たまたまだから
「さて、かえで。帰ろうか。」
その日の放課後、ひなたがぼくの席の前にきて声をかけてきた。
教室がざわめき、ぼくらが教室をでるまですべての視線がぼくらにあてられた。
当然と言えば当然なのだ。
白い死神と噂されみんなに怖がられているぼくに声をかけるやつがいるんだから。
しかもそれが誰とも仲良くしない黒崎ひなたとなればさらに驚きだろうな。
「……きみ、わざとみんなに聞こえるように声かけたでしょ?」
「友達と帰り道を一緒にすることのなにがおかしい?」
「……ともだち……。」
その言葉に自然と口元が緩んでしまう。
「くくく…それより見たか、あいつらのアホ面。特にブルドックなんて傑作だったな。
口と目をこんなにあけて驚いていたぞ。」
そう笑いながら口を大きく開き両手を使って目をめいいっぱいまで開ける。
佐田とは似ても似つかないかわいらしい変顔だ。
「それだけぼくは怖がられてるんだよ。」
「白い死神か。
なんというか、私たちの年代はそういうのが好きなんだろうな。
怖いものを仕立て上げて自分の安全を確保した上で遠くから見て噂して楽しむんだ。
きみの気も知らないでね。反吐がでるクソ野郎たちだ。」
「あはは……まぁひなたの言うようにたまたまかもしれないけど実際にそうだったんだから。噂したくもなるのかもね。」
「……きみはどっちの味方だ……。」
帰り道を歩きながらそんな話をする。
ひなたと話して意外だったのはひなたはよく喋るやつだってことだ。
クラスではいつも自分の席で外を見ていて誰とも喋らないやつなのに。
「いやな噂だ。それこそこの噂がきみを不幸にしてるじゃないか。
……ん?きみの家はそっちなのか?」
ちょうど十字路のところでぼくはひなたとは別の道を行こうとした。
「いや、家はそっちなんだけどこっちにあるスーパーが安くてね。いつも帰りに買い物してるんだよ。ひなたの家はそっちなの?」
「………そうだ。私の家はこっちだ。
ときに、きみ。今日のご飯はなににするつもりだ?」
「え?そーだなぁ、チャーハンでも作ろうかなって思ってるけど。」
「……そうか……チャーハンか………。」
ひなたの口からよだれがたれている…ように見えた。
「……きみ、一人暮らしだよね?
ぼくの家、そんなに遠くないしよかったら晩ごはん食べに来る?」
「なに?!い、いいのか?!」
「……ぷ………あははは!」
「な…なんだ?いきなり…。」
なんとなくひなたというやつがわかった気がした。
ひなたはただただ不器用なんだ。
自分でも人と話すのが苦手って言っていた。
そう、不器用なだけの人見知りなだけの普通の食い意地のはった女の子なんだ。
そう思うと笑いがおさえられなかった。
なんでこの子のこと今まで怖そうって思ってたんだろ。
「ごめん……なんでもないよ。
全然いいよ。むしろ食べにおいでよ。
きみの食べっぷり、嫌いじゃないから。」
「そ、そうか…?では遠慮なくお邪魔しようかな。」
「じゃぁ、一緒に買い物にいこうか。」
「そうだな。お供させてー
ぼくとひなたは十字路にいた。
ぼくは右側に、ひなたは道路を挟んで反対側にいた。
ひなたがぼくのほうに来るために道路を渡ろうとした瞬間、車のクラクションが聞こえた。
なにがおきたかわからなかった。
ただ宙を舞うひなたと急ブレーキをかけたであろう軽自動車が目にうつった。
ひなたが地面に叩きつけられる音で何が起きたかを把握できた。
ひなたは車にはねられたんだ。
「ひなた!!!!」
元いた場所から5メートルはとばされている。
「ご…ごめんなさい……わた…私……」
運転手が車からでてきて一緒にひなたのいるほうに向かう。
無理もないけどかなり気が動転している。
「早く救急車を!!」
「は…はい!!」
「いや、いい。呼ばなくていい。」
運転手が携帯をとり救急車を呼ぼうとしたときひなたが何事もなかったように立ち上がる。
「ひな……た……。」
「運転手さん、私はこの通り問題ない。
ここはお互いのためになかったことにしようじゃないか。」
「で…でも……。」
「私は早くかえでのチャーハンを食べたいんだよ。」
無理矢理、運転手を説得して帰らせたぼくらはスーパーで買い物をしている。
「……ほんとに大丈夫なの?」
「見てみろ、無傷だ。
まぁ、あっちもブレーキかけてたしたいしたスピードじゃなかったよ。」
「きみ、ふっとんでたよね?
地面に叩きつけられてたよね?」
「細かい男だな、きみは。
私は他より少し丈夫なんだよ。」
少しどころじゃないけど……まぁ無事ならなんでもいい。
「……ごめん……ぼくのせいで……」
「またきみは自分と一緒にいたからだって言うのか?何度も言うけどたまたまだ。」
「……でも……それにぼくがスーパーなんかにひなたを誘わなければ……」
「8回だよ。」
「え?」
「私が高校生になってから車にはねられた回数だよ。それ以前なんか数えきれないくらい同じ目にあってる。」
「高校生になってからって……きみ、1年ちょっとで8回も事故にあってるの!?」
「う…うるさい……人より体が頑丈な分、注意力が散漫になってしまうんだよ……。
まぁ…そんなわけだよ。別にきみがいたせいじゃない。それに……」
「それに?」
買い物かごの中身を見てからぼくの目を見て笑って言った。
「きみが晩ごはんに誘ってくれなきゃ今頃私は、きみが作ったチャーハンを想像しながら焼きそばパンでも食べてるだろうよ。
それこそ不幸だとは思わないか?」
普段が仏頂面だから笑うと別人に見えるくらい明るく愛想のあるように見えた。
「……ありがとう。そう言ってくれると少し気が楽だよ。
よーし!ひなたのために頑張ってチャーハン作るね!
あはは…まぁチャーハンなんて誰でもできる料理だけどね。」
「私はできないぞ。」
「………きみ、不器用そうだもんね。」
「失礼だな。そういうわけじゃなくてー
「お?白崎と黒崎じゃんかよ。
珍しい組み合わせだな。」
「あ、山下先生。」
声をかけてきたレトルト食品を大量に買い物かごにいれている女の人はぼくたちの担任の山下あけみだ。
スタイルもよくて美人だけどそこらへんの男よりも男らしい先生だ。
だから残念なことにいい年してまだ結婚できていない。
「2人で買い物ってあんたら、そんなに仲よかったのか?」
「知らなかったのか、先生?
私たちはそういう仲だよ。」
「ちょっと!誤解されること言うなよ!
あはは……友達ですよ、友達。しかも今日からはじまった仲です。」
「なんというか……きみは真面目すぎてつまらないやつだな。」
「なんだよそれ。」
「あーはいはい。仲いいのはわかったから。
お互いクラスでは浮いてる身だろ。担任としてはあんたらに友達ができたのは少し嬉しいね。」
そのときの先生の顔はほんとに嬉しそうだった。
先生はぼくの噂を知っている。
知っている上で相談にのってくれていた。
解決には至らなかったけど悪化することはなかった。
教員っていう立場ほど生徒の問題に関わるのは難しいことなのかもしれない。
ぼくはこの先生が嫌いじゃない。
「白崎……黒崎のこと頼むな。」
別れ際に先生は心配そうにぼくに言った。
きっとひなたにもいろいろあったのかもしれない。
「はい、任せてください!」
その言葉を聞いて満足したのか先生はレジに向かっていった。
「……きみはなにを任されたんだ?」
「ひなたのことだよ?」
「だから私のなにをだ?」
「あー……うーん……とりあえず今日チャーハンをごちそうしてあげなさいってことじゃない?」
「ああ、なるほど。
なら早く私たちもレジにいこう。
お金は私がだすよ。」
「え?いいよ、そんな高い値段でもないし。」
「遠慮するな。ママから毎月結構もらってるから………あれ……?」
鞄に手をつっこみどんどん不安な表情になっていく。
「どうしたの?」
「……財布がない……落としたのかも……」
「ほんとに?!もしかして車にはねられたときじゃない?!早く探しにいこうよ!」
「いや……2千円と小銭が入ってたくらいだから落としたのはいいんだけど…その……」
2千円ってぼくにとっては結構大金だけど………ひなたにとって問題はそこではないみたい。
「いいよ、ぼくが払うから。」
「で…でも……。」
ほんとうに申し訳なさそうにもじもじしている。責任感が強いのかいつものひなたらしくない。
「じゃぁ今回はぼくが払うってことで。
次回はひなたが払ってよ。それでいいかな?」
「………わ……わかった!次は私が払う!」
「あはは、よろしくね。」
またぼくはぼくと一緒にいることで友達を不幸にした。でもその友達は笑ってくれている。
ぼくにとってこれほど救いになることはない。
ぼくは単純で不器用でわかりやすい友達とチャーハンと明日のお弁当の材料を買いにレジに向かった。