きみと見るそれはとてもきれいで
「すごい雨だな。」
「そうだね。降られる前に着いてよかったよ。」
夏休みのとある1日、ぼくたちはなんとなく屋上でお弁当でも食べようかと学校に来ていた。学校に着いた途端、土砂降りの雨が降りはじめた。
「………せっかくきたのに………やむかな……。」
お弁当が入ってる紙袋を胸に抱き、不安そうに教室から空を眺めている。
「にわか雨っぽいしすぐ止むんじゃないかな。どうする?止むまで待ってみる?」
「……そうだな。きみとゆっくり話しをして腹をすかせてからでも悪くないな。
付き合ってくれるかな、かえで?」
「もちろん、喜んで。」
あれから…ぼくがひなたといることを決めたあの日から1カ月たった。
あれから結構いろいろあった。
あの日の次の日の土曜日の夜、ひなたのお母さんがきた。
「ママ……」
「ひなた!」
靴も脱がずぼくにも目もくれず玄関でひなたを抱きしめた。
「遅くなってごめん……ごめんね……!」
「……大丈夫だよ…ありがとう、ママ…。」
たぶん警察から連絡があって海外から飛んできたんだろう。
ひなたの意外と元気そうな顔を見て少し落ち着いたのだろう。
ようやくぼくの存在に気がついた。
「えっと……ひなたのお友達?」
「あ…いや……えっと……」
友達……なのかな…?
恋人……っていっても付き合うとは言ってないし……。
「違うよ、ママ。
私の大切な人だよ。」
おろおろしていた自分が恥ずかしい。
穴があるなら入りたい。
「……ひなたさんとお付き合いさせて頂いている白崎かえでです。」
「く…くひ……」
満足そうにこっちをみながら笑いをこらえている。
なるほど、言わされた。
「あら、いつの間に。
……それより、ひなた、あなた無事なの?」
「うん、かえでがいてくれたからなんともないよ。」
本心から言ってくれているんだと思うけど正直、ぼくはなにもしていない。
「………ひなた…やっぱり私たちとニューヨークで暮らさない?
一人暮らしなんてやっぱり危ないわよ。」
「え……」
ニューヨーク?
ひなたが………?
うろたえるぼくとは正反対にひなたは動じず冷静に答えた。
「ううん、私はここにいるよ、ママ。
私がいるとママ…パパのこと思い出しちゃうでしょ?
ママはあっちで今幸せにやってるんだから邪魔にはなりたくないんだ。」
「邪魔なわけないでしょ!
あなたは私のー
「それにね!……それに……まぁこっちの理由がほとんどなんだけど……私もやっと歩き出せた気がするんだ……だから…私はここにいたい…」
「………ひなた……」
「くひひ、でもたまには会いにきてほしいな……。」
「……当たり前よ…あなたは私の娘なんだなら。」
ひなたの父親のことは後になってひなたが話してくれた。
ひなたの父親は火事で死んだ。
火事の原因は5歳のひなたが父親がタバコを吸っているのを真似てまるめた紙に火をつけたためらしい。
火がまわり動けなくなったひなたを4階の窓から放り投げたらしい。
ひなたはずっと気にしてるんだ。
自分のせいで父親が死んでしまったことを。
母親が今夜は家に泊まるということでぼくは家に帰った。
次の日の朝5時にひなたの携帯から電話があり、公園に呼び出された。
相手はひなたの母親だったけど。
「あ、きたきた。
ごめんね、こんな朝早くに。」
タバコを携帯灰皿に押し付けながらぼくに手を振っている。
その横にはトランクケースがあった。
「こんな朝早くに帰っちゃうんですか?」
「まあね、無理してきたからさ。
ひなたにはきみから言っといてよ。
起こしても悪いと思って起こさないできたんだ。
はい、これ。あそこの合鍵だから。」
「………いいんですか?」
「いいよ、いいよ。
きみ、寝込みを襲えそうな子には見えないしね。」
「……そういうことではなくて…」
「…いいんだよ。ひなたも嫌がらないだろうし。これは私からの敬意だと思ってよ。」
「敬意……ですか?」
意味がよくわからず、聞き返すとひなたの母親は綺麗に深く深く頭を下げた。
「ひなたのことよろしくお願いします。」
この歳で大人から頭を下げられるとは思わなかった。
この人にとってはそれだけ大切なんだ。
「……はい…任せてください。」
「…ありがとう。それじゃあ、ひなたによろしくね。」
少し寂しそうな笑みを見せ、駅の方に向かっていった。
それをひなたが起きてから伝えた。
「そうか……」
ひなたも寂しそうな顔をして窓から遠くを見つめていた。
「……なかなか止まないな。」
「んー…止まなかったらどうする?」
時計は11時半を指している。
「とりあえずお昼まで待ってみるよ。
それから考えよう。」
「そうだね、そうしよう。」
誰もいない教室でただただ居心地のいい時間が過ぎていく。
以前は友達がたくさんできたらと思っていたけど、今は1人に依存している自分が嫌いではない。
「ときにきみ、天本ゆかりとはその後は話しはしているのか?
私が見た限りだと天本ゆかりもいつも通りの元気を見せているようだけど。」
「……うん、あの後は1回だけ話しをしたよ。それっきりかな。」
「………そうか。」
天本さんとはあれから1度話しをした。
天本さんに屋上に呼び出されて。
「あ……あのね…かえでくん……。
私……かえでくんに謝ろうと思って……」
「……ぼくのほうこそごめんね…あんな目に合わせて……」
「かえでくんは何も悪くないよ!
あのときは混乱してて……私…かえでくんにひどいこと……」
「……あれくらい大丈夫だよ。」
それにあれはやっぱりぼくのせいなんだから。
「そ…それでね……都合のいい話なのはわかってるけど…これからも前みたいに仲良くできないかな……?」
「天本さん……。」
そっと天本さんの手に触れた。
ほんの少し天本さんの体が震える。
「……ぼくのこと、怖い?」
「…………まだ…少しだけ……」
「……うん…謝ってくれただけでぼくは嬉しいよ…ありがとう……。」
「…………ごめんね……ほんとうに……ごめんね……」
涙を流す天本さんを置いてぼくは屋上をあとにした。
それ以来、天本さんとは話していない。
「よかったのか?
きみは友達を作りたいんだろ?」
「前まではそうだったかな。
でも今はきみがいてくれれば無理に作る必要なんてないって思うんだ。」
「……そうか。」
そっとひなたの手に触れる。
ひなたの体がすごい勢いでびくっとなる。
「な…なんだ?いきなり……」
「ぼくのこと、怖い?」
「な、なにを言っているんだ?
きみみたいなもやしが怖いわけがないだろう。」
顔を赤くしながらひなたが暴言を吐く。
「あはは、そうだよね。」
「なんなんだ、きみは…」
温かいなにかが心を満たしてくれる。
ひなたの手を強く握る。
しばらくして雨が止んだ。
「おお、ほんとに止んだぞ。
きみは預言者かなにかか?」
「相変わらずおおげさだなぁ。
じゃぁ屋上にいこっか。」
「あ?てめーら学校でなにやってんだ?」
教室の扉が開いたと思ったら佐田がきゃんきゃん吠える。
「……きみこそ、夏休みになにをやっているんだ?学校が大好きなのか?」
「うるせーな。
山下さんに呼び出されて手伝いしてんだよ。」
「相変わらず真面目だな。」
「殺すぞ?!
てめーらこそ、手なんか繋ぎやがって……イチャつくなら他所でやれよ。うっとおしい。」
「いやいや、屋上でお弁当でも食べようと思ってな。
よかったらきみも一緒にどうかな?
この前のお礼も兼ねて私のお弁当を半分あげようじゃないか。」
「作ったのぼくだけどね。」
「………そこまで言うならいいよ。
一緒してやるよ。山下さんも呼んでくるから先行ってろ。」
嬉しそうに教室をでていく。
実は佐田が学校にいるのは山下先生に聞いていて知っていた。
お弁当も多めに作っといている。
じゃなければひなたがお弁当をあげるなんて口が裂けても言わないだろう。
「……くくく、あれは意外とかわいいやつだな。」
「あはは…そうかもね。」
笑いあいながら教室をでて屋上を目指す。
「……私はいま幸せだよ。」
「うん、ぼくもだよ。」
「……幸せな私を見てパパは怒っているかな?」
「…ひなた……。」
「……私は…別に望んでいたわけじゃないけど1人で寂しく死んでいくものだと思っていたよ。
でもそれがパパへの償いになるならありなのかとも思っていたけど……今は1人が怖いと思う。無様で勝手なやつだな、私は。」
「……きっときみのお父さんもきみの幸せを喜んでるよ。」
俯くひなたの手をとって屋上の扉を開ける。
「ほら、見てよひなた。」
空に虹がかかっているのが見えた。
遠くに見えるそれは薄くて少なくともぼくの目には7色には見えない。
でもぼくはいま、虹をきれいって言った誰かと同じ景色を見ているんだと思う。




