ? 霞城中央って』

「多少偏差値が高かろうと、そんな黒い天使はいません……それこそ漫画やアニメの中にしか」

『霞城中央 SEX PISTOLS的な執行者!』

『霞城中央 SEX MACHINEGUNSの方が強そう!』

 弱者を救う性の守護者ガーディアン……武器を取って悪に立ち向かう性義の自警団……

 女の敵は女の手で成敗する。野蛮な匂いがプンプンしますけど、筋は通ってる。口だけで、実際には女子を守ってくれないフェミニストなんかよりずっと。

「いたら嬉しいですけど、そんなのいま………………………………ん?」

 なんでしょう?

 教室棟の屋上で何かしている人が見えますね?

「……旗?」

 なんか書いてありますよ?

「万国の女子 …………連帯せよ?」

 セーラー服の女子たち数人が声を張り上げてます。

「xxxxxxxxxxxxx!」

「yyyyyyyyyy!」

 本校舎棟ここまでは距離があるので、具体的な内容までは聞き取れませんが。

「渡りに船?」

 噂をすれば影というか必要は発明の母というか、そういうジャストタイミング?

(もしかしてアレは!)

 『万国の女子 連帯せよ!』とは……女の子の女の子による女の子のための結社ですかね?

 恋愛弱者の懸念を払い除けてくれる善意の有志さんたち?

 ポリスや先生では対処しきれない恋愛アウトローを駆除してくれる守護者でしょうか?

 だとしたら是非、お力をお借りしたいですね!

 山田一人では非力にもほどがありますから。


「これ! ホント生えてるんですか?」

 山へ入ってから何時間経ったでしょう?

 少なくとも授業一コマ分ほどは必死に探し回った気がしますけど。

 行けども行けども見慣れたブッシュです。代わり映えのしない日本の里山ですよ。こんな所に金柑色したキノコとか生えてるんですか?

 生えていても、せいぜいシイタケとかシメジとかナメコとか、いかにもキノコっぽい菌類しか。あんな赤道直下のジャングルにでも生えていそうな金色のキノコとか……

「あぁーもう! めんどくせぇ!」

 癇癪を起こしたマッチョボーイ、鍬を振り上げ、片っ端から掘り返してます!

 うおォン、彼はまるで人間ブルドーザーです。

 タンクトップ一丁、荒ぶる筋肉に任せてローラー作戦です!

 まぁ、一本見つければそれでOKですから、下手な鉄砲数打ちゃ当たる方式も間違ってないかもしれませんが。

「うぉぉぉぉぉぉぉうぉりゃぁぁぁぁ!」

 女子の馬力では無理ですね……ちょっと真似出来ない。女子力と筋肉は相関の薄い概念です。

「…………お?」

 場所を変えようかと、尾根状の斜面を登ってみたら、

「あれって……」

 尾根の向こう側に人影が。山の植生を入念に観察しながら進む、四人パーティです。脳筋タンクトッパーとは対極のトレッキング装備に身を固めた男子たちが四人、メモ帳と図鑑らしき本を携えて。

「ちゃぁーんす……」


「ふっふっふ……」

 賢い! 山田賢い!

 私が彼らを捕捉してから数分足らずで、四人組はキノコの生息域を特定しちゃいました!

 盲滅法な山狩りなど足元にも及ばぬ高効率です!

(これぞ霞一中 恋愛ラボ謹製『男子相馬眼ボーイエスティメーション!』)

 過酷な恋愛戦線で勝ち抜くためには、人を見る目……あ、字が違ってますね。男性ひとを見る目が大事です。せっかく鍛えた女子力ですよ?

(よし!)

 霞一中 恋愛ラボで培った恋愛殺法四十八手、早速役に立ちました!

 まるで専門外の問題ならば、勝手知ったるエキスパートをフォローするのが一番!

 睨んだ通り、知識に長けた男子でした、今回のミッションへと最適化された。

(ありがとう恋愛ラボ!)

 特訓の日々は無駄じゃなかった!

 ビバ、恋愛ラボ!

 桜里子翔びます!

(ではでは……)

 満足気な四人が現場から去ったのを見計らって、そそくさと私もキノコポイントへ!

 小さな渓に面した倒木の裏側です。ジメッとした腐葉土を踏みしめながら辺りを見渡せば……

「あったぁ!」

 お零れゲットだぜ! キノコマスターに私はなる!

 …………いえいえいいえ。

 なる必要はありません。一本で十分ですよ。トゥートゥーフォーも要りません。

「よぉぉーし!」

 ふふふ、難なくクリアです!

 ハ イ エ ナ 大☆成☆功☆!

 いわゆる一つのハイエナ作戦――有効ですよ、生き残る策としては。かなり。

 我々のご先祖様、脆弱な旧人類が肉食という栄養摂取手段を知り得たのは、元々猛獣の食べ残し、もしくは隠された獲物を盗み食いしたところから始まる。そこで肉食の高効率を知り得たからこそ、カロリーをバカ食いする高度な脳を維持できるようになったんです。

 極めて合理的、ハイエナ策は先祖伝来のライフハックテクニックです。


「で…………どっちだろ?」

 それはそれとして、私どうにも地図が読めません。

 贅理部の地図が粗雑な手書きだから、ではなく、スマホアプリの精緻な地図でも迷いますし。

 何故でしょ?

 女子は地図が読めないのは……狩りで野山を駆けるのは男の仕事だから、そっちの解析中枢は発達しなかったんですかね? 狩猟の時代から。適材適所それとも適者生存?

「…………こっちでいいのかな?」

 谷筋の川沿いに小径がありますね……どうやら尾根の方へ続いているみたいです。しかも踏み均された様子からして、単なる獣道とは違うっぽい?

「ぐーりーこ! それ、ぐーりーこーぐーりーこぉー!」

 取り敢えず行ってみるしかないでしょう。新品の制服を気遣いながら、坂道をえっちらおっちら。

(It's easier to do something than worry about it!)

 もし彼女が恋愛暴君モンスターだったら。

 霞一中 恋愛ラボのラボメンたちが懸念する通り、恋愛ヒエラルキーの頂点を恣にする蝗なら。

 教室棟の屋上にいた人たち。「女の子 連帯せよ!」と旗を掲げた子たちと連携して傲慢な猟色を封じ込めできれば理想的なんですが……

(まずは確かめないと!)

 実態を知らなきゃ話が進みませんから。敵を知るのです!

「ぐりこ! ぐりこ!」

 非力極まるこの山田桜里子(私)。

 不届き者を誅する性義の自警団などにはなれそうもないですが……調査なら、何の後ろ暗い所もありません! 正々堂々懐へ飛び込んじゃいます! 霞一中 恋愛ラボの代理人として内偵です!

 コードネームは差し詰め、『Rage against the Beauty』とでも。

(……というかですね)

 内偵調査員Rage桜里子から言わせてもらえばですね、

 【謎の彼女X】こと、霞城中央のかぐや姫は容疑者に非ず。大山鳴動して鼠一匹、が真相ではないかと勘ぐっています。この山田桜里子の、桜色の脳細胞が下した判断では。

 だって、あんなにも美しい独り身女子がいますか? ぶっちゃけ不自然です。

 無秩序な男漁りへの危惧、それは恋愛ラボ特有の過敏反応であって、オリエンテーションの告知も単なる部員募集でしかないのでは……

 捜査に予断は禁物。

 でも実際彼女を目撃した者として、その可能性も大いにあると考えざるを得ません。

(だからこそ!)

 どちらが正しいのか確かめてみましょう。この女坂を登りつめ!

 問題が有ったらその時はその時!

 教室棟屋上の勇ましい女子たちの力も借りて、なるたけ穏便に済ませましょう。

 私としては恋愛理想郷が健全に機能を果たせれば何の問題ないんですよ。

 50:50の黄金比が維持されれば。

 それを1:100で独り占めしようとするのは悪です! 我々霞城中央女子全員の敵です!

「ぐーりこ、ぐーりー……ぅぉ!」

 当てずっぽうの進路選択も間違っていなかったっぽいです、どうやら。

 川沿いの斜面に列が伸びています。ドキッ☆男だらけの謎の列です。全員が柑橘系と見紛わんばかりのキノコを手にして。

「…………」

 さりげなく最後尾に並んで、様子を窺えば……

「これを何と読む?」

「ハズレ!?」

 列の前方から女子と男子の会話する声。

「またかよチクショォー!」

 そして渋い顔の男子が列を逆走して、再び山の中へ。

(何が起こってるんですか?)

 ヒョイと横から顔を出してみると、

(……キノコチェック?)

 セーラー服の女子が一つ一つ、男の子たちのキノコを検品してるようです。ここからでは検分役の顔まで見通せませんが。残念ながら。

「これを何と読む?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 彼女ゲートキーパーの検査は厳格みたい。一人また一人とハネられ、山へ逆戻り。

(ま、私は大丈夫ですけど)

 科学に基づいたサイエンスボーイズの見立てですから。余裕ですよ。左団扇でスタンバイ。

 これも霞一中 恋愛ラボで培った『男子相馬眼ボーイエスティメーション』のお陰……

「違うのかよ!」

「合ってると思ったのに!」

(今の人!)

 渋い顔で横をすり抜けていった子たち!

(私がハイエナした四人組!!!!)

 完璧なフィールドワーカースタイルに身を包み、図鑑と虫眼鏡を携えた!

「嘘でしょ!?」

 てことは私もハズレキノコを掴まされちゃったの?

 あの四人組って、格好だけ一丁前の、中身が伴ってないピーマン野郎ども?

「あわわわわわわわ……」

 いきなり天国から地獄ですか!?!? オートマティックな合格を確信していた私、バカみたい!

(こ、この程度……私の男子見極め力ってこの程度?)

 実践不足の頭でっかちがアッサリ露呈されちゃいました?

「はいネクスツ!」

 震えながら蹲っていた私の手を引き寄せる。不意に引っ張り上げられる。

「ひっ!」

 それは、私と同じセーラー服の女の子。

 でもでも!

(――ヘルメット!)

 同じ服装でも頭にはヘルメット! 見るからに普通じゃないヘルメットが!

 まるでスペースオペラの銀河帝国、不気味なシンフォニックテーマで姿を現す暗黒卿。そんな傑物を想起させるゴッツいヘルメットの女子高生!?

 黒光りするサーフェスには機能美溢れるメカニカルギミック。どんな機能か想像もできませんが!

「ひっ!」

(何このヘルメット????)

 見るからに精巧な部品精度は、セーラー服との親和性が異常に低い!

 首から上と下で世界観が断絶してます。雑コラにしても程がある絵面ですよ!

(な、なんなのこの子?)

 顔を隠さなきゃいけない運命さだめの女子高生? 少女鉄仮面伝説?

 たとえそうだとしても、何故こんな仰々しいメットを?

 人相隠しなら普通のありふれたマスクでいいじゃないですか。だって女子高生ですよ?

「……あんた」

「はは、はいっ!」

 反射的に、持ってたキノコを差し出しちゃった!

(うわ! ダメだ! ハズレキノコなのに!)

「……………………」

 無慈悲な失格ボードを出されちゃう!

 貴様は出来損ないだ、と公衆の面前で宣告される、あの晒しボードの餌食になっちゃう!

(ひぃー! ひぃぃぃぃ!)

「……………………」

 そんな悪目立ちしたくないのに。可能な限り波風を立てないように任務遂行するのが潜入工作員(Rage against the Beauty)の鉄則なのに。

(…………ん?)

 なんだこの感触?

「はっ!」

 揉まれてるし! クレイジークライマー式に正面から! ムニムニってセーラー服越しに!

「え? え? えっ?」

 女の子同士なら辛うじて許され……いやいや良くないです!

 いくら女の子だからって初対面の同級生の胸を揉んでいい謂れはありません!

 てか何をやってるんですか? チェックするのはキノコですよね?

 あの毒々しい金柑色したキノコの真偽であって、女子高生の身体じゃないですよね?

 てかどうして私だけ?

 他の人はキノコを検品されるだけなのに、私は体まで????

「ひゃん!」

 我慢できずに変な声が出ちゃいました。そりゃそうです、肋骨を一本一本確かめるみたい触られた末に脇腹までコソコソとされちゃったら! そりゃ変な声も出ますって!

(くぅぅぅぅ……)

 必死に恥ずかしさを堪えてるのに、ヘルメットちゃんお構いなし。入念なボディチェックを止めてくれない!

(ううぅぅ……変な感じ……)

 無抵抗で体を他人に委ねる、背徳的なこそばゆさ。異性でなくとも耐え難い!

 でもだからって、変な声を出してたら後ろで並んでる男の子たちに変に思われる! いやらしい目で見られちゃいますよ! 可愛いフリしてあの娘、割とやるもんだねって噂になる!

 そんな噂が出回っちゃったら……入学早々、尻軽イージーラバー枠入りとか本当勘弁ですよ!

(……早く、早く終わって!)

 絶っ~対に気づかれませんように! 後ろで並んでる男の子たちに悟られませんように!

「……っ!」

 くっ! 殺せ! って自暴自棄の煽りじゃないんですね、女騎士さま!

 せめて人の尊厳を尊重して、って懇願なんです。理性最後の一線なんですね!

 擬似的なシチュエーションまで追い込まれて、よーやく理解できました!

「!!」

 新入学生のピュア&ノーブルを武器として使えるのは、この時期だけです。

 お互いをよくしらない、初々しい時期でこそ最高倍率が乗る武器ガールズウエポンですから!

 そんな貴重なものを、こんなとこで捨てちゃうとか勿体ないにも程があります!

(早く終わってぇ!)

「……!!」

 ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………ほふぅ……

 越えましたよ。最大の難所デリケートゾーンも突破しました。あとは何も隠しようもない素足をサワサワ検査されて終了です。

 耐えたー! 潜入工作員Rage against the Beauty、耐えました!

「イッテヨシ」

「…………は?」

 散々私の身体を弄り倒した彼女、メット越しのくぐもった声で告げてきた。

「……は……はぁ?」

 曖昧なリアクションしか返せない私へ、サムアップを背に向けて「通れ」のサイン。

 受け取ったキノコなどロクに確かめもせず……というか捨てましたよね!

 今、ハズレの箱へ捨てませんでした? ミス・ヘルメット????

「ネクスツ!」

 なのに戸惑う私など見向きもせず、査察を再開してるし!

「えっ? ええっ? えっ?」

(どどど、どういうこと?)

「これを何と読むー?」

「ぎゃあああ! またハズレかよ! 何度目だよ!」

 相変わらず男の子たちには厳格な審査……       一方、私はフリーパス。

 いわゆる女子高生特権ですか?

「……まさかね……」

 そりゃ異性には効きますけど女子高生ブランドは。あざとい色目が覿面に。

 でも同性相手には効かないですよ?

 あなたも女子高生、わたしも女子高生、どこに違いがあるのやら? 笑う声まで同じですよ?

「な……なんだったの?」

 結果オーライで片付けるにしても不可解すぎますよ。

 金剛杖で折檻される代わりに恥辱の公開ボディチェック?

 いや、自分でも何言ってるのか分からない。脳が茹だって論理回路の一部が壊死してしまったか?

(待って、冷静になるのよ山田桜里子!)

「すーはーすーはー……」

 騒がしいキノコチェックポイントを離れ、山の澄んだ空気で深呼吸。

(己が為すべきことを忘れないで、Rage against the Beauty)

「すーはーすーはー……」

 まだ第一段階を突破しただけの序の口なのよ。余計なことに拘っている暇はない。

「…………うむ」

 何かの手違いだったとしても、ラッキーはラッキーとして甘受するべきよ。

「ですよね」

 ここは次なる障害へ向けて褌を締め直さないと。

「ふん!」

 プリーツスカートのアジャスターをキツ目に寄せて験直し。日の丸鉢巻もギュッとね。

「正解は過程! じゃない!!」

 結果です。Rage against the Beautyに期待されているのは成果です。

 何のために貴重な部活選び期間をこんなことに費やしているのか。

 ぐうの音も出ないようなレポートを持ち帰って、ラボメンに真相を伝えるためです。

 私の、私たちの恋愛理想郷は健在であると!

「よーし!」

 川に侵食された大岩、天然の入場ゲートを潜り抜ければ里山のスロープ。そこにはキノコチェックをパスした選りすぐりの入部志望者がいる…………はずですよね?

 シビアな篩い落としの末に勝ち残った少数の男子が……

(……あれ?)

 目をパチクリさせて視界をリフレッシュ…………させたのに変わりません?

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 新歓オリエンテーションに出席してた男子、全員集ってないですか?

「ハァ????」

 蓋を開けてみれば、学園の裏山に大量の男子、男子、男子、男子、男子……

 講堂での空気感からして、集まったとしても精々一クラス規模程度かと思いきや!

 これから御柱祭でもやるんですか?

 里山の開けた斜面に同級生が、しかも男子ばっか鈴生り!

(これだから男の子は!!!!)

 講堂では「こんな胡散臭い勧誘に引っかかる奴いるの?」とか嘯き合ってたくせに!

 みーんな来てるじゃないですか! ちゃっかり!

 「全然勉強してない」とか嘯きながら実際は満点取っちゃう嫌な奴ですか?

 いいえ、基本的に男子のファンダメンタルズは直結厨に等しい。綺麗な子と仲良くなれるなら口実なんてどうでもいい。そういう生物です男の子。存在自体が不純な動機でできてる。

 私の中の男性脳も、照れ笑いを浮かべながら肩を叩いてくる。

「もう、ほんと男子って……」

 工作員Rage against the Beauty、別の意味で挫けそう……

「傾聴ぉぉぉー!」

「え?」

 諏訪大社の御神木なんかじゃなかった。里山の稜線へ現れたのは。

 澄み切ったスカイブルーを背に、靡く栄光の色。


  金 髪 の 女 の 子。 霞城中央のセーラー服を着たブロンドガール。


 日輪輝く金色少女が、眼下の群衆へ名乗りをあげた。

「傾聴せよぉ!」

 仁王立ちした彼女は拡声器なき時代の大将みたい、里山に響き渡る声で。その勇ましさたるや、ルビコン渡河を布告したシーザーの如く。不可逆の進軍を宣言する常勝将軍と見紛わんばかり。

「嘘……」

 よりにもよって泣きっ面に蜂もいいところです!

 私にとっては【最悪】の存在。身勝手な命令で将軍の政治的野心を葬ろうとした元老院議員よりピンピンチです!

(新歓の子じゃなくなくないですか????)

 明らかに別人格。

 だって髪が……天使色に輝いてます!

 新歓で壇上に立った子とは高貴のベクトルが違うの。平安貴族より、異人さんのエキゾチック。仮の名を与えるのなら差し詰め『ラプンツェル』。捕囚の塔から金髪を靡かすラプンツェルです!

「日本語喋ってるけど……外人?」

「ウイッグ被ったコスプレイヤーじゃないよな?」

 違います、違いますとも。

 ここから見上げるとよく分かる。日本人の標準体型で誂えた寸法に収まりきれない、伸びやかな骨格と四肢。霞城中央のセーラー服が全っ然似合ってません!

 あれは外人さんのフォルムですよ、異なる人種の身体的特徴が出まくってます!

「あの子も贅理部の関係者か?」

「ここにいるってことは、そうなんじゃね?」

「なこたぁどうでもいいじゃん」

「だな」

「入部しないわけにはいかなくなった。その理由が一つ増えただけよ」

(もうほんとに男子って!)

 『  可 愛 い  』は正義。

 男の子にとっての問題は可愛いのか可愛くないのか、のみ。その原理だけで動いてます男の子。インターナショナルにグローバルに平等主義者です。

 でなきゃこんなことにはなっていない!

 見てください、里山の斜面を埋め尽くす男、男、男、男、男、男。全校生の約半数を惹きつけたモチベーションは何か? 男性脳エミュレーションを起動させなくたって分かります。

「おーし! 何やらされるのか知らんけど、絶対に勝ち抜いてやんよ!」

 男の子たち、新たなる人参の登場に鼻息が荒ぶってます、猛き若駒の嘶きが里山に溢れてます!

(ああもうなんてこと!)

 あの子も贅理部関係者なら大問題じゃないですか!

 霞城中央女子の恋愛安全保障を揺るがしかねない圧倒的存在が増えたってことになる!

(困る!)

 それは困る!

 マケドニア英雄王の勢いで学園を制圧する恋愛暴君、それは一人じゃなかったの?

 霞城中央高校を恋愛理想郷から堕落の園へ変えちゃう傾国の美女、二人もいるの?

 絶対恋愛黙示録アポカリプスオブラブデスティニー計画、絶体絶命 風前の灯????

(アカン!)

 まさか同級生にこんな特異分子が何人もいたなんて……聞いてない!

 そんな重大事項なら入試要項に、学校案内に極太フォントで書いといて下さい!

 入学してからじゃ遅すぎる!

 こんな………こんなの……

「こんなの聞いてないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!」

 想定外の理不尽に湧き上がる思い、思い切り空へ訴えたら、

「教えてあげるわ!」

 思いがけない返答が、天空の超越者から妙なる調べが降ってきた。

「此処に集いし勇者の君へ!」

 いえ違います。

(この声は!)

 あの声です!

 私の慟哭へ呼応するかのように木霊した声。問答無用で意識を捉え、頼んでもいないのに滞留し続けるローレライボイス。陳腐な言葉も麗しの旋律として昇華さす、トークライトシンギング。

(――――かぐやちゃん!)

 満を持して霞城中央のかぐや姫が!

 オオオオオオオオォォォォォォォォッ!

「遠からん者は音にも聴けぃ!」

 開けた尾根に、少女の影。変身ヒーローのマフラーみたい、スカートをはためかせながら叫ぶ。首元にはキラリ何でしょう? 首輪? ここからじゃ遠くてよく分からないですが。

 兎にも角にもオーディエンス待望の彼女が姿を現した!

「第一回 贅理部入部セレクションによーこそぉー!」

 オオオオオオオオオォォォォォォーッッッッ!

 焦らしに焦らされた男の子たちは歓喜の雄叫び。

(こ……コンサート?)

 単なる入部試験だったはずの里山が、一気にウッドストックの熱気を帯びてます!

「多数のご来場、どぅーもありがとぅぉっ!」

 ワァァァァァァァァァァァァァァァッ!

 コールアンドレスポンスがライブ会場です、ほぼほぼフェスティボー!

「…………」

 そして黙る。意図的なブレイクを挟んで衆目の関心を惹きつける。

 上手い。この子はマスター、マスターオブセレモニー。煽りどころと抑えどころ、会場の「匂い」を読んで両方のツボを的確に操れる人。

「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」

 周りの男の子たち、手懐けられた仔犬みたいに御主人様の合図を待っています。

「へい、がーいず!」

 たっぷりとお預けを食らわした後に、彼女、

「人類の歴史とは!」

 脈絡の辿れないフレーズを放つ。

「人類の歴史とは!」

(は?)

 ――何を言い出すんです、この子?

 倒錯する感覚、自分が何をしているのか、立ち位置を喪失させる飛躍。

「人の歴史とは!」

 なのに皆、耳を傾けてしまう。彼女の言葉こそ聞くべき言葉だと受け容れてしまう。

 一種異様な光景です。

 無条件の信任と選択が整理する異空間。

 一対多の構図でありながら、まるで耳元で囁かれているような――魔女のタッチングスピーチ。

「淘汰である!」

「淘汰!」

 倍音の妖しさは金色の声、復唱されるフレーズが幻想を深くする。

「幾度も訪れた絶滅の危機を耐え忍び、生き残った者こそ我ら人類であぁーる!」

「ホモ! ホモサピエぇーンス!        ホモ!」

「皆さんにはこれから淘汰されてもらいます」

 ウェェェェェェェェェェェィ!

 え? いいの? そんな軽はずみに盛り上がっていいの?

 なんかとんでもないこと言ってません? 崖の上のポニョポニョしている美少女たちは?

 ウェェェェェェェェェェェイ!

 狂躁は冷静を駆逐する。一度火の着いたオーディエンスなら簡単に収まりはしない。

 疲労が快楽を上回るまで、ノリノリプチョヘンザです。

「さぁ、これ!」

 ラプンツェルが畳大のパネルを頭上に掲げると、そこには見覚えのある符号が。

「これ読み込んで」

 カメラがマトリックスコードを認識すれば、アプリのインストールページへ飛ばされ、

「……地図?」

 起動させたアプリに画像が出現。幼児が殴り書きしたみたいな手書き絵図ですけど?

「ゴールへ辿り着いた人を入部資格ありと認めちゃいまぁーす!」

(淘汰って競争?)

 我先にと野山を駆け抜け、ゴールへ辿り着けばいい?

 つまり入部試験って体力テストだったんですか?

 それが察せられると、ジャージ姿の体育会系は待ってましたと腕まくり、制服のままの眼鏡君たちは落胆の溜息を漏らしています。あからさまに二分されてて、反応が。

「部長、質問!」

 そんな悲喜こもごもの群衆から声が上がる。

「先着何人までOK? まさか一人だけってことはないよね?」

 言われてみれば。

 逆に言えば完走したら全員がOK、なんてゆとり仕様とも考えにくい。

 なにせこの数、男子ほぼ全員参加な様相では。

「「…………」」

 今、一瞬虚を突かれたみたいな表情してませんでした? 崖の上の美少女さんたち?

(まさか考えてなかったとか?)

 尾根の向こう側を向いて、金髪将軍ちゃんと姫、内緒話始めちゃいましたよ?

(もしかして本当に?)

 しっかり者に見えて意外とヌケてたりして?

 ルックスと声の時点で「天は二物を与えず」定説は破綻してるんだけど……やはり完璧な人間など存在しないってことですか? 神様も上手いことバランス採ってます?

「えー…………合格者は一応二人か三人を予定していまーす」

 即席の部内会議を終えた姫部長さん、決定事項を参加者へと下達する。

「しかしながら状況によっては若干の増員も考慮……最大七人ぐらい?」

 部長からアイコンタクトを送られたのに、「うん」でも「いいえ」でもない曖昧リアクションで首を傾げる金髪将軍。

 なんですこの二人?

 最初は今川義元の首を獲ったるで! くらいの勢いだったのに……打って変わってしどろもどろ。全く以て腰砕けでgdgd妖精じゃないですか。

(へ、変なコンビ……)

「よっしゃ、七人やな!」

 それでも男子たち、頼りない説明でも言質は取れたので、

「七位内なら入部権利ゲットだぜ!」

 確定した勝利条件を肴に気勢を上げる。鼻息も荒く前のめり。

 男の子って好きですよね、争いごと。何につけても他者と覇を競いたがる。できるなら争いごとには関わりたくないんですけど私は。

「ほいじゃスタートぞな!」

 セーラー服の金髪将軍が甲子園のアルプススタンドみたい旗をブンブン。

「勝てば天国、負ければ地獄! 知力・体力・時の運! 早く来い来い日曜日!」

 紅白の集中線みたいな旗が揮われる崖の下、都合三桁の男の子たちが山へと雪崩れ込んでいく。濛々と土埃巻き上げながら。

 ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!

「ひー!」


 あ、甘かった!

 男子の後をついてけば安全なルートを走破できるかな? なんて見込みは甘かった!

 スタート時は激流に翻弄される笹舟状態でクルクル押し流されていきましたが、それもアッという間に集団の後方へ押し流され、置いてけぼりです。

 比較的なだらかな学校の裏山ですらついてけません、女の子の脚では!

 アップダウンの激しいクロスカントリー、体力差がモロに出ちゃいます!

「失敗した!」

 欲望は強力すぎるエンジンです。生半可な目論見なんて簡単に粉砕していく。

「どうしよう……」

 裏山を走破し終えた頃には、もはや男子の姿など影も形もなくて。

「引き返すなら今しか……」

 目の前を横切る県道を越えてしまえば、そこは登山道とは名ばかりの獣道。助けを呼ぼうにも容易ならざる本格的な山へと立ち入ることになってしまいます。

「このまま進んでも負けは目に見えている……」

 体力勝負じゃ男の子には分が悪い。自明の理。

 行くべきか退くべきか。

「う~ん……」

 普通に考えたら戦略的撤退を採るべきでしょうが……

『謎の彼女Xの本性を見極めてくるわ!』

 恋愛ラボには暗黙の了解、というか無言の圧力が存在する。

 『恋の掟』に明文化されておらずとも、

 『幸せになれる奴から先に幸せになってけ。但し、幸せは必ずお裾分けされなくてはならない』という恋愛トリクルダウン条項が。

 言ってみれば日本は巨大な村社会。

 暗黙の了解――成文法に勝るとも劣らない不文律が存在する、それが村社会の常です。

「…………」

 スマホのメッセージログ。

 恋人ができれば発生する新たな人間関係コネクション、それを駆使して救出せよ。過酷な環境へと放りこまれた子羊たちを引っ張り上げろ。そういう斡旋者の期待を痛いほど感じる。

 恨みがましい嫉妬の怨念を籠めながら、私の背を押してくる文章。

 【恋愛理想郷への御入学、謹んでお喜びを申し上げます(男を紹介すること忘るるべからず)】。

 書かれていないのに()内の文章が浮かんで見える。

 添えられたスタンプからは黒い情念がダダ漏れしてます。分かってんだろな? という無言のプレッシャーが迸っています。念の篭った文章の圧力は、ログを遡ることすら躊躇われるほど。

【自分一人だけが幸せを謳歌するなど、あってはならないこと】

 この不文律は強固です。

 戦後のどん底から一億総中流へと押し上げた要因の一つでもありますが……物事には常に光と影が存在しているんです。

 コミュニティから村八分されたくなければ、出る杭の身勝手は許されない。

 不文律には無条件で従わねばならない。

 日本には契約条項より大事なものが存在するんです!

 なればこそ、

「何の成果も得られませんでした、じゃ申し訳が立たないですよ……」

 私だけではなく友人たちの明るい未来にも支障をきたしてしまうかもしれない極大特異点、その正体を詳らかにできないままで退散など。

「とはいえ、これ以上進んでも」

 埒が明かない気がする。ズルズルと泥沼にハマるくらいなら、撤退して別の策を考えた方がいいような気も。

「う~ん………ん?」

 ぶぉぉぉぉぉぉーん……

「珍しいですね?」

 辺鄙な県道を登ってくるエンジンの音。流通向けの基幹路線からも外れてるし、これといった観光地もないのに?

「走り屋さん? こんな真っ昼間から?」

 途方に暮れながら見つめていた麓側のブラインドコーナー。

「ほえ?」

 ギ……ギャッギャ……

 そこへ!

 ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 豪快にお尻振りながら!

 ミッドナイトの湾岸を駆け抜ける911ブラックバード! ……じゃない!

(四角いぃ!)

 ファミリーユースのコンパクト三列シートとは一線を画す、大ぶりなワンボックス! まるで土木系の業務用車みたいなゴッツい奴が! しかも艶消しの黒でオールペイントされてる、街じゃ絶対近寄りたくない系の! 車の主たる反社会的組織の人から法外なレートの示談条件を言い渡されそうな!

 それが!

 私の方へとスッ飛んできて! 一直線に向かってきて!

(――――死ぬ!)

 いきなり? いきなりですか?

 定番のトラックテンプレで昇天ですか? 交通事故から始まる物語ですか? 目覚めたらどっかで見たよな異世界ですか? きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるんだぜですか?

 イヤ! 嫌ですそんなの!

 せっかく女子高生になれたのにラブロマンティックのラの字すら体験せぬまま逝くなんて!

 球児の晴れ舞台へは行けなくたって、めくるめく恋の花園には到達できたはずなのに!

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 なのに!

 重量数トンの鉄塊は、些かも勢いを落とすことなく!

 来るよ来る来る! 来ちゃいます!

 ズザザザザザザザザーッッッ!

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 ……たす………………………………かった?

 濛々と巻き上がる土埃、アスファルトとタイヤの焼け焦げた匂い。

「…………!」

 ゆっくりと瞼を開ければ、強引なドリフトターンを果たした黒鳥が動きを止めていた。

 黒鳥というよりも全ての面が黒いカステラとでも呼んだ方がシックリきそうな車が。県道脇の退避ゾーンで身を固くした私の目前で。

 バキャ!

「ひっ!」

 触ってもいないのに施錠が外れる音!

「え? ええ? えええ? ええええええええ?」

 キッツいスモークの貼られたリアゲートが徐々に跳ね上げられていくと……

「は!!!!」

 荷室に載っていた、真新しい白とネイビーブルーの制服。

 そこへ垂れる黒の束。端まで縺れることなく伸びやかなに零れ落ちる繊維の芸術品。

「か…………かぐやちゃん!」

 ゲートが上がりきる前に分かった。光るキューティクルの質感と透き通るほど白い肌を拠り所に。

 尾根の彼女、首元で輝いていた「首輪」はメタルカラーのヘッドホンでした。少女の有機性と相反する無骨なハウジングを引っ提げ、イントロデュースハーセルフ。部活勧誘オリエンテーションに突如として現れ、同級生男子の注目を掻っ攫ってった霞城中央のかぐや姫が!

 諦めかけたRage against the Beautyの最終目標が向こうからやってきちゃいました!

(うわ……)

 まぶしっ! 白さが眩しい!

 一点の曇りもない肌って、こんなにも光り輝いて見えるの?

 至近の距離で目の当たりにすれば、さながら光る源氏の処女おとめ! 光源子!

 紫式部さん、疑ってすみませんでした! 人が光るなんて誇張表現にしてもやりすぎじゃ、と侮ってました古典の授業で。

 かぐや姫が竹林で光り輝いていたのも爺が耄碌してたわけじゃないんですね!

 私が無知なだけだった!

 本物の美女とは斯くも神々しく……天女の羽衣とは美しきオーラの比喩だったんですね!

「あんた」

 あの講堂の彼女です。光る源氏の姫、アルカイックな神秘をまといつつアグレッシヴに意識を掴みかかる、そんな不思議な表情を浮かべて会話の口火を切る。

「はひぃっ!」

「……あんたが山田桜里子?」

 しまった油断した!

 源子さんはローレライ、衆人から理性と正気を奪い去るマーメイドボイスの持ち主!

 新歓オリエンテーションで体験済みなのに!

「はははははいぃいぃぃぃぃ」

 絶妙ビブラートのルナティックにアテられた私は呂律も回らない。

 無様! 無様だわ山田桜里子! あなたの女子力はゼロよ!

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