私の不幸はそういうことじゃない
「ここがぼくの家だよ。」
あるアパートの105号室の前を指さしてひなたに言う。
「ふむ、なかなかいい家に住んでるんだな。」
「あはは…家賃は田舎にいるおばあちゃんが払ってくれてるんだ。あと毎月仕送りしてくれてる……感謝してもしきれないよ。」
ほんとうに感謝しきれない。
田舎で一緒に住もうと提案されたがぼくのわがままで一人暮らしをさせてもらっている。
もうあんな思いはごめんだから。
「おお…部屋の中もきれいだな。」
部屋の中に入りひなたは周りを見渡している。
「掃除は嫌いじゃないからね。」
「…万能かきみは。結構女の子にモテるんじゃないか?」
「もしそうなら白い死神なんて恐れられてないよ。」
「ああ、そうか。大抵の女子はそういう類の噂が好きだからな。仲良くなれる気がしないよ全く。」
かなりの偏見だと思うけどあながち間違いではないのかも。
少なくともぼくの周りの女子はひなたの言う通りだ。
「さっそくだけどチャーハン作るかな。なんか適当にくつろいでてよ。」
「わかった。じゃぁ私はトイレにでも隠れているよ。」
「なんかいろいろとつっこみたいんだけど!?」
「………私の唯一の友人であるきみにだから言うけど…」
やっぱりぼくと同じでひなたは友達いないんだ。友達っていっても今日はじめて話した仲だけどね。
ひなたはちょっとおおげさだ。
「私は火が怖いんだ。ちょっとトラウマがあってね。」
「……そんなに怖いの?」
「ああ、そりゃもう…おもらししちゃうくらい怖いね。」
真顔で言うから冗談かどうか判別できない。
まぁ、料理ができないっていうのはそういうことか。
「うーん……あ、でもほら、ぼくの家、IHだし大丈夫じゃない?」
キッチンを指さして火がでないIHを見せる。
「………経験がないからわからない……。」
とりあえず了解を得ずIHをつけてみた。
「どう?怖い?」
「お……おお…大丈夫みたいだ。」
遠くから見ていたひなたがキッチンに近づいてきた。
「はぁ……これなら私も手伝えてしまうな。」
めんどくさそうに不安そうにそれでもどこか嬉しそうにスーパーの袋からにんじんとピーマンを取り出す。
「いや、今回はぼくに作らせてよ。
なんか今日はぼくが作ってあげたいんだ。」
「ん?でもきみにばっかり負担をかけるのは嫌なんだが。」
「いいからいいから。
それにきみ、ぴんぴんしてるけど一応車にひかれたんだから。ゆっくり休んでなよ。」
自分で言ってておかしなことを言ってるような気になる。
「………わかった。
かえでがそう言うならお言葉に甘えさせてもらうよ。」
「あはは、あんま部屋漁らないでよ?」
特にやましいものはおいてないけどいい気分ではない。
「………漁るっていったってずいぶんあっさりした部屋で漁るとこもないよ。
なんか趣味とかないのか?」
「んー……これといってないかな。
勉強と家事で精一杯だしね…。」
ぼくはチャーハンを作りながら、ひなたは部屋でテーブルの前に座りながら話す。
「そうか、大変だな、きみは。」
「そーいうきみはなにか趣味とかあるの。」
「趣味か……これといってないな。
強いてあげればよく家でDVDを借りて見てるぞ。」
「ああ、映画かぁ。ぼくはまったく見てないなぁ。それこそ小さい頃、両親に映画に連れて行ってもらったきりかな。
ほら、チャーハンできたよ。」
「おお、まちくたびれたよ。」
「あはは、まだ6時だよ?一応晩ご飯なんだけど……。」
テーブルにチャーハンと味噌汁と麦茶を2人分用意する。
「うまそうだ。いただきます。」
「いただきます。」
「………美味い。」
ひと口目をゆっくり味わいながら食べたと思ったらその後は子どものようにがっつきはじめる。
テーブルにごはんがこぼれて行儀が悪いけど悪い気はしない。
5分もしないうちにチャーハンと味噌汁をたいらげる。
「ごちそうさま、美味かったよ。」
やっぱり行儀悪く小さいげっぷをして満足そうな顔で仰向けに横になる。
横になるときに頭をタンスの角にぶつけたけどまったく気にしていない。
「幸せだ……。」
「あはは…おおげさだな。」
「おおげさなものか。ほんとうに美味かったんだよ。」
「多めにつくったからさ、よかったら持って帰ってよ。どうせ、ひなた夜お腹すいちゃうでしょ?」
起き上がり驚いた顔でぼくをみる。
「きみは聖者かなにかか?」
「そのかわりさ……」
ぼくは断りづらいこのタイミングでこんなお願いをする自分に嫌悪した。
なんて自分勝手なお願いをしようとしてるんだろう。
「そのかわりなんだ?」
「今日でぼくと一緒にいるとよくないことが起こるってのはわかったと思うんだけど……それでも……それでもこれからもぼくと友達でいてくれないかな………。」
ぼくは不幸を呼ぶ男だ。
今日だってひなたじゃなければ死んでいたかもしれない。
いや…ひなただって強がってるだけでほんとうは痛かったのかもしれない。
それでもぼくはひなたにこんなひどいお願いをしている。
ぼくはぼくが嫌いだ。
「………はぁ。」
「い…いや…!ひなたがいやだったら無理にとは言わないんだけど……!」
「なにかと思えばそんなことか。」
「え………?」
「不幸を呼ぶ男…白い死神。ミスターアンラッキーくん。
たいしたことないね。たまたま以前の問題だね。私がいつ不幸を感じた?」
「だ…だって今日ひなたに悪いことたくさん起きたよ?!」
「きみの言う不幸は車にはねられることか?
財布をなくすことか?タンスに頭を思いっきりぶつけることか?
残念だったな。私はいま幸せな気持ちで満ち溢れているよ。」
そう言いながらぼくの食べかけのチャーハンを手にとり食べ始める。
「いいよ、これからも一緒にいる。
何度も言うように私がきみの存在を完全否定してやろうじゃないか。」
「ひなた……。」
「だからそんな気にするな。
居心地が悪くなる。」
そう言いながら小さいげっぷをして食べ終わった食器をテーブルにおく。
涙がこぼれそうになる。
見られるのがいやで食器をキッチンに運ぶためにひなたに背を向ける。
「ま…また明日もきてよ。
またごちそうするからさ。」
「そうか?なら遠慮なく。
…くくく、泣きそうな声なんかだしてなんだ?私につきまとわれてきみは不幸か、かえで?」
「……さあね……でもこんな気持ちは久しぶりだよ。」
「くひひひひひひ!!かわいいやつだな、きみは!
よし、明日は私のおすすめの映画を持ってくる。一緒に見よう、かえで。」
腹を抱えて笑い転げる。
かわいい顔して意外に下品な笑い方をするやつだ。でも悪い気はしない。
「……ひ、ひなたがそう言うなら見てあげてもいいよ!」
「そうかそうか、明日が楽しみだよ。
じゃぁ、今日は帰ろうかな。後片付けまで任せてすまないが頼むよ、かえで。」
「あ、待って。チャーハン、タッパにいれるからさ。あと、途中まで一緒にいくよ。」
「送ってくれるってことか?何故だ?」
「何故って……もうそろそろ暗くなるし女の子1人じゃ危ないよ。」
目を丸くしてきょとんとしている。
「くく……あひゃはははは!!!」
そして突然笑いだした。
大声で、下品に、楽しそうに。
「な、なにがおかしいのさ!?」
「なにがってきみ……くくく……愉快なやつだな、かえでは。」
「もお……ひなたの言ってること全然わかんないよ…。」
「くひひ、まぁいいや。
じゃぁ、送ってもらおうかな。
私を危険から守っておくれよ?」
そこで自分の言動が矛盾だらけだと気づいて恥ずかしくなった。
おそらく顔が真っ赤になっていると思う。
「くくく、男に二言はないよね、白い死神くん?」
「……ひなたはいじわるだ……。」
「きみがかわいいのがいけないんだろ。
さぁ、行こうか、かえで。」
ひなたはにやにやしながらカバンを持ってぼくの手をひいた。
ひなたといるとぼくはつい不安を忘れてしまう。
ひなたならほんとうにぼくの不幸を壊してくれるのかもしれない。
そう思うとこの変な小さな女の子が愛おしくも感じる。
ひなたの家は意外にも近くて歩いて15分くらいでついた。
その間にひなたは犬の糞を踏み、電柱に頭をぶつけた。
「たまたまだ。」
ぼくが弱音を吐くとひなたはそう吐き捨てる。
いや…ここまでくるとぼくのせいというかひなた自身に問題があるような気さえする。
「ここが私の家だ。
今日はいろいろ悪かったな。
いや、違うな。こういうときはありがとうと言えばいいのかな。」
「あはは…靴…ちゃんと洗いなよ?
ていうかきみ、ここに1人で住んでるの?」
庭もある立派な一軒家の前でここが自分の家だとひなたは言う。
「ママがね、とあるブランドの社長なんだよ。金銭感覚がおかしいやつで私のためにこの家を買ってくれて毎月のお金だってびっくりするくらい振り込んでくれる。
こっちまでおかしくなってくるよ、全く。」
「あはは……そうなんだ…。」
でもよかった。
お母さんと別に暮らしているっていうから仲でも悪いのかと思ってたけど…そんなことなくてひなたはちゃんとお母さんに愛されているみたいだ。
「それにしても意外に庭とかお手入れしてあるんだね。ひなたはそういうのめんどくさがってやらなさそうだからちょっとびっくりかも。」
「ああ、私じゃない。
1週間に1回部屋とか掃除してくれる人がくるんだよ。
今はそういう事業もあるんだよ、かえで。
いい勉強になっただろ?」
「………やっぱりきみは思った通りの人だね……。」
「ママが勝手に雇っていったんだよ。
それより明日も学校だ、早く帰ったほうがいい。」
「うん、じゃあね、ひなた。」
「じゃあな、かえで。また明日。」
ひなたが家の中に入るのを確認してぼくは自分の家に向かって歩き出す。
久しぶりに気持ちが軽い。
学校にいくのが嫌だった。
人を傷つけるのが怖かった。
佐田に絡まれる以外直接、いじめられることはなかったけど影で噂されるのはほんとうに辛かった。
直接的に絡んでくる佐田さえぼくにはましに思えた。
味方もいなくて1人で悩んで苦しくて明日なんか来なければいいって思ってた。
久しぶりに…ほんとうに久しぶりに明日が楽しみだって思えた。
「あの……。」
ひなたの家からの帰り道、ぼくと同い年くらいの女の子が声をかけてきた。
ひなたとは違ってショートな髪型の金髪のハーフっぽい顔立ちしたすらっとした女の子。
「どうかしたんですか?」
「私、今日この町に引っ越してきたんですけど、地理が全然わかんなくて…この辺にスーパーとかってありませんか?」
「スーパーならこの先をずっとまっすぐいけば見えてきますよ。」
「ほんと?ありがとう!
私、天本ゆかりっていうの。
あなた、高校生だよね、お名前は?」
「あ、えっと……白崎かえでって言います。」
「そっか!かえでくんね。
その制服、私が転校する学校だ。
もしクラスが一緒だったらそのときはよろしくね!じゃあ、ありがとね!」
そう言いながらその金髪の女の子は夜の中に消えていった。
「……なんだったんだろ……。」
急にタメ口になったから少しびっくりした。
家についたときにはもうそんな女の子のことなんて頭から離れてひなたと約束した明日のお弁当のことを考えていた。