女子高生が求める気密性って何ですか? - 2
コーホーコーホー……
どういう絵面ですか、コレ?
コーホーコーホー……フシュフシュ……コーホー……
不法占拠した調理実習室でフルフェイス状態のメットを被った女子高生が三人。
コーホーコーホーいいながら、ピンポン球ほどのカサカサした白い物体を握り潰す会。
グシャッ。ペシャッ。シャラシャラシャラ……
女の子の握力にすら耐えられない【そいつ】は、一撃で粉々になっていく。
グシャッ。ペシャッ。シャラシャラシャラ……
なんかもう、やってるうちに心がなくなるというか、無我の境地に達するというか。
グシャッ。ペシャッ。シャラシャラシャラ……
「せめてメットは脱ぎません?」
息苦しいったらありゃしない。わざわざレギュレーターで酸素を供給しなくとも、ヘルメットを脱げば普通に呼吸できるじゃないですか?
「ダメよ! 桜里子!」
「それを脱ぐなんてとんでもないぞな!」
うなじ側のシャッター解除ボタンを押そうとした指を、左右から留められる。
「脱いだらヤバいわよ?」
「デロデロデロデロデーデンぞな?」
「そんなにヤバいんですか?」
「ヤバい」
「超ヤバ」
ピ。
「……警察ですか? 秘密裏にヤバい粉を精製してる女子高生が……」
ピ。
「桜里子……ダメそういうオイタは。迷惑でしょお巡りさん」
「イタ電イクナイ」
目にも留まらぬ反応速度で私の携帯を奪い取り、通報を遮る容疑者AとB。
「じゃ、いいんですか? 迂闊な呼吸も憚られる白い粉は?」
「落ち着きなさい桜里子。あなた疲れてるのよモルダー」
「お前ここ初めてか? 力抜けよ」
ガチムチ兄貴並みの包容力で誤魔化そうとしてもダメですよ? B子ちゃん?
「ダメなものはダメですから!」
法に触れるものなら山田、容赦しません! 犯罪に加担させられるなんて真っ平御免です!
「ばか桜里子」
コツーン。悠弐子さん優しくメットとメットをごっつんこ。
「粉の元はコレ」
調理実習室に備えつけられた冷蔵庫、実際に市中の業務用で使われる、ステンレス色のゴツい奴。
そこから悠弐子さんが取り出したのは、
「これって……」
男の子たちが山を駆けずり回って集めた希少キノコじゃないですか?
乾燥を防ぐ密封袋に入ったソレ、見覚えがあります。あのドギツい柑橘系色したキノコです。
「これと、これで、ビフォーアンドアフター」
素のまま冷蔵庫に放り込まれたものは傘がすっかり萎んでしまい、石膏レプリカみたいな色して。
「乾燥させると色も抜けちゃう」
「じゃ?」
私たちが作っているのは、キノコ粉?
「それのどこが危ないんですか?」
「え、ええとホラ…………粉塵爆発とかあるじゃない?」
「中二病患者が大好きな…………ぼかーんってね、ぼかーんって……あぶないよね、うん」
顔を背けましたね? 嘘を言っていますね? 何か私に隠しごとしてますね?
ヘルメットのバイザー越しでも伝わってきますよ、誤魔化そうとしてるの!
霞一中 恋愛ラボで培った人間観察眼を舐めないで下さい!
「悠弐子さん! B子ちゃん!」
粉塵爆発なんて普通は起こんないですよ、よっぽど環境が整わないと!
閉所とはいえ普通の教室よりも広い調理実習室ですよ?
こんなとこで粉塵爆発起こそうと思ったら小麦粉を何十キロ撒かなきゃいけないんですか?
「桜里子!」
カツーン!
今度は少しだけ仰け反る勢いで、ヘルメットアタックを食らわせてくる悠弐子さん。
「昔ね、とあるレコード会社の社長が言ってたわ」
そしてそのまま、私の首を抱いて囁く。
「あたしはスタジオレコーディングが楽しくて仕方がない。世界の片隅でコッソリ核兵器を作ってるみたいな、この感じが堪らないのって」
「悠弐子さん……」
「野心よ桜里子、大志を抱け。世の中アッと言わせられるのは、野心を抱いた女の子だけだから」
メットのバイザー越しに満面の笑み。
(唆される!)
私、この子に唆される。
論理の裏付けもないまま言い包められるパターンですコレ。
「亡国結社なにするものぞ!」
根拠不明の高揚感が汎ゆる正論をあやふやに溶かしてく。桜色の脳細胞を司る理性ちゃんが警告を発しても、意識の多数決が流されちゃう。類まれなる美の引力が判断力を捻じ曲げるサイコロジカル認識歪曲。
「海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍!」
私は迂闊になる。
類稀なる美しさに丸め込まれ。
美少女の口車へ何の気なしにライドオン。明日なき暴走ブロロロロー。
「ゆきゆきて贅理部!」
「進め贅理部 火の玉だ!」
あるかもしれない、絶対にないとは言い切れない、微粒子レベルで存在する可能性。そんな泡沫候補をも当選確実と錯覚させてしまう。賭け金をベットさせてしまう魔力があるんです。
彼女の話術には得体の知れない力が、半ば呪術的とも言えるような力が。
彼女(彩波悠弐子)はローレライ――真実の語り部を装った、正常化バイアスの権化です!
「さあ桜里子!」
悠弐子さんとB子ちゃん、左右から私の手をしっかと握り、
「今から一緒に」
「これから一緒に」
「殴りに行こうか」「殴りに行くぞな」
「……は?」
殴る?
「行こうか」「行くぞな」
よもや逃すまいと腕へ抱きつきながら促してきます。
いや、そんなに胸を押しつけられてもあんま効きませんよ? だって私も女子ですし?
というか異性同士なら「当ててんのよ」でも、同性では意味が違います。
有り体に言えば拘束、有無を言わさぬ行動の束縛じゃないですか?
(てか「殴りに行く」って誰を?)
……ま、まさか?
悠弐子さんのサングラス、あれで正体を見抜いた【骸骨】を?
あの気持ち悪い骸骨を殴りに行くんですか? 私たちが? 私も????
「無理無理無理! 山田は普通の女子高生ですから!」
そういうのは素質ある子をスカウトして下さい! 柔道やレスリングのメダリストとか! 目からビームでも出しちゃいそうな女性を!
「大丈夫! 未経験者でもスタッフが懇切丁寧に指導します!」
「アットホームで和気藹々、笑顔の絶えない職場です!」
(ブラーック!)
間違いなく仮面ライダーBLACK企業です! そのキャッチコピーは!
(逃げねば!)
危うく騙されてしまうところでした!
美しきローレライの「甘言」に身を委ねてしまうところでした!
人間、向いていることと不向きなこと、出来ることと出来ないことがあるんです!
たとえ相手が日本に仇なす絶対悪だとしてでもですね!
(私が殴りに行けるわけがないじゃないですか! あんなの殴れません!)
本能も理性も絶対拒否を貫こうとしても、拘束の手は緩まず、
シュタタタタタタタタ! バスッ!
窓のシェードが落とされて、灯りも消されちゃいました。これもB子ちゃんのハッキング?
妙なところまで自動化されてます新築の我が母校!
リモートで簡易的な暗室閉鎖空間が一丁あがりです!
「ひゃ!」
そこで私を戦車の超信地旋回みたいクルリ、脇に侍る二人が連携し、
「……!」
すると真正面に吊り下げ式のテレビが。半暗室の暗がりでブラックアウトした視界に、煌々と輝くテレビ映像。
「これって……」
見覚えあるカットです。入学式でもオリエンテーションでも見た。
出来たてピカピカの講堂に、着慣れない制服の新入生たちが居並ぶ光景。
実際に私も、これと同じ光景を眺めました。自分の目で。
おそらくは客席中央に設けられた小さなPAブースからのアングルですね。霞城中央の講堂は外部への貸出も視野に設計されているので、簡易的ながらそういう設備も据え付けられています。
小さいとはいえ腐ってもPAブース、画角はバッチリ。演壇を正面に捉えられるので、ネット越しでも臨場感たっぷり。回線越しでも特等席気分です。
「ざっと見て六分の一くらい……」
B子ちゃんのPCには別角度の映像が。天井から見下ろす角度で、席の埋まり具合も一目瞭然。
「てことは女子の大半が参加しているんですか?」
これが公式行事であると思い込まされて、講堂へ集められた女の子(同級生)たち。
「極めて不健全ね」
真剣な顔で悠弐子さんは断言する。
「今――学園に男の子は一人もいない。多様性に劣る環境は環境変化に脆弱だわ。一つの病原因子が群れ全体を壊滅に追い込む」
「毒素が最も蔓延しやすいぞな」
監視カメラ映像に唇を噛む悠弐子さんとB子ちゃん。滲む朱は本気の印。
「毒素って……そこまで危惧すべき事態なんですか?」
ジャジャーン!
「!!!!」
突如として鳴り響く、ライブハウスも真っ青の大音響! イコライザが振り切れんばかりの!
新築最新の音響設備でなかったら、酷い音割れの拷問音響と成り果ててたボリュームで!
だけどそれでも講堂のスピーカーは鳴らし切る。コンポーザーが意図したままの大迫力で。
荘厳華麗なパイプオルガンを皮切りに、非日常性を糊塗するグランディオーソ・シンフォニカ。重層な音の重なりに、観客は横っ面を引っ叩かれる!
「始まるよ桜里子!」
「えっ?」
「――――地獄の門が開く!」
全員が呆然と音の波に翻弄される中、
『臨時正統生徒会【フェミニーナ南高】推参!』
舞台と正対するダスティン・ホフマンの位置、扉が勢い良く放たれれば――逆光に映る「男の子」のシルエット。
「こいつ。桜里子見覚えない?」
悠弐子さんは監視カメラに映る学ランの【彼】を指して問う。
「…………んん?」
そういえば誰かに似てるかも? ……誰でしょう?
ごく最近認知したような気もしますけど、山田は新入生。覚えるべき顔が多すぎて……
「桜里子これこれ」
B子ちゃん、両手の人差し指を左右こめかみの辺りで天へ突き立てる。
鬼? のメタファー?
「…………あぁ!」
似てます似てます、新歓オリエンテーションで生徒会と学校側へ食って掛かった憤怒の子! チョー上から目線の激おこぷんぷん丸! ヒステリック眼鏡の子!
「一年五組 出席番号二十九番 鳥居ミサ、新歓オリエンテーション直後に反旗を翻し、屋上を不法占拠して正統生徒会の看板を掲げた反体制分子よ」
あの子が男性化させられたんですか? 悪の秘密結社によって?
確かに精悍な面構えには見えますけど……脳内で着せ替えすればセーラーを着てた時と、そこまで代わり映えもしていないような気も? 独特の美意識でカスタマイズされた学ラン、その視覚効果で勇ましく粗暴な印象を受ける、オラオラした押し出し感を演出しているだけにも……
「脅威の雌雄同体人間、虎の子として温存するかと思いきや……」
「まさか初手から惜しげもなく使ってくるとは……」
「亡国結社【アヌスミラビリス】!」
「「――侮りがたし!」」
悠弐子さんとB子ちゃんには一片の疑念も存在していません。いないように見える。
どれが正しいの? 何を信じればいいの?
悠弐子さんの話からどんだけの陰謀史観や妄想癖を剥ぎ取れば、常識的なコンテクストに収まるんですか?
『推して参る!』
困惑するの私を嘲笑うかのように、屋上生徒会のセレモニーは進む。
斯くもゴージャスな重奏を露払いにして花道へ躍り出る鳥居ミサ(だった男の子?)、威風堂々肩を怒らせながら先を征く。
彼(彼女)へ続く男子(?)は手に手に旗を掲げ、シンボルを誇示してます。
旗とは意思の表明。紀元前から現代のコンビニまで、意思を表明するのに最も簡便な道具です。
『臨時正統生徒会』
彼(彼女)が訴えるのは正当性、自分たちこそが正しき生徒の代弁者であると旗で訴える。
数にして野球チームを組めるほどでしょうか?
大した人数ではないけれど、女子の腕力ではよろけてしまいそうな旗が相当な威圧感を与えます。
やはりあの子たちは男の子なんですか?
背格好は女子と見紛わんばかりでも、大旗を掲げて堂々行進。あれは男子の筋肉量を証明する=つまり男子化した女の子なんですか、悠弐子さんが指摘する通り?
実際問題、デコラティヴな特注学ランでは、体つきから性別を判定するの困難です。
唯一露出している顔面は中性的で、みんなボーイッシュの範囲内と言っていい。
そういうもんなんですか、脅威の雌雄同体人間とやら?
分かりません。常識の範疇で生きている私には全然分かりません。
体育祭の応援団で男装する女子と何処が違うのか、私には全く見分けがつかないです……
『――――生徒諸君!』
ホールの中央通路を縦断する示威行進を終え、
『哀れなる子羊の諸君!』
恭しく演壇に登った鳥居ミサが声を張り上げた。
『我々は大いに共感する! とかく虐げられた君たちに!』
自己陶酔に身体を震わせながら、学ランの彼(彼女)がマイクへ叫ぶ。
オリエンテーションへ乱入して大炎上した彼女(鳥居ミサ)。可愛いのに神経質そうな、上から目線ちゃん。女子力さえ備わっていれば、好感度も爆上げ間違いなしの文学少女フェティッシュ。実に勿体ない残念眼鏡ちゃんが勇ましくもアリーナへ訴える。
『君たちは理不尽な貧乏籤を引かされている! 望まぬ運命を押しつけられている! 輝かしいキャリアを為すチャンスを奪われて、お仕着せの価値観を強いられている!』
軛を外された自由を満喫するかのごとく爛々と輝く目で、
『それは何故だ? 誰のせいだ?』
『男だ!』
間髪を入れずに重ねられる合いの手は、学ランの男子(元女子?)たち。
『君ら女子は高校に上がるとメッキリ成績が落ちる傾向にある。それは何故だ?』
作られた低い声たちを援護射撃に、弁は更に熱帯びる。
『希望を失ってるからだ! 頭が良くても何も得しないと悟ってしまう! どんなに成績が良くても愛されなければ無意味、結婚を前提としない人生は失敗、という都合のいい観念の奴隷だからだ!』
上から目線のアジテーションと、
『それは誰だ? 誰の都合だ?』
『男だ!』
端的で明け透けに交わされるレスポンス。
『男とは!』
屋上生徒会の格好はアナクロ、時に滑稽なほど時代錯誤であっても、威圧感には目を見張る物があります。オリエンテーションで登壇した、どの「部長候補」さんよりも力強く見える。
『存在自体が邪である!』
舞台装置や照明、小道具、そして衣装に至るまで、全てがアグレッシヴでマッシヴ。【暴威で貴様らを支配する】と言わんばかりの自己演出で観客へ迫る。
『男とは!』
『身勝手で享楽的で、欲望を留める術を知らない! ――劣等種である!』
ヒステリックであっても理性の枠内に留まっていたのに、オリエンテーションの時は。
『男とは!』
だけど今の彼(彼女)は逸脱を躊躇わない。極論と差別感情を開けっぴろげに、傲慢不遜。
『己を律することもできぬ劣った生き物である!』
それは彼女に内在する黒い澱。
『穢らわしく薄汚いもの! 生物学的に欠陥品である!』
『fuckin' phallocentrism! fuckin' phallocentrism! fuckin' phallocentrism!』
エフワードの禁忌すらお構いなしで言いたい放題です。
『君たちは! 邪悪なる男根支配を脱し、自立した女性たらねばならない!』
「なんなんですか、このサバトは?」
もしも私がこの講堂に座ってたとしたら、「聞くに堪えない」と席を立ったでしょう。
オリエンテーションの男子たちみたい直接ヤジで不満表明しなくとも、黙って席を。
(なのに!)
ほぼ全ての女子生徒が参加してるはずなのに、戸惑いの囁きすら聴こえてこない。こんなにもイカれたコスプレ演説会なのに。
「桜里子」
B子ちゃんのPCには別角度の監視カメラ映像が。舞台側から客席を映すアングルです。
「え?」
入学式で並んでいた、溌剌とした前途洋々の顔でもなければ、
新歓オリエンテーションの退屈な消沈、あるいは全校規模の学級崩壊の体でもなく。
いずれとも違う様子の同級生(女子)たちが映ってます。
「なんですかこれ?」
頬は紅潮して目は虚ろ、屋上生徒会のヒステリック偏向演説に辟易している……というよりは、何か別の不快感に身悶えしているような……
「新築の気密性を利用してるのよ」
「え?」
「ワザと空調を切って、気づかない程度に酸素を足りなくさせとるんぞな」
「何のためにそんなことを?」
それだけじゃない。ブゥゥゥゥーン……と鳴り響いてくる重低音。刻まれる一定のリズム。規則的な振幅へ不規則な揺らぎを重ねた怪しげ環境音。
照明は黄昏色、夕焼けのフィナーレよりも来るべき闇を感じさせる、不安の昏さ。
蒸れる人いきれは換気されることもなく滞留を続け、不快指数を上げていく。まさに新築の気密性が仇となり。極上の座り心地だった真新しい椅子も、イヤなベタつきが肌を蝕んでいく。
今、この講堂に心安らげる要素は一つもない。
ひたすら心と体の不安定だけが右肩上がり、来いよ来いよとバッドコンディションを手招きする。
「……なんなんですかコレ?」
カメラ越しでも分かる。沈んでいた不快の澱を無理矢理撹拌するような、最低の刺激。
トラウマのかさぶたを触れ触れと嗾ける、エデンの毒蛇。
「下拵えよ」
「え?」
「固化した心を強引に解して、不安の海へ漂流させる」
「邪悪なる哉、マインドマッサージ!」
「何のためにそんなこと………‥ひゃぁ!」
再び左右の腕を締めつけてくる美少女抗束帯。
「気を確かに持って、桜里子」
そして彼女は言うのです――どう採っても悪い未来の訪れを予感させる言葉を。
「来るぞな」
来る?
「来るって何が…………ひっ!」
説明されなくとも分かりました!
「牙を――剥いてくる!」
あからさまに興奮の爆発点を明示する、リズムとメロディの煽り。
『fuckin' phallocentrism! fuckin' phallocentrism! fuckin' phallocentrism!』
単調な繰り返しも徐々に徐々に忙しなく感情を追い立て、
『fuckin' phallocentrism! fuckin' phallocentrism! fuckin' phallocentrism!』
今か今かと解放のタイミングを探る。鬱屈を肥大化させながら。
『fuckin' phallocentrism! fuckin' phallocentrism! fuckin' phallocentrism!』
ここ! ここです!
『【立ち上がれ同志たち!】』
鳥居ミサの合図で「おあずけ」が解かれれば、
ワァァァァーッ!
講堂中のオーディエンスがええじゃないかええじゃないか踊り狂うドロップのタイミング! 予定調和の感情爆発! パーティーモンスターたちが野生へ放たれる一気呵成!
『【祓え! 祓え! 穢れを祓え!】』
舞台演出技巧を凝らした悪趣味なサバト、その不快がベースラインとするなら、
『【我ら! 求め! 訴えたり! エロ忌む! エロ忌む めっさ忌む!】』
この変調は――稲妻のギターソロ!
気を抜くと胃の内を洗い浚い吐き切ってしまいそうな、急性の!
『【求めるぞ!】【求めるぞ!】【求めるぞ!】【求めるぞ!】【求めるぞ!】【求めるぞ!】』
「なに…………これ????」
一斉に焚かれた激しい明滅で足元も覚束なくなり、悠弐子さんへ縋りつくしかなくなる!
「ここよ」
平衡感覚を失った私に彼女は【原因】を指す。演台背後のスクリーンへ投影される「何か」。
散漫な注意力では見逃してしまうほどの点滅で、現れては消えていく文字の列。
【男子、感じ悪いよね】【保育園落ちた、男死ね】【男を除ければ地上の楽園への道が現れる】
どれもこれも偏った悪夢のリフレイン。
【男子、感じ悪いよね】【保育園落ちた、男死ね】【男を除ければ地上の楽園への道が現れる】
目を背けたくとも背けられない、
【男子、感じ悪いよね】【保育園落ちた、男死ね】【男を除ければ地上の楽園への道が現れる】
知らず知らずのうち意識へ刺さる、思想の橋頭堡。
(これは!)
まさに精神攻撃! 弱い心では抗えない、悪意のガングニール。
果たして私、哀れ山田桜里子も最低の洗脳インプラントに冒され………………………………
「がじ」
かけるとこでしたよマジで!
「寝ちゃダメ!」
痛みという刺激が意識ちゃんのお尻を引っ叩き、なんとか正位置へと復帰!
「がじがじ」
雌ライオンに首筋を噛まれる錯覚で意識を取り戻しましたよ、半洗脳の泥沼から。レオナルド・ディカプリオとケイト・ウインスレットな姿勢で何とか卒倒を免れました。
「想像以上にヤバかったわ……」
あの悠弐子さんですら事切れる寸前の遭難者状態で、B子ちゃんのPCへと指を伸ばしてました。
ギリギリ手遅れになる前にフィルタを掛けられたので、助かりましたよ。
すりガラス式の画像マスクとボイスチェンジャー、こんだけ「距離」を採れば平常を保てます。
「現代の安楽椅子探偵は虚弱じゃ務まらない……」
霞城中央のミスバイタリティも青い顔。私の身体に寄りかかって重い息を吐いてます。
(恐るべし怪電波攻撃!)
『男はー!』
『敵だー!』
マスク越しの中継映像では、奇妙な事態が起こっています。
我も我も内府様にお味方仕る、まるで小山評定でも見ているかのようです。講堂の各所から屋上生徒会に対する賛意が沸き起こってるじゃないですか?
『諸君! 我々の力で理想郷を打ち立てよう!』
『Show your Girl's Power! 今こそ皆の女子力で!』
『Girl's Power! Girl's Power! Girl's Power! Girl's Power! Girl's Power!』
比較的染まりやすい子から順々に、伝染していく狂躁の熱。それはやがて講堂を全体満たし、思考停止の共感が性倫理の全体主義を祀り上げる!
(ヤバいです!)
空調も音響も照明も、彼(彼女)らの意図するがままの極悪環境で洗脳電波を受けてしまえば、
遮るものも何もないアリーナでマトモに浴びてしまったのなら、
(避けようがない!)
こうなっちゃいますよ、思想的共鳴なんてなくとも!
謎の共感と根拠レスな問題意識が、思想誘導のレールへと背中を強く押すのです!
機関車トーマスだってトチ狂って暴走しちゃいますよ!
「なーにがGirl's Powerぞな」
「そんな品のない言葉で女子力を貶めないでよね」
「女子力とはThe Right Stuff of Femininity、誤訳も甚だしいぞな」
とか悠長なツッコミで井戸端会議してる場合じゃないですよ悠弐子さん、B子ちゃん!
「見て桜里子、これは女じゃない」
「えっ?」
やっぱり脅威の雌雄同体人間なんですか?
「こいつらは女子のナリをした男ぞな!」
「へ?」
「過度の好戦性という男の悪い部分を増幅した女! 精神性が男のデッドコピーじゃない」
「余計質が悪いぞな!」
「いやもう、とにかく警察に連絡しましょうよ! このままじゃ大変なことに……」
「桜里子」
スマホを持つ私の手首を握り、悠弐子さん、
「動いてくれると思う?」
「…………」
「仮に、ありのまま馬鹿正直に話したとして、信じてくれると思う?」
……思えません。
男子の居ぬ間に脅威の雌雄同体人間が発生して、学園支配を目論んだとか、
洗脳サバトで女子たちへ偏向思想を植えつけようとしてるとか、
もし私が一一○番のオペレーターなら、ガキンチョの悪戯電話だと決めつけてしまうでしょう。
「でも!」
このままじゃ手遅れになります! 霞城中央が危険思想者の巣になってしまいます!
これはガチの洗脳儀式です!
一旦塗り潰された心を元に戻すのに、どれだけの手間と時間が必要か!
そんなくだらないことのために立ち止まり続ける高校生活とか目も当てられませんよ!
もはや恋愛理想郷でも何でもない! 精神的な牢獄です!
「させないよ」
「させんぞな」
「ですよね!」




