私の幸せ
目を覚ますと自分のベッドの上にいた。
電気はつけたままで部屋には誰もいない。
時計に目をやると午前2時をまわっていた。
そうか、あの後かえでにおんぶしてもらいここまできたのか。
あのときのことを思い出し、体が震えだした。
怖かった。ほんとうに怖かった。
男が下半身に手を伸ばそうとしたときに佐田がきて男を蹴り倒した。
佐田がきてくれなかったら私はあの男と子作りをしているところだ。
そのあと、かえでが来るまで震えと涙が止まらなかった。
かえではきてくれた。
そこは普通に嬉しかった。
かえではそういうやつで私じゃなくてもきていただろうとはわかっているけどやっぱり嬉しかった。
「かえでの背中…あったかかったな……。」
思い出すと少し落ち着けた。
リビングは真っ暗だしさすがにもう帰ってるか。嫌な時間に起きてしまった。
喉がかわいて仕方ない。
汗と土の匂いがして気持ち悪い。
あの男の唾液が胸についていると思うと鳥肌がたつ。
震える体でリビングにいき、電気をつけた。
「………かえで……まだいたのか……?」
帰ったと思っていたかえでがリビングで床に座っていた。
「わ…わるいな。起きるまで待っててくれたのか?」
「うん……心配だったから。」
「そ、そうか!ありがとう。
きみがきてくれたから大分落ち着けたよ。」
「………だいじょうぶ?……じゃないか。
あんなことがあったんだもんね……。」
なにかを覚悟したような顔で私を見る。
その顔を見ると胸のあたりが苦しくなる。
震える体を無理矢理押さえて話す。
「だ……だいじょうぶだ!
ていうか私があんな男に負けるわけがないだろう!」
大げさに体を動かしながら話す。
そうしないと立ってもいられなさそうだから。
「あはは………体…震えてるよ…。」
「武者震いってやつだよ、かえで!
殴り足りなかったかな!もうちょい懲らしめてやってもよかったかもな!」
佐田にどこまで聞いているかわからない私はあることないことをかえでに話す。
「………こわかった?」
いやだ。
「こ、怖いわけあるか!
あんなの日常茶飯事だ!よくあることじゃないか!!私はきみなんか関係なしに運が悪い方なんだ!」
いやだ。いやだ。いやだ。
「……ひなたに話したいことがあるんだ。」
「いやだ!!そんなの聞きたくない!!」
涙と鼻水が止まらない。
襲われたときとは違う怖さで震えが止まらない。
きみは私のことを何もわかってないよ。
「ひなた………。」
「怖くなかった!!ほんとうに怖くなかったんだよ!!この先、何万回おなじことがあっても全然怖くないんだよ!!」
私がほんとうに怖いのはきみがいなくなってしまうことだよ。
たとえきみが特大級の不幸を連れてきたとしてもそれに勝ることなんてないんだよ。
「何万回襲われようが処女膜破かれようがそれで孕まされようがそんなことどうだっていいよ!!
訳のわからないやつに犯されたってなんとも思わない!!誰の子かもわからないやつなんて何回だっておろしてやる!!何回だって耐えれる!!きみが側にいてくれるならたいしたことじゃないよ!!
だから側にいてくれ!!」
「……きみがそんな目にあったらぼくが耐えられないよ……だからさー
「何故だ!?何故きみはそうやって私から離れようとする!?
離れたいのか!?私といた1ヶ月はそんなに不愉快だったか!?」
「……そんなことない……ほんとうに楽しかったし幸せだった。」
「なら私のためか?!きみは私のためと言って離れていくのか!?何故だ!?
私の気持ちはどうなるんだ!?
私はきみが好きだ!!きみがいなきゃ前に歩けないどころか立てやしない!!
きみがいなきゃ生きてても何も楽しくなんかないんだよ!!きみがいたら私が不幸になる!?そんなの嘘だ!!
きみがいなきゃ私は誰よりも不幸だ!!
ふざけている!!きみはほんとにばかだ!!
頑固者な大馬鹿野郎だ!!
ばか!!ばか!!ばか!!ばか!!ばか!!ばか!!」
「ひなた!!ぼくの話を聞いてよ!!」
「いやだ!!聞きたくない!!聞きたくなんかない!!」
「ひなた!!!」
「……………いやだよ……」
きみには私がどれくらい滑稽な女に見えるかな?
惨めだな。そして傲慢だ。
自分の気持ちを押し付けて相手の意思を否定するなんて。
それでも………それでも私はきみといたいんだよ………。
怒鳴ることでようやく体に力が入っていた私はその場で顔を手で覆いながら崩れた。
「……頼むからどこにもいかないでくれ………」
「………自分勝手でごめん………ぼく、決めたよ。」
「……………頑固者…………」
私が何を言ったってきみは決めたことはかえないんだろう。きみはそういうやつだったね。
目を逸らさずにかえでは続ける。
「……ひなたはたまたまだって言うかもしれないけどやっぱりぼくは人を不幸にするんだと思う。ひなたにも天本さんにもほんとうに悪いことをしたと思う。」
「……かえでのせいなんかじゃないよ……」
「それでもぼくはきみといようと思う…。」
「………ふえ……?」
「ぼくもひなたと同じ気持ちだから。」
「……きみは……」
「もう迷わないよ。ぼくがきみを不幸にするならそれからぼくがきみを守るよ。
ぼくはきみが好きから……ずっと一緒にいてほしい。」
まっすぐ私の目を見て言う。
このときはじめてひなたが男らしく見えた。
「……ほんっとにきみは……勝手に悩んで勝手に落ち込んで勝手に離れていって勝手に戻ってきて………勝手すぎる……勝手すぎるよ…。」
「ごめん……。」
鼻水も涙が止まらない。
胸がいっぱいで嗚咽が止まらない。
かえでの胸に飛び込み全部をつけてやった。
強く抱きしめておしつけてやった。
「あた……りまえだ……。
最初にもいったじゃないか……。
私が証明してやるんだ……。
だからずっと側にいろ………」
「………うん。」
かえでの手が強く私を包みこむ。
温かい。かえでの匂いがする。落ち着く。
そうだよ、かえで。
私の幸せはこういうことなんだよ。
「あ………」
思い出したようにかえでから離れる。
「どうしたの?」
「いや………私いま土やら汗やらで臭いだろ?ましてやくそ豚野郎に胸を少しなめられたからな……早くお風呂に入りたい…。」
「……そう……だね。」
少し俯いて明らかに落ち込んでいる。
「い、いや…それだけだぞ!!
キスもされてないし、下だってぎりぎり触られてもいない!」
なんで私はこんなに言い訳じみた言葉を口にしているんだ。
まるで浮気がばれた女が必死に彼氏に言い訳しているような……。
「だから……だからな……えっと…」
言葉がでない私の頭をかえでが軽く撫でる。
そしてそっと軽く、ゆっくりと唇を重ねてきた。
「…………」
「……えっと……いきなりごめん……」
「………ずるいぞ……きみは……」
今日はどれだけ涙がでるのだろう。
私の手を優しく覆っていたかえでの手を強く握る。
私は幸せだ。
これから好きな人と一緒にいれるのだから。
くそみたいな男に胸を舐められようが襲われようがどんな不幸が降りかかったってこの気持ちを塗り替えることなんてできやしない。
あの映画の最後、女はやっぱり崖から落ちて死ぬことを選んだんだと思う。
言い切れはしないけど私ならそうするよ。
きみがいない真っ暗な世界で私は生きていく自信がない。
でもいい。それでいい。
そう思えることが私にとって幸せなことだから。
でもできれば最後はきみと笑いあって死にたいと私は思うよ。