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女子高生が求める気密性って何ですか? - 5

The end of Rage Against The Low Birth Rate Problem Universally.............



「オキシジェンデストロイヤー、悪を撃てぃ!」

 空中を漂っていた微粒物質が粗方床へ沈殿した頃、悠弐子さんは号令を下す。

 女子高生が求める高気密ヘルメットを脱ぎ捨て、虚空へと叫ぶ。

 それはあたかも、女優が別撮りで臨む、抜きのショット。クロマキー背景を背に、架空舞台の登場人物を堂々と演じきる。

 その入り込み方たるや、プロ顔負けのパフォーマンス。すぐにでも撮影所デビューできそうな。

 とはいえ、彼女を囲む監督やカメラマン、撮影スタッフは一人もいません。

 討伐指揮官演じる彼女の前には、学ランの少年(少女)が横たわっているだけです。

 黒革張りのソファに仰向けの彼(彼女)はアイマスクならぬヘッドマウントディスプレイで目元を覆われて、B子ちゃん謹製の映像ドラッグを強制鑑賞させられているらしい。

 ……らしい。

 分かりません。

 だって覗いたことないですし、そんな物騒な機械は。覗く気にもなれませんよ。

 とにかく悠弐子さんの説明に拠ると、そういうことらしいです。

「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 キノコ粉末を思い切り吸い込んで前後不覚に陥った上、ゴッツい機械で視覚を奪われた鳥居ミサ、謎の怪光線に悶絶しています。

 実際には何も浴びていませんが。悠弐子さんが何かを発射してる体で演技しているだけですが。

 果たして強制VR環境を強いられた脳内では、どんな光景が構築されているんでしょうか?

 何の脈絡もなく、どうとでも取れるような抽象映像が切り替わっていくとしても――それでも脳は意味を求める。どうにかして意味づけできないか試行錯誤を繰り返す。

 そこが付け入る隙、オートマティックに働く正常化バイアスを方向づけしてやるんです。

 乗るしかない、このビッグウェーブに。脳の自動補完シークエンスへ干渉するのです。

「これぞ秘術☆夢曼荼羅!」

 そこはかとなくブードゥーオリエンタルなポーズを決めながら悠弐子さん。ダルシム的なムーブでも美しく見えるってどういうこと?

「正義の業火に焼かれて眠れ! トリイジラ!」

 容赦なし、夢の操りミスドリームウィーバー彩波悠弐子、ここぞとばかりに責め続ける。

「うぎゃぁぁ!」

 大掛かりな舞台装置も薬物も脳内快楽物質の力も借りずに引き起こされるバッドトリップ。視覚に代わって認識の舵取りを担う聴覚中枢、それを惑わす。音情報だけで認知という船を難破させる。

 となれば悠弐子さんの独壇場ですよ。

 なんたって五体満足五感良好でも惑わされる声ですし。

 現実の足場を失った意識なら、いとも容易く絡め取られちゃいますって。

「放てミクロオキシゲン! 巨大怪獣から市民を守れ!」

 要は方向づけ、『何か凄いことが起こってる』という信憑性さえ刷り込めれば、あとは脳が勝手に具体性を構築してくれる。たとえそれが実体験とは掛け離れた舞台であっても。なんなら人類史の転換点となった革命劇でも、銀河を股にかけた艦隊戦でも、脳がリアリズムのお墨付きを与えてしまう。

 今の彼女(鳥居ミサ)は虜。悠弐子さんのセカイに溺れた漂流者です。

 ドリームウィーバー彩波悠弐子には抗えない、この状況シチュエーションでは誰もが決して。

 ナチュラルボーンの劇性ボイスで、どんなに突拍子のない設定でもオーソン・ウェルズの真実を付与して回る。むしろ真実よりも鮮やかな色彩すら帯びさせて。

「いや! いやぁぁぁぁぁ!」

 ですが悠弐子さん!

 いきなり「戦車を運転しろ」とか言われても無理ですって。車の免許すら持ってないのに。

 ワニの鳴き声とか知りませんってば。医療専門用語なんて咄嗟に出てきません。

 なのに「さぁ合わせろ」とでも言わんばかりにエチュードを始めちゃうんですよ、この二人。

「司令官殿ー! ディメンションタイドもブチこんどきますか!」

「……かまわん、やれ!」

 しかも普段の不仲が嘘みたいに阿吽の呼吸で。

(なんなんでしょうこの二人は?)

「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 ソファで極限まで海老反った鳥居ミサ――――――――遂に事切れた。

「勝った……」

 敵の首魁が失神したのを見届けると、パァーン! って勢い良く二人ハイタッチ。

「流派多産豊穣!」

「王者の風よ!」

 なんか勝利のセレブレーション始めちゃってますよ……?

「産めよ増やせよ!」

「欲しがりません勝つまでは!」

「「見よ! 兎の眼は赤く燃えている!」」

 朱く燃えているのは学ラン男子の頬ですけどね。

 散々な悪夢に翻弄された彼(彼女)は、息も絶え絶えソファにグッタリ。

(えぇーと……)

 悠弐子さん曰く、屋上生徒会は亡国結社【アヌスミラビリス】の尖兵である。悪の企みによって雌雄同体人間の能力を覚醒させられ、『男が失われた世界での男的存在』として学園の支配を目論んだ。

(…………男子?)

 勇ましい講堂でのアジテーションや、校長先生への恫喝詰問、それらは確かに男っぽくあった……

(でも、こうして見ると……)

 汗の浮いた肌はきめ細やか、いかにも化粧ノリが良さそうなサーフェスですよ?

 皮下脂肪の薄い感じも思春期の女子っぽいし……度重なる寝返りで乱れた着衣には、恋愛ラボで鍛えた男子脳領域、そっち側のRomanticが止まらないんですが?

 これは男装のエロス。女子が異性の格好することで生まれるフェティシズムです。

 よくよく見ればなんとなぁ~く胸の隆起もあるようなないような……

 んなもん脱がせれば一発かもしれませんが、さすがに興味本位ではちょっと。

 兎にも角にも彼(彼女)は学園の乗っ取りを企んだ首謀者ですから。事が済むまでは丁重に……

「ふん!」

 なぁーんて配慮は存在しないようです。贅理部の常識では。

 悠弐子さん、帰途の車中でセコセコ拵えたお手製カードをぞんざいに投げつけてます。

 【この者、極悪 性倫理 強要犯】……

 これは無理です。ポリースには頼めません、成敗など。法では裁けぬ悪ですよ、紛うことなき。

 ……もしかして我々女子高生の自助努力こそ、最も手っ取り早く、臭い匂いを元から断てるソリューションだったんでしょうか? 中二的表現なら「たった一つの冴えたやり方」?

 どうなんでしょう?

 確かに、悠弐子さんの超法規的蛮勇なかりせば、大変面倒な事態を招いたかもしれません。

 恋愛を謳歌するどころか夢も希望もない高校生活になってたかもしれない。

 何かが起こってからの対処療法では、取り返しがつかないほどの手間とコストを強いられる。

 それは確実でしたよ、間違いなく。

(いや、でも、しかしですね……う~ん……)

「桜里子!」

 釈然としないモヤモヤを吹き飛ばす情熱のハグ。

「初陣飾ったわよ!」

 敵わないです、笑顔の魔法には。おでことおでこがごっつんこ、で咲き誇る――向日葵の笑顔。

 事の大小に関わらず、あらゆる憂慮をBy the wayする忘却の旋律。華やかなファンファーレで強引に舞台転換を招き寄せる、人間トランジションエフェクト、彩波悠弐子。

「ゆにばぁさりぃの愛天使伝説――ここに幕開けよ!」

 こんな笑顔を向けられたら祝うしかありませんって。些末なツッコミは無粋極まる。

「やりました!」

「いぇいえぇぇーい♪」

 固唾を呑んで見守っていた霞一中 恋愛ラボの面々も、みな溜飲を下げることでしょう!

 県内屈指の恋愛理想郷は枯れることなく生き永らえました!

「必ず最後に愛は勝つ! 愛が勝ちました!」

 我々贅理部の獅子奮迅で!

「……桜里子……」

 なのに……

 空気読んで勝利の勝鬨に加わったのに、

「あんたなに言ってんの?」

「は?」

 どうして何故に、そんな阿呆を見る目を向けられねばならんのですか!

「愛で銀河が救えるわけないでしょ?」

 戦には勝ったのに詰られるとか、武田征伐で欄干に打ち据えられた明智光秀ですか、私は?

「愛は地球を救わない!」

「愛は日本も救わない!」

 正面から背後から、いずれ劣らぬ美少女が私を責めてくる。

「じゃあ何が日本を救うって言うんですか?」

 くい。見惚れるほどに細くて白い指が顎を掴み、

「桜里子」

 キスの角度でしゃくられた私へ彼女は告げるのです。

「あんたが救世主ママになりなさい」

「…………は?」

「桜里子が救世主ママになるんだよ!」

 えと、すいません。言ってる意味が分かりません。

 私、言葉にするのも躊躇われるような淫靡な仕打ちをされちゃうんですか?

 面妖な自主出版みたいに? 自費出版の薄い本みたいに?

「生きとし生けるものの頂点に立ち、新しい生命を産み続け増やしていけるもの」

「汝の名は女なり!」

 愛は地球を救わない。

 愛は日本を救わない。

 救いをもたらすものはただ一つ、

「母性よ!」

「大いなる母の愛だけが人を救うぞな!」

「何故、偶像崇拝を禁じたはずのキリスト教に聖母マリアが残ったの? 三位一体とかいうトンデモ解釈で無理矢理後づけした設定にも含まれてないのに?」

 可愛い子は笑ってないとダメなんです。

 だってこんな美形に凄まれたら肝が縮む。美しい人は威圧の表情も一級品です。蛇に睨まれた蛙とは美女に睨まれた私のこと。

「尊いからぞな!」

「父よりも母を尊く感じるのは人類普遍の本能よ!」

「万国共通の真理ぞ!」

「女は産む機械などではない!」

「女とは!」

「豊穣の女神足り得る優越存在(excelsior girls)なのよ!」

「エクセル! ガール!」

「母に! 母になりなさい桜里子!」

「えびるずすれいや! 希望の光よ!」

 ……拝啓母上様。桜里子は良かったんでしょうか?

 この人たちに与して良かったんでしょうか? 今更ながら不安になってきました。

 悪を憎んで悪を倒すのが善である保証は誰がしてくれるんでしょう?

 もしかしてそれは善ではなくて独善ではないのでしょうか?

 私、間違いだらけの友達選びしていませんか?

 というか友達の作り方とか教わった覚えがないです、親からも先生からも!

 誰に訊いたら正しいノウハウを伝授してもらえるんでしょう?

 失敗しながら試行錯誤すれば?

 いやいや、もうそんなレベルじゃないんですど!

 一線を越えた、引き返せないところまで来ちゃっている気がするんですけど?

「ひぎゃ!」「ふぎゃ!」「ぷぃぃぃぃぃぃ!」「ほご!」

 そう、その取り返しのつかないこと。

 思い出したように校長室で飛び交う変な悲鳴のラップは、笑い事では済まないワンオブゼム。

「ひぎゃ!」「ふぎゃ!」「ぷぃぃぃぃぃぃ!」「ほご!」

 奇妙な寝言のアンサンブルで話の腰を折ってくる。

 キノコ粉で卒倒した屋上生徒会は夢の中。とてもじゃないけど幸福感とは程遠い夢の中。

 あな恐ろしや謎キノコ。

「さすがアタゴヒャクインダケ、聞きしに勝る効能ね」

 名前だけ聞くと何かありがたい薬効でもありそうなキノコですけど?

「京都丹波産の希少キノコで、数十年に一度だけ大発生するの」

「それが学校の裏に群生してたんですか?」

「たまたま」

「たまたま????」

 俄には信じがたい話なんですが……確かにキノコ粉末を吸い込んだ子たち、こうなっています。身体をピクピクさせながら床でグロッキー。

「でも悠弐子さんこれ……本当にキノコだけなんですか?」

 革張りソファに横たわった学ラン少女とか、震えというより痙攣してますけど?

「もしかして、AED的な電気ショックとか加えちゃってます?」

 この目元をガッチリと覆ったヘッドマウントディスプレイから脳へビリビリビリ……

「馬鹿なの桜里子。茅場晶彦じゃないんだから」

「は?」

「頭にビリビリィとかヤバいでしょ、常識的に考えて」

「…………」

 開いた口が塞がらないとはこのことです。まさかあなたから【常識的】とか詰られるなんて。

 心外もいいところです!

 だって! だってだって!

 密閉した校長室で触るな危険のキノコ粉末を炊いて敵を眠らせ、あまつさえ首魁の女子高生には怪しげなヘッドマウントを被せた上に思想矯正攻撃とか加えてますけど?

 これ!

 これのどこに常識的な要素があるのか、と?

「あたしたち、悪の侵略行動を未然に防いだのよ?」

「ぞな?」

「だったら褒められこそすれ……ねぇ?」

「ぞなー」

 小憎らしいくらい悪びれた様子もなく頷きあう悠弐子さんとB子ちゃん。

「――いや、でも! でもこれ!」

 だってなんかもう考えるのも嫌になるくらい色んなアレやコレやに抵触してません?

「日曜朝の変身少女アニメを思い浮かべなさい、桜里子」

「は?」

「悪人に対して殴る蹴るの暴行を加えてるでしょ、どのシリーズの子も!」

「いや、まぁそれは……」

 一種のお約束ですし。

「殴ってるよね? 蹴ってるよね?」

「……はい」」

 お約束とはいえ間違ってはいない。悪い奴らには物理的制裁を加えてパパもママもニッコリです。

「あるいは幕末の動乱期だって!」

「はいぃ?」

「新撰組が池田屋で不逞浪士をメッタ斬りしていなかったら、京都は灰燼に帰していたのよ?」

「汝や知る 都は野辺の夕雲雀 ……ぞな!」

「だったれば!」

「れば!」

「赫奕たる大義の下では、ある程度の逸脱はお目溢しされて然るべきよ!」

「じゃこれも『ある程度』なんですね?」

 池田屋事件と同程度の「犠牲者」が床でピクピクしてますけど?

「勿論」

 目を疑うほどの即効性と持続性があるんですけど?

「それでも!」

 ある程度と言い張るんですね?

「ある程度よ……」

「目を泳がせないで下さい! 悠弐子さん!」

「アル程度ダモン」

「なんですかその棒読み!」

 芸能人の棒読みアフレコじゃないんですよ! 霞城中央のローレライの名が泣きま……

「退いた退いたぁー!」

 ちょっと目を離した隙にB子ちゃん、マイケルのムーンウォークよりも滑ってる感たっぷりのムーブで向かってきた!

「うわっ!」

「吸引力の変わらない、たった一つの自律型掃除マシン!」

 に乗って校長室内を暴走してます。ルンバ猫ならぬ、ルンバ美少女。知らぬ間に何台ものマシンが放たれて床の掃除を始めてます。倒れている学ラン戦士をマッピングしながら、清掃活動してます。

「B子ちゃん、それ人が乗れるんですか?」

「乗れる!」

 その顔は使用契約書に遵守してませんって開き直った顔ですね?

 手を入れてはいけないところまで手を加えまくった子の顔ですね?

「ついてこいよー ついてこいよー」

 ABCABCハァーンとでも言わんばかりにB子ちゃん、廊下へルンバサーフィン!

 放流された改造ルンバから一匹を取り上げ、私も彼女の後を追います!

「ついてこいってB子ちゃん、どこ行くつもりですか?」

 飼い馴らされた羊の群れというかサバンナを往くのヌーの大群というか、B子ちゃんを自動追尾し始める私のルンバ。どういうAIなんですか? というかAIも書き換えちゃった?

「ヒーローの! 嗜みぞな!」

「嗜み?」

 な、なにを言ってるの、この子は?

 また何ぞよく分からない美少女語なの?

「美しきフィナーレがヒーローには必要なんだぞな!」

「あのB子ちゃん、もっとちょっと分かりやすく噛み砕いて…………ひぃぃぃぃぃ!」

 人の生理など無視して廊下を直角に曲がっていくルンバちゃん!

 佐渡のたらい舟ポジションで必死にしがみつく!

 男の子がいなくて良かった! とてもじゃないけどスカートで乗れるビークルじゃないです!


「とうーちゃぁーく!」

 魔改造ルンバ、私たちを馴染みのない校舎前へと連れてきた。そりゃそうです、だってここは部室棟ですから。全てがブランニューの霞城中央でも、未だ手垢のついていない処女棟です。

 正式な創部認可も部屋割りも為されていないんですから、当然蛻の殻のはず……

「へや!」

 ばっこーん!

 バースデイブラックチャイルド嬢の問答無用キックで白日の下に晒される、

「これが屋上生徒会(奴ら)の悪行ぞ!」

 部室棟最奥の部屋に据えられていた大型犬用のケージには、犬ではなく人間が入れられていた。

「!!!!」

 アイマスクに猿轡、手足の自由も奪われた男子が窮屈な檻の中に!

(酷い!)

 これじゃ水や食事を摂るどころか、排泄だってできませんよ!

 人として生きる最低限度以下というか有岡城の土牢へ幽閉された黒田官兵衛の方がマシです。

(よくもこんなことを屋上生徒会! 血も涙も人権もないじゃないですか!)

 「平和とか 言ってるくせに 火炎瓶」の標語通りの悪行三昧です! 美辞麗句を叫びながら、裏では非人道行為も厭わないとは!  どんだけ面の皮が厚かったら、こんなに露骨なダブルスタンダードを駆使できるのか、私には理解不能です!

「錠を放て!」

 振り返れば奴がいる。

 バスティーユを解放するオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェの勇ましさで。

 彩波悠弐子がそこにいる。

 でも、引き連れていたのはフランス衛兵隊ではなかった。

 彼女らは悪名高き女子挺身隊、屋上生徒会の意を受けて教室棟の封鎖を担った実行部隊です。

 二の腕に着けた腕章で一目瞭然。土曜【洗礼】を受けるまでは普通の女子高生だったのに……率先して屋上生徒会の蜂起に従った、特に深刻なマインドコントロール下にある子たちじゃないですか!

 そんな子たちをこんな所へ連れてきてしまったら!

「何のつもりですか……悠弐子さん!」

 男は穢れ! と刷り込まれた子たちの前へ衰弱しきった男子を晒すとか!

「悠弐子さん!」

 この人数が暴徒化しちゃったらマズいですよ!

 精鋭とはいえ少数だった屋上生徒会とはワケが違いますよ! 優に一クラス分以上!

「男……」

 彼女たちの目を見て下さい! 格好の贄を前にヘイトフルな感情がグツグツ煮立ってます!

 色がヤバいです、理性の色をしてません!

「男……」「男……」「男……」「男……」「男……」「男……」「男……」「男……」「男……」

 今にも罵声と暴力の箍が外れてしまいそうな不穏な空気が漂い……世紀末救世主伝説やマッドマックス並みのバイオレンスを感じますよ! 吉原炎上事件で逆上したパーリーピーポーさんたちより!

「悠弐子さん!」

 このままじゃ邪悪な集団心理の餌食にされちゃいます! 彼が嬲り殺しにされかねない!

「…………」

 それでも彼女は厳しい顔のまま微動だにせず。噴火寸前の同級生たちを背に仁王立ち。

「悠弐子さん!」

 彼は見殺しなんですか?

 憎しみの必然として遺されるグロテスク、それを自覚させるための生贄スケープゴートなの?

「…………」

 いえ。

 違ってました。

 悠弐子さんの目論見は私の想像を越えてました。

 ――「待て」と。

 ヒーローの見せ場はここからだ、と人差し指をチッチッチ。ダンディな微笑まで浮かべながら。

 ガルルガルガル捕食獣の嘶きも受け流し、暴発寸前の彼女らへ向き直る。

(な、何をおっ始める気ですか?)

 B子ちゃんが言ってた「嗜み」なるものを披露しようって腹ですか?

 なに? なんですヒーローの嗜みって?

 すぅ……

 思い切り息を吸い込んで悠弐子さん、自慢の美声も準備万端。

 満を持して牙を剥く、人心惑わす美少女アジテーターが牙を剥く、

「――――――――ジュンジ!」

 予定だったんでしょう、おそらく。

「……は?」

 ところが、実際は遮られてしまいました。無粋な闖入者によって彩波悠弐子劇場の幕は。

「ジュンジー!」

 一触即発を切り裂いた声。私もよーく知っている、あの子の声。

「望都子ちゃん????」

 私たちへ危機を訴える電話の途中で「消された」彼女、かなりの確率で屋上生徒会の手に掛かったんじゃないかと推測していたんですが…………まさか女子挺身隊に加わってたなんて!

 やはりあの洗脳儀式は只事じゃなかった。被害者であるはずの望都子ちゃんまで転向させるとか!

「心配したんだから……」

「……望都子?」

 あ?

 アイマスクと猿轡を取り去れば、囚われの王子は望都子ちゃんの彼氏さんじゃないですか?

 ちょっと考えれば分かりそうなものを、すっかり失念しておりました。

(That's the power of love……)

 なのに望都子ちゃん、人相が隠された状態でも愛しい彼氏と気づいたんです。

 愛の力ですね……

 虐げられた彼氏を見つけるなり望都子ちゃん、一目散で駆け寄りました。忠誠の証である赤い腕章も破り捨て、衰弱した彼を抱き留めます。

 なんて美しい光景……愛が邪悪な思想強制を跳ね除けた!

 ベキ!

「は?」

 只ならぬ破砕音に振り返れば、暴発した感情が手にした旗を叩き折っています!

 【男子排斥!】【男女別学化は生徒の総意!】とかアピールする旗をボキボキと!

 ヤバいです悠弐子さん! 更に火に油を注いでます! 余計、事態が悪化……

「何よ! 何なのよあんたたちは!」

(…………あれ?)

「抜け駆けズルい!」

(感情の圧は変わらないけど……そこへ込められた【念】の質がガラッと変わっていませんか?)

「入学したばっかで見せつけてんじゃないわよ!」

「悔しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 弁士悠弐子さんを素通りして牢屋のカップルへ飛んでく――嫉妬の矢が雨霰。

 熱く抱擁を交わす校内唯一のカップルに対して、糾弾のマシンガン。

「望都子……」

「ジュンジ……」

 望都子ちゃんが愛しい彼の胸で頬を染めれば、

「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」

 濁った瞳に光が灯る。歪んだ狂躁の澱みから邪の気配が消えてくじゃないですか!

 みるみる憑き物が落ちていきますよ!

 潤んだ瞳でやるせない溜息を漏らしてます。唇を噛んで地団駄踏んでます。袖の赤い腕章をかなぐり捨て、さながら長州力並みのストンピングを踏んでいます。

(普通!)

 戻りました! みんな普通の子へ!

 イデオロギーに汚染された工作員から、普通の女子高生へグレートカンバック!

「やりましたね悠弐子さん!」

 これぞ浄化です、確かにヒーローの持ち分です!

 優しさに包まれたなら、失くしたはずのヒューマニティも元通り! 愛を取り戻せ! です!

「ちっ」

 なのにどうして素行不良のスノーボーダーみたいな舌打ちしてるんですか?

 私たち成し遂げたんですよ? ドス黒い洗脳に染まりかけてた子たちを救出したんですよ?

「浄化の儀式は失敗よ!」

「甘いぞな!」

「そうですか?」

 もはや誰も【男子を排斥してしまえ!】とか目を三角にしていません。誰一人とて【男は穢れ!】とかヒステリックに叫んでませんよ? マトモな女子高生に戻ってます。

 まだ何かお気に召さないことが残ってますますか? 正義の執行者ガールズソルジャー的に?

「急場のイデオロギー除染だけじゃ中途半端ぞな!」

「あらゆる【洗脳】、こびりついた乙女の垢を、根こそぎ削ぎ落とすチャンスだったのに!」

「……乙女の垢?」

「ロマンティックラブイデオロギーよ!」

 ほ、本気だったんですか? あれって本気だったんですか?

 今の今までずっと冗談だと思っていたのに!

 人を煙に巻くレトリックではなく、額面通りの行動目標だったんですか?

 唯一無二のキャラクターを演出するための舞台上の方便でもなく?

「ロマンティックラブイデオロギーを殺せ!」

「殺せー!」

 人の恋路を邪魔する奴は、ルンバに乗ってやってくる。

 持たざる者が持てる者を殺してでも奪い去りたい、その感情を嫉妬と呼ぶのなら、嫉妬から最も遠いとこにいるのが彩波悠弐子とバースデイブラックチャイルドです。

 嫉妬とは無縁の美を備えるからこそ、世界を否定し、焦がれもしない。

 そんな恋愛ゲシュタポどもは、嫉妬に嫉妬する。

 そういうことらしいですよ二人の不機嫌は。

「ロマンティックもラブも幻想よ! 愛と幻想のフェミニズム! 邪悪な外来思想なの!」

「性教分離せよ!」

 女子挺身隊を一網打尽、根底から偏向思想を覆してやる。

 そんな目論見を抱いていた女子高生アジテーターの算段は、ロマンティックラブ・イデオロギーという強固な共有概念から手柄を横取りされてしまいました。

 (悠弐子さん曰く)日本を混沌へ導く悪のイデオロギーだったはずが、逆に過激な急進思想を是正する秩序回復装置になってしまうとか。

(なんとも皮肉な……)

 そりゃ少女戦士ガールズソルジャーには忸怩たる思いでしょう。竜頭蛇尾の極みですよ。最後の最後で画竜点睛を欠くとか、ヒーローに有るまじき痛恨事ですよ。

「あんたたちには本物の浄化が要るのよ!」

 戸惑う(元)女子挺身隊たちに向かって吼える、悠弐子さんとB子ちゃん。

「ぞな!」

 だけど収まるべき所に収まっちゃったなら、世界は均衡して動きません。そんなこと彼女たちのIQなら承知済みのはず。

「目を覚ませ女子高生!」

 それでも抗い続けるノートリアス・プリティ&キュート。

 彼女らの心象を推し量れるとしたら、イカロスかドンキホーテくらいでしょうか?

「ロマンティック・ラブイデオロギーを殺せー!」

 凡人には!

 私みたいな凡人には全く以て理解などできかねます!

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