女子高生が求める気密性って何ですか? - 4
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「……………………はっ!」
トンでいた意識が戻ってきた。
「何事!?!?」
確か私は校長室で――――フェミニーナ南高(同志)と共に【霞城中央 浄化作戦】の最終段階に在ったはず?
あと少しで我々の悲願が確定されたのに……
予定外の邪魔が入ったところで、所詮は多勢に無勢。問題なく鎮圧できた……はず。
はずなのに。
どうして私は意識を失ってしまったの?
気絶するほどの打撃を受けた覚えもないまま、意識が途切れるなんてことがある?
催眠術的な暗示、怪しげな術を知らぬ間に仕掛けられた?
いや、そんな素振りは覗えなかった。
人の意識へ楔を打ち込むには用意周到な環境が要る。現実という大地から切り離し、遥か無重力状態まで意識を放り投げなければ、暗示の浸透など覚束ない。
それほどに「現実」という基準点は確固で、常識という判断装置が頑なに効き続ける。
そのための【決起集会】だった。あの舞台を構築するのに、どれだけの下準備が必要だったか。私自身が最も理解している。
だからこそ、あんな陳腐な乱入劇に騙されない。
まるで場末のヒーローショウ。特撮マニアの自己満みたいな体で。
あんなのが催眠術として機能するなら、各地の遊園地は週末ごとに阿鼻叫喚でしょう?
「平塚? 鹿嶋?」
破廉恥極まる校長を陥落寸前まで追い詰めた栄光の処女騎士(バージン☆ナイツ)たちは?
彼女たちなら小手先の目眩ましなどには決して動じないはず?
ブルッ!
「寒!」
それに頭痛が酷い。ハンマーがあれば自分の頭遺骨を叩き割りたいほどの痛み。
これは【敵】の攻撃?
何らかの毒が体を蝕んでいる?
「くっ!」
痛む関節を堪えながら立ち上がろうとしても……膝から崩れ落ちる。
身体がいうことを利かなくなってる。自分が思うよりずっと、平衡感覚が抜け落ち、当たり前のことが当たり前にできなくなっている!
明らかに変調を来してる。
どうして? さっきまで私は快調そのもの、バランスボール並みの花瓶ですら持てたのに。
何が原因でここまでおかしくなってるの?
「……まさか!」
この白煙は放射性プルーム? 自爆覚悟のダーティボムアタック?
『なわけあるかい』
五里霧中の先から届く女の声。
険しき稜線の向こう側から届くようにも、すぐ耳元で囁かれているようにも聴こえる声。
ナチュラルなリバーヴとコーラスが掛かったみたいな、不思議な声。
それでいて一音一音、粒だった音色をしていて、ある種の神々しさすら感じられる……
神の…………声?
(いやいやいや! そんなのあり得ない!)
こんなのはマヤカシよ!
何らかのデジタルエフェクトで作り上げた、「神様っぽい」マヤカシ!
「こんな怪しげな体調不良は放射能のせいに決まってる!」
凡人なら騙せても我らフェミニーナ南高には通用しないわ!
「放射能は悪魔エネルギーよ! 穢れの大元である絶対悪なの!」
姿なき声の主へ反論を叫んでみれば、
『穢れ信仰とか平安貴族も真っ青のアナクロニズムね。臍で茶が沸いちゃうわ』
『千利休も茶釜を爆散させるレベルぞな』
『世界はこんなにも放射線で溢れてるのに』
『汝ら降り注ぐ宇宙線を遮断してくれる大気様を拝んだほうがいい。あるいは磁気圏を生み出す鉄の流体コアを御本尊にしろぞな。名付けて「核教」でいいぞな』
『だいたいあんたらの理論なら科学的根拠もなく鼻血ブーでしょ鼻血ブー』
「あ……」
言われてみれば……体調不良のオンパレードなのに鼻汁は透明。
「ならなんなの?」
『汝、己が胸に手を当て顧みよ』
思い出せ? ……何を?
『頭痛、目眩、悪寒、鼻炎、関節痛、喉の違和感……』
私が経験したことのあるバッドコンディションだと言いたいの?
なんだ? 体験済みの体調不良……
『複合的に体を蝕み、健康を阻害する』
もしかして……
「風邪?」
自力歩行も覚束なくなるほどの重篤な?
『たかが風邪と侮るなかれ。熱と免疫の低下は想定以上の機能不全を招く』
これは本当に風邪? ここまで何もできないなんて!
「誰か! 誰か!」
って叫びたいのに喉が掠れて声にならない。
無知蒙昧の衆愚を導いてきた自慢の喉が! ゼーゼー喘鳴を響かせるだけで屁の役にも立たない!
「鳥居さん? 鳥居さん?」
スウゥゥッ……
「!!!!」
まさか喘鳴が吹き飛ばしたわけでもあるまいに。謎の霧は消え去り、私の現況が詳らかとなる。
一寸先も覗えなかった濃いガスが、みるみるうちに霧散していく。
「……!!」
周りは精密装置の森。林立する医療機器群に私は埋もれている。世界屈指のスカイスクレイパーを真下から見上げるような構図、無機質な装置に囲まれて。
「鳥居さん? 鳥居さん?」
私を呼ぶ声の主、鹿嶋でも平塚でもなく、白衣を着込んだ女医だった。
「鳥居さん? 鳥居さん?」
ベッドサイドから体を揺さぶりながら、彼女は私を呼ぶ。難しい顔で私へ呼びかける。
「残念ですが…………ご臨終です」
(待ちなさいよ! まだ死んどらんわ!)
「……鳥居ミサ死亡、っと」
とか呟きながら事務的に死亡診断書にサインしてるし!
私の身体が利かないからって、いい加減な診断しないでよ!
(殺すぞ! ヤブ医者!)
だけど届かない。いくら怒り沸騰しようとも、熱が表現手段を奪い、最低限の意思疎通もままならないのだ。
「看護婦くん、御家族への連絡を」
「連絡してよろしいんですか?」
反対側のベッドサイドには髪ナース、小首を傾げて女医へと尋ね返す。
「普通するでしょ死んじゃったんだから?」
「でもこの患者さん、生前、仰ってよ先生?」
「なんと?」
「『大人の干渉は余計なお世話』」
「ほう」
「『自分たちだけで何でもできる、大人の力は借りない』」
「ふむふむ」
「下手に親切心でも起こそうものなら偽善者の汚名を着せられます」
「恩を仇で返す系女子ですか」
「堪ったもんじゃありません先生。訴訟リスクは可能な限り回避するのが現代の医療者従事者です」
「確かに」
ウンウンと頷きあう女医とナース。そんな悠長に会話してる暇があったら私を治療しなさいよ!
私は死んでない! 死んでないんだから!
「ならば故人の遺志の通りに」
「ですね先生」
「ご家族には……そうですね『来なくていい、むしろ来るな』とでも」
「はい」
「『年上の人間は生きているだけで大迷惑なので、早く墓へ入れ』とかね」
やめて! 何を打っているの?
私には親が必要なの! そんな拒絶は望んでいないのに!
ナースがフリックするスマホを奪い取るべく、残る生命力を振り絞って身体を起こそうとした。
したのだけれど、
「あ」
ツー。
そしたら胸の奥で息も絶え絶えの鼓動が……突然の限界で、事切れた。
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再び途切れた意識のストリーム――
ウイルスに機能を阻害された感覚器、それらが一気に正常へ立ち戻れば、
「ひっ!」
肝心なものが無いじゃないの!
「!!!!」
それは親の愛でも、健康な肉体でもなく――――重力と釣り合う私の所在地。
「!!!!」
文字通りの―― ク リ フ ハ ン ギ ン グ !
「!!!!」
今度は声が出ないんじゃない……出せないの!
縮み上がったのは肝のみに非ず、横隔膜も声帯も全てが恐怖で固化してる!
掴んだ枝を離せば、私は一気に数十メートルを落下。水面でもヘタな落ち方をすれば死を招く、骨折程度で済むならラッキーと思える高さだ!
そしてその「着水点」は更に不都合な事実を私に突きつける!
ザバァァァァァァァァァッ!
天頂の太陽が川面へと落とした影。その影が『 食われた 』!
「ひっ!」
作り物ではないのに作り物に見えてしまうのは、大きすぎるから。
巨大生物は認識を歪ませる。
剥き出しの牙が樹脂製に見えたとしても、鱗板が人造の皮革に見えたとしても、それはつまり正常化バイアス。野生動物の臨機応変な動きを再現する域まで、まだ人類は辿り着いていない。
「……!」
川面へ落ちた影にさえ牙を剥く、捕食獣のバイタリティ。
「!!!!」
いや、もしかしたら歓喜のダンス? ほどなく落ちる果実を、今か今かと待ち受ける喜びの舞い?
しかも何頭も折り重なって、上顎と下顎のシザースをバクバクとデモンストレーション!
嫌だ!
あんな所へ落ちたら絶対助からない! 助からないどころか最悪の死を迎える!
野生動物に残酷性の謗りなど通用するものか。獲物の意識があろうがなかろうが、捕食者は素っ気なく食欲を満たすものだ。
「「捕まって!」」
絶望の耐久戦を覆す救いの手が!
「君!」
「ミサ!」
しかも同時に二つ! 右から見知らぬ男、左から平塚の手が差し伸べられた!
両方掴めれば最高だけど、間隔が広すぎて、どちらか一方しか縋れない――排他の位置。
「早くしろ!」
私が掴む枝は強度の限界を迎えようとしている。危機的状況は火を見るより明らか。
(どっち? どっちに?)
右は屈強な男、左は平塚、私と大して変わらない体格と筋力の女子高生だ。
「ミサ!」
彼女は私を引き上げられるだろうか? 信頼に足るのは間違いなく左だとしても、女子高生の筋力で自分の体重分をも引き寄せる馬力が出せる?
「君!」
右は大柄でガッシリとした骨格の男性、太い首周りは馬車馬の逞しさ。
「「早く!」」
(どうする? どうしたら?)
「「早く!」」
メキメキメキメキメキ! 破砕の絶望ファンファーレが最高潮を迎える寸前、
「……!」
咄嗟に飛びついた! 白く美しい女子高生の手に!
「くぁぁぁぁぁっ!」
ゾッとした。
だって悲鳴を上げているの! 筋肉や腱や骨が限界を訴えてくる! か細い腕からの絶叫が握った指を通して伝わってくる!
「頑張って平塚!」
まるで末期ガン患者に「早く良くなれ」と言っているようなものだ。不幸な結末を知りながらの励ましほど、偽善と絶望で黒く染まったものはない。脳内お花畑の言霊教信者すら裸足で逃げ出すほどの確定的不幸!
「どうしてそっち! こっちだろ常識的に考えて!」
「うるさい!」
頭を抱え嘆く男へ絶叫する。
「汚らわしい! 男なんて全員汚物よ!」
駄々っ子に困り果てる親の顔なんてしても無駄よ!
どいつもこいつも女を馬鹿にしてる奴ばっかりなのよ、男なんて! 端っから見下して、最後は腕力で言うことをきかせようとする野蛮人ばっかり!
嫌い! 嫌い! 大嫌い! 誰が男の手など借りるものか!
男に阿るくらいなら死んだほうがマシ……………………あっ、
「!!!!」
握力の限界は唐突に訪れた。
意地や主義主張などでは覆せない、筋肉の限界。離すまいと念じても離れてしまう、手と手。
「鳥居ぃいぃぃぃぃいぃぃいぃー!」
加速度つけて遠のいてく平塚(我が同志)。
哀れ私は悔恨の果実。堕ちて彼らの糧となる。
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「力が、力が欲しい……」
汚らわしい手を借りずとも生きていけるだけの力が欲しい。
それが私の切望。弱々しい過去の自分へ、復讐を遂げるには力が要る。
強き力よ。どんな束縛や干渉をも跳ね除けられる。
「はっ!」
この世のものとは思えない巨大水棲爬虫類から、奪い合うように身体が引き千切られていく……そんな残酷を覚悟していたのに。
「え????」
五体満足で私は在る。居る。侍っていまそかっている。
「えっ? えっ? えっ?」
というか、なんだこの環境は????
人食いワニの川縁で足掻いたはずじゃないの? つい今の今まで?
崩れそうな断崖で究極の選択を迫られていたはずなのに。
気がつけば精密機器に囲まれてる。文明の粋を集めた集積回路が上上下下左右左右BAと敷き詰められた球体空間? ICUに寝転がされた時も相当サイエンスフィクションな光景だったけど、レベルが違ってる。足元から天頂までグルリと見渡せる曲面のモニタとか。
「でも、それよりも……」
根本から違っている。
これは生き残るためのシステム。抵抗する他者を踏み潰してでも己が生き残るための威力装置。
死にゆく者へ、せめてもの手向けとして誂えられた部屋などではない。
ピピピピピピピ!
「!!!!」
アラート!
天頂に赤文字が明滅、耳を劈く警告音!
本能が頭を守り、亀の姿勢を指向すれば!
メキメキメキメキ!
全天モニタが大きく傾き、同調して私の平衡感覚も揺さぶられる!
ズォォォォォォォォム!
壁越しに聞こえる重厚な着弾音。すぐ傍に何かが落ちた?
ザザッ!
ノイズに覆われたモニタが一拍置いて回復すれば……
「!!!!」
薙ぎ倒された街路樹、原形を留めぬ乗用車に、瓦礫と成り果てたビル。濛々と立ち込める煙。
(何? 何なの?)
ピピピピピピピピピピピピ!
間髪を入れず警告! またも天頂方向!
「!!!!」
何か――突き立てられる!
亀の甲羅を突き破って、柔らかい腸を抉りに来る!
(ヤバい! 死ぬ!)
鋭利な何かを取り返しのつかない場所へ撃ち込まれて――『私』は死ぬ!
正確には、私ではない何か、私が匿われている何かがバラバラに壊れ、最悪誘爆に巻き込まれて消し炭になってしまうかもしれない。
いや、圧死だろうが焼死だろうがショック死だろうが大差はない。
そんな自覚のない生の途絶なんて選んだ覚えはないのに! そんな死に方!
こんな目に遭うくらいならICUのベッドの方がマシだった!
戻して! あそこまで戻して頂戴!
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!
ビャースビャースビャースビャースビャースビャースビャースビャースビャース!
今まで聴いた中でも最悪のアンサンブル!
けたたましい警告音の狂躁曲が最高潮を迎えると、
「!!!!」
凄まじい閃光が私を包む!
ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!
そして全天モニタを覆い尽くす砂嵐。
こんなつまらない景色が人生最後の光景なんて、勘弁してもらいたい!
……とか呪詛の言葉を吐けるのは意識が「ある」からだ。
「え?」
甲羅は頑丈だった。地下壕を抉り壊す悪魔の兵器にすら耐えてしまった。
殻も無事なら中身も無事だ。
タンパク質を炭化させる熱も、人間跳弾としてコクピットを朱色スムージーで満たす衝撃も、伝わってこない。どんなカラクリか知らないけど、意識もハッキリと保てたままで私は居た。
「……………え?」
発狂する砂嵐のモニタ、何事もなかったかのように再起動。
「……えっ?」
めり込んだのかと思った。土の中へ「殻」ごと埋め込めれたのかと。
だって全天モニタは埋め尽くされていたから、土の色で。大小色んな大きさの石が敷き詰められていたから。あんなエグい責め具を落とされたんだから。
…………ペリッ。
でもそれは正しい把握ではなかった。
カラッ、カラカラッ……
剥がれてく。モニタを覆い尽くした土塊が一つ、また一つと重力に導かれ。
私は生きたまま土中へ埋葬された可哀想な私じゃなかった。強制的な圧力に押さえつけられ、理不尽にも自由を奪われてしまった私じゃなかった!
「あ……」
スクリーンを埋め尽くしていたのは瓦礫のパッチワーク。
破壊行為で生じた砂礫と破砕片が寄せ集められた、暴力的なアートワークだった。
ガラガラガラガラガラガラ……
正直全く分からない。どんな絡繰りで自分が助かったのか。
大概の構造物を完膚なきまで粉々にする破壊兵器を浴びても、私は健在。それが夢物語ではないことは周囲を見渡せば分かる。市街は骸骨だ。柔らかい部分が猛々しい勢いで毟り取られ、骨組みしか残っていないではないか。これは猛威、何らかの猛威が荒れ狂わなければこんな有り様にはならない。
そんな猛威を私は耐え抜いたのだ。
いや、正確に言うなら「殻」、私を包む脅威の「殻」が暴力的な干渉を耐え抜いたのだ。
内に包まれた私へ指一本触れさせず、「殻」は猛威を跳ね除けた。
それでも半信半疑のまま、蹲っていた姿勢から立ち上がってみれば、
「……!」
バラバラバラバラバラ……
全天スクリーンへ「張りついていた」破片は一気に崩れ去った。
「卵…………」
私は見た。人の子には終ぞ体験できぬ、孵化の光景を。
私は見た。祝福されし誕生の瞬間を。
Hello World。私、大地に立つ。
「わ……わはははははははははははははは!!!!!」
――産まれた!
私は産まれたぞ!
新たなる「生」として、何者をも寄せつけぬ御意見無用の自我として!
「私TUEEEEEEEEEEE!!!!」
力よ! 力さえあれば何者にも阿る必要はない! 癪に障るゴミどもは踏み潰してやればいい!
足底でプチン! プッチンパポペ、エブリハディプリンプリン!
ぷち、ぷち、ぷちぷちぷちぷちぷちちちちちちちちちちちちちちち……
「あははははははははは!!!!!」
私たちの意に沿わぬ都庁も! 国会議事堂も! 防衛省も!
「粉砕! 粉砕! 跡形なきまでに!」
破壊の限り尽くし、その後で、
「瓦礫に花を咲かせましょ!」
理想郷を生むのです。これが究極のクラッシュアンドビルド、万人理解の分かりやすさ!
「排除! 排除! 粛清! 粛清! 粉砕! 粉砕! 排除粛清粉砕砕! 排除粛清粉砕砕!」
嫌な奴らは除け者にして 作り上げましょ理想の都!
新たな名を与えましょう生まれ変わった都市に。
差し詰めトリイグラードとでも。百五十年ぶりに名を変えるのよ、この都市は。
鎌のMIYAKO 槌のMIYAKO 赤のパラダイスよ 華の東京ォー!
「あはははははははは! あははははは…………あ?」
止んだ?
残飯を漁る蝿の如き戦闘機や、ダニの鬱陶しさでチクチク刺してくる装甲車も退いてしまってる。死に物狂いの狂騒が……いつの間にかチルアウトしているじゃない?
「なに? もう降参?」
抵抗など無力と悟った?
賢明ね。額を地に擦りつけて恭順を表すなら、汲んでやらんこともないけど?
キュラキュラキュラ……
一切の攻撃行動が止んでしまった戦場で、一両だけ響く無限軌道。開放した上部ハッチから半身を晒して単身突出、馬鹿が戦車でやってくる。
「降伏宣言でもするつもり?」
『鳥居ミサ!』
(あの女!)
見覚えがある!
あれは私の死を宣告したヤブ医者! というか校長室へ乱入してきたコスプレイヤー!
また私のことを邪魔する気?
「……あんたなんかね……」
今の私は無敵の私、いけ好かない女など赤子の手を捻るより簡単に潰せるぞ!
「今更ァァァ!」
両手をついて謝ったって許してあげない!
『鳥居ミサ…………いや、トリイジラ!』
軍服の生意気女はそう叫んだ。
「えっ?」
するとその瞬間、私と彼女を遮るものが ―― 全 て 消 え 去 っ た 。
感応するニュータイプとニュータイプの全裸空間……よりももっと、ドラスティックな消え方。
有り体に言えば失くなったのだ。私を包んでいたはずの「殻」が見当たらない。
どういうこと? どういうことよ?
私は全天モニタのスフィア式コクピットに座っていたはず? 今の今まで最新兵器をも跳ね除けるスーパーパワーを「操縦」していたはずなのに? 貫通爆弾の直撃すらも耐える「盾」を纏ったのに!
なのに気がつけば――――私と彼女を遮る壁も鎧もありはしない。
唇と唇は同じ空気に触れてる。
瞳と瞳は同じ光を受けている。
私は――剥き出しだ!
「……!!!!」
しかも『手』が!
モニタ越しに操っていたのは特殊合金マニピュレーター、複雑な人体の動きを精巧なアクチュエーターで再現するワンオフの機体――――だったはず。黒光りする鋼の手を。
なのに、今は!
「ひっ!」
有機的な……それも人類のスタンダードからは大きく逸れてしまった種のサーフェス!
肌、と呼ぶのも憚られる、むしろ鱗とでも呼んだ方が的確な。
これは――怪獣だ。機械ではなく怪獣の手!
いつの間にか私は巨大な怪獣に変わり果てていた。
現行兵器を過去にする、兵器体系そのものを激変させる革命的な兵器を操ってたはずなのに! それを操って悪の米帝や憲法違反の自衛隊を蹂躙していたはずなのに!
私が? 私自身が 怪 獣 に な っ て ?
まさか? まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか!?!?!?!?!?
こんなのあり得ない! 嘘に決まってる!
『あんたにとって平和とは何よ? トリイジラ?』
「…………!」
『これがあんたの実現したかった平和?』
眼下には見渡す限りの焼け野原。栄華を誇った首都東京は灰燼に帰した。
ピンポイントな悪の選別など口先ばかりで、何もかにも一緒くたに破壊の限りを尽くした跡。
「……私のせい?」
そんなの信じられない! 何かの間違いよ!
『平和平和と叫び散らかす輩に限って並外れた攻撃衝動を持て余してる!』
『――去勢すべきは我に在り!』
パカッ! と別のハッチを開いて美少女モグラがこんにちは。
『革命家など化けの皮一枚剥がせばこんなもん』
『なんのことはない、親の教育が失敗してるぞな』
『癇癪の発散法を教えてもらえなかった哀れな子供、その成れの果てよあんたは!』
青少女の主張をアンサンブル@バトルフィールド闘強導夢。
『我慢を覚えることが大人になるってことじゃないぞな!』
『正しい発散法を覚えることよ!』
『分かんないなら、せがた三四郎に訊け!』
『ゾンビに返り血浴びてこそ、架空世界で通行人を轢き殺すことでこそ』
『識れることがある!』
いつ放射能火炎を吐かれてしまうのかヒヤヒヤしながら、私もハッチから頭を出してみると、
「攻撃性は太古の昔から連綿と仕込まれてるの、ヒトのDNAに」
怪獣何するものぞ、と胸を張る悠弐子さん。
「人は嫌でも飼い慣らしていかなきゃならないのよ桜里子――己の内に棲む猛獣をね」
靡く黒髪は英傑の証。無骨な草色の服に白き肌が輝く。
「生きている限り、死ぬまで人は!」
運転席直上のハッチからB子ちゃんも呼応する。
「制御棒を突っ込めば大人しくなる原子炉なんかに比べても、メチャクチャ難易度高いわ」
「それを理性で簡単に馴致できると思っているのなら」
「――なら!」
「浅はか、尊大、横柄、不遜――――舐めきってる、人間というものを!」
ガッ!
ミニスカ軍服をものともせず、ハッチを踏み越えていく少女コマンドー。
「だからあたしは斬る! 舐め腐ったその人間観を斬る!」
砲塔上に生身を晒す彼女、手にした刀を掲げ、
「偏執狂の去勢主義者をたたっ斬る!」
跳んだ!
いや、跳んだというより飛んだ!
装甲車のサスペンションを底まで目一杯! 時価数十億のロイター板を踏み台にしてテイクオフ!
てか飛び過ぎです!
親指姫スケールでいうところのバッタくらい飛んでいます!
なんですか? バグズ手術でも受けた人ですかあなたは?
妖しく艶めくブラックウイングをはためかせながら、悠弐子さんは怪獣を斬った!




