私は大丈夫だよ
少女殺害ーこれで3件目。
同一犯の仕業か。
ぼくはテレビをほとんど見ない。
でも朝のニュースだけは別だ。
ぼくが住んでいる近辺のニュースがやっていた。
1件目は隣の町で、もう2件はさらに隣の町で起きた殺人事件らしい。
被害者は中学生が2人と高校生が1人。
その3人すべてがレイプされた後、首を絞められ殺されている。
犯人はまだ捕まっていないらしい。
そのニュースを見ながらひなたの顔が浮かぶ。
「ほら、ひなたの分のお弁当だよ。」
「お…おお!ほんとうに作ってきてくれたのか?!」
昼休み、ひなたと屋上でお昼ごはんを一緒に食べようと思い誘った。
その手には焼きそばパンが握られていた。
「……嘘だと思ったの?」
「いや…昨日家に帰って考えたんだが、私は散々きみに迷惑をかけた気になってな…。
きみも嫌気がさしただろうと思って……それに昼になるまできみ、話してこなかったじゃないか。怒っているんだと思ってた……。」
それで授業の合間に焼きそばパンを買ってきたのか……。
意外と気にしいなのかな。
「怒ってるわけないよ。ぼくはひなたと友達になれて嬉しかったんだから。
話しかけれなかったのはなんか周りの目が気になっちゃって……。」
昨日一緒に帰っただけであのざわめきようだ。教室で話してたらきっとひなたに迷惑をかけてしまう。
「……私は周りなんて気にしない。
別にどう思われようがいい。」
ちょっとすねたような口調でひなたは言う。
ひなたの少し子どもっぽいところがぼくは好きだ。
「あはは、ありがとうね。
でもきみだって話しかけてこなかったじゃないか。気にしてるのかと思ったよ。」
「いや、きみが何か考えているような顔してたからね。
さっき言ったようなこともあって話しかけづらかったんだよ。」
「そっか…なんかごめんね。」
「もういいよ、こちらこそ悪かった。
さあ、お弁当を食べようか、かえで。」
「……うん。どうぞ、食べて食べて。」
今日のお弁当は今日のお弁当のために朝早く起きてつくった。
いつもは残りものをつめるだけなんだけど今日は特別だ。
いや、今日からかな。
「うん、美味い。
きみは相変わらず天才だな。」
「あはは、ひなたは相変わらずおおげさだね。」
そして相変わらずの早さで完食し小さいげっぷをする。
「ときにきみ、朝はなにを考えていたんだ?
ずいぶんと真剣に考えていたようだけど。」
「……うん…朝のニュースは見た?」
「見ない。朝はぎりぎりまで寝てるからな。」
「あはは、ひなたらしいね。
この辺で連続殺人事件があったらしいんだ。
しかも被害者は女子高生と女子中学生だって。」
「ああ、その事件なら知ってるよ。
夕方のニュースでやってるしな。
なんだ、また起きたのか。」
ひなたがニュースを見ている姿があまり想像できないけど言葉にださないでおこう。
「うん、それでひなたが心配になったんだよ。きみはぼくと仲良くしてるし……。」
「………それで?」
「だからね……犯人が捕まるまでひなたのこと家まで送ってもいいかな……?」
ぼくがいてどうにかなる問題なのかはわからないけどひなた1人でいるよりはマシな気がする。
「………くくく、きみが私を守ってくれるわけだ?」
「………うん、きみはぼくが守るよ。」
「くひゃひゃひゃ!!似合わないぞ、かえで!!いつからそんな男らしくなったんだ!?」
焼きそばパンの袋を開けながら足をばたつかせて笑い声をあげる。
「う、うるさいな!ぼくだって男なんだからね!」
「いや、昨日のきみならぼくと一緒にいるから…とか言って距離でもおこうとしていただろうよ。
1日でずいぶんと前向きになったもんだ。
うん、いまのきみのほうが私は居心地がいい。うじうじとうっとおしかったからな。」
「………ぼくはひなたといたいんだよ…」
この願いにやっぱりぼくは自己嫌悪を覚えてしまう。
「ん?なんだ?」
「な、なんでもないよ!それよりきみ、お弁当食べたのに焼きそばパンも食べるの?」
「ああ、もっひゃいにゃいびゃろ?」
焼きそばパンを口いっぱいに頬張りながらしゃべる。
行儀悪いはずなのにひなたがすると悪い気がしない。
「それに残しておくと放課後食べたくなるしな。今日もきみにご馳走してもらうのになんか損した気分になる。
あ、今回は材料費は私がだすからな。」
「別にいいのに。
それより、今日DVDを持ってくるって言ってたけどどんな映画を持ってきたの?」
「そんなの、見るまでのお楽しみに決まっているだろ。それより、今日はなにを作るつもりなんだ?」
「えっとね、今日はチキン南蛮でも作ろうかなって…あはは…簡単のばっかりでごめんね。」
「………やっぱりきみは真面目だな。
返しがつまらん。」
「え?え?なんで?!」
「ほら、そろそろ教室に戻るぞ。」
「う、うん……。」
このなんでもないゆっくりとした時間が終わる。またいたくもない教室に戻らなきゃいけないのだ。
名残惜しい気持ちで屋上を後にする。
教室に戻るときひなたが足を踏み外して階段から転がり落ちる。
「たまたまだ。」
やっぱりこれはぼくのせいではない気がする。
教室に一緒に戻ると教室が静まり返り視線がぼくらに集まる。
もう慣れたかな。
「おい、てめぇら。いつからそんなに仲良くなったんだよ?」
他の人とは別に佐田が絡んできた。
「なんだ、ブルドック。羨ましいのか?」
「んだと!!羨ましいわけねーだろ!!
てめぇ、こいつの噂しらねぇのかよ!?
こいつといるとロクなことねーぞ?!」
ブルドックはスルーなんだ。
やばい、笑いをこらえるのに必死なんだけど。
こんなこと言われても動じていない自分に驚いた。
1人じゃないってだけでこうも違うものなんだな。
「知ってるよ。きみはそんなしょうもない噂を信じているのか?
くくく、見た目によらず小心者なんだな。」
「ああ?!殺されてーのかよ!?」
ひなたは人を小馬鹿にするのが好きみたいだ。
小馬鹿にするのが好きというか反応を見て楽しむやつだ。
のくせに人見知りか…そりゃ友達がいないわけだよ。
「……きみ、いま失礼なこと考えてただろ?」
「え?!なんでわかったの?!」
「かわいいやつめ、きみはわかりやすいんだよ。」
佐田がぎゃんぎゃん言ってるのを無視してぼくに話しかけてきた。
「んで、なんか用か?
また私に殴ってほしいのかな?」
ひなたはにやにやしている。
なるほど、人を怒らせる天才だな。
「………やってやろうじゃねぇか!!!」
佐田が構えたところでチャイムがなる。
「……くそ!!今度覚えてやがれ!!」
「……真面目か、きみは。」
佐田は佐田の周りのやつと違って授業をサボったことがない。
確かに真面目だ。
ひなたはほんとうにすごい。
ぼくには真似できないな。
「さて、かえで。帰ろうか。」
放課後になってひなたに声をかけられる。
昨日ほどざわめくことはなくなったけどやっぱり視線を感じる。
ひなたは不満そうにまわりを見渡している。
もっと反応しろって言いたいみたいだ。
「うん、かえろう、ひなた。」
ちょっといづらさを感じる教室を2人で後にした。
やっと学校が終わった。
やっとひなたといっぱい話せる。
一緒に買い物して一緒にごはんを食べて一緒に映画を見るんだ。
考えただけで楽しみでしょうがない。
「ねぇ、ひなー
教室をでて廊下で先に歩いていったひなたに後ろから声をかけようしたとき、突然廊下の窓が割れた。
そして何かがひなたの頭に当たりふっとばされる。
「ひなた!!!」
野球ボールがひなたの横を転がっている。
何事かと野次馬が群がりはじめる。
「ひなた!!!ひなた!!!」
「大丈夫だ。昨日もいったように私は人よりじょうぶなんだよ。」
何事もなかったようにひなたは起き上がる。
周りからひそひそ囁く声が聞こえる。
よくは聞き取れないけど白い死神という単語が何回か聞こえた。
昨日に引き続いてぼくはひなたに………。
「……無事でよかった……。」
「当たり前だ。それより早くー
ひなたの顔が青ざめていく。
「ど、どうしたの……?」
「きみ、指から血が出てるぞ!?」
「え?ああ、ガラスで少し切っちゃったみたい。」
ひなたのところに駆けつけたときに左手の人差し指を切ったようで血がでている。
「大変だ!早く保健室にいこう!!」
「え……い、いや、大丈夫だよこれくらい。
舐めとけば治るとおもう。」
「ほんとに大丈夫か!?痛まないのか!?」
心配そうに、ほんとうに心配そうにひなたはぼくの左手を握って問いかける。
「……大丈夫だよ。それよりぼくはきみと一緒に早く映画を見たいよ。」
「……そ、そうか…ならよかった………。」
ひなたの右手を握りながらぼくたちは学校をでた。
たぶん明日山下先生にいろいろ言われそうだけどそれは明日考えよう。
「……悪かったな……。」
手を繋ぎながらスーパーへ行く道の途中ひなたが小さくつぶやいた。
ひなたの人差し指が傷口をなでる。
少し痛むけどなぜか心地いい。
「なんできみが謝るのさ。
こちらこそごめんね。じょうぶって言うけどやっぱり痛かったでしょ?」
「……それこそきみが謝ることじゃないだろ。」
「ううん……それでもきみと一緒にいるぼくは謝るべきだよ。ごめん。」
「………かえで、私は大丈夫だよ。
何万回同じことがあっても私は大丈夫だ。
だからそんなこと言わないでくれ……。」
泣きそうな横顔でひなたは言う。
握られたひなたの右手に力がはいる。
「………うん、ありがとう……。」
感謝と決意を込めてひなたの右手を強く握り返した。
「そ、それにこれはかえでが悪いんじゃない!何度も言うがあんまり気にされると居心地が悪いんだ……。」
「うん……ごめんね…。
早くスーパーいこっか!
ひなたもうお腹すいてるでしょ?」
そう言って笑ってみせた。
いや、自然に笑えた。
ぼくの顔を見てひなたは安堵の表情を浮かべる。
「昼から何も食べてないんだ。当たり前じゃないか。ほら、急ぐぞ。
映画だって見るんだ。早くしないと。」
「あはは、はいはい。」
ひなたが持ってきた映画はホラー映画で怖いものが少し苦手なぼくは終始ビビりまくっていた。
それを見て満足そうにひなたはにやにやしている。
あるカップルが古いコテージに泊まりにきて、次々に悪霊に人が殺される中、生き延びるために足掻くようなよくあるありきたりな映画だ。
終わり方もありきたりで男が女を助けるために悪霊を道連れに死んだ。
最後は生き残った女が崖から下を覗いているアングルで終わっていった。
ありきたりで後味の良くない映画だ。
でも最後のシーンは印象に残った。
「これがきみのおすすめの映画?」
「そうでもないな。
きみが怖がれば楽しいなって思ってな。
くくく、きみは期待を裏切らないやつだ。」
「いじわるひなた!」
「くひひひひ!
まぁ、嫌いな映画じゃないよ。
じゃぁ今日はそろそろ帰ろうかな。
かえで、今日は送ってくれるのか?」
「うん、もちろん。」
「そうか、悪いな。」
チキン南蛮の残りをタッパに入れてひなたに渡す。
「あはは、時間が経ってるからそんなにおいしくないかもだけど、よかったらどうぞ。」
「ありがとう。
きみが作ってくれたんだ、きっと美味いよ。ありがたくいただくよ。」
ひなたを家まで送った帰り道、ひなたに特別な感情を抱いている自分に気づいた。
たった2日一緒に過ごしただけだから久しぶりに人と接したせいなのかもしれない。
自分勝手な感情だ。
それでもぼくはこの感情を大切にしたいと思う。
明日のお弁当のことを考え鼻歌まじりに家を目指す。