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 次の日は休みの日だ。

 少しだけ、寝坊してもいい日。昼に近くなっている時計を見て、息を吐く。

 途中で俺が折れたため隣には南浜が寝ていたが、俺は無視して部屋を出る。

 適当に朝食を取り、シャワーを浴びる。

 シャワーの最中に進入してきた南浜を、全力で追い払う。

 おしゃれするでもなく、適当に着替える。

 着替えを手伝うという南浜を、丁重にお断りする。

 そうやって、特になにが起きるでもない休日の昼下がり、俺は目的もなく、外へと出た。

 目的はない。でも……予感があった。

「や、おにーさん」

 賑わっている商店街の入り口に、北川がいた。車いすをきこきこと動かして、こちらへとゆっくり近づいてくる。

「おひとり?」

 彼女はそう尋ねてくる。俺は「ああ」と小さく答えた。

「あの人は、知り合いじゃないの?」

 北川は電信柱に隠れている南浜を見て言う。

「ああ、違うぞ」

 俺はそう答えておく。電信柱の影で南浜が「ぐぎぎ」とハンカチを噛んだ。

「そ」

 北川は疑いの視線を向けてこちらを見るが、俺は口笛を吹いてごまかした。

「せっかく休みの日で会えたんだから。お散歩でもしよ?」

 北川は言う。断る理由はない。俺は頷いて、彼女の車いすの後ろに続いた。

 ついでに南浜に向かって、これも作戦だとアイコンタクト。南浜は嬉しそうに頷いた。うん、ちょろい。





 商店街の喧騒から外れた、静かな公園に俺たちは来ていた。

 中央にある大きな湖の周りには、犬の散歩をする人たちや、仲がよさそうにしているカップルがいる。そして、そのカップルを妨害しようとしている登の姿も見えた。

「静かね」

「そうだな」

 登のせいで言い合いになったカップルを横目に言う。

「ね、もうちょっと、近くに行かない?」

 噴水を指差して北川は言う。俺は頷いて、先に進むが、途中から段差になっていた。このままでは、車いすは進めない。

 俺が振り返ると、北川は車いすを降りてそのまま歩いてこちらに来ていた。

「気持ちいいね」

 手すりに身を預け、北川は言う。俺は彼女の隣に並んだ。

「願いごとは、決まった?」

 彼女はそう聞いてくる。俺は「いいや」とだけ答える。

「ま、そうだよね。いきなり言われて、すぐ決められるわけないよね」

 北川は手すりにあごを乗せて言った。

「北川の願いは、なんなんだ?」

 俺は改めて彼女に聞いてみる。

「言ったでしょ? わたしはね、歩けるようになりたいの」

 くるりと体を回転させて言う。

「それは、嘘だな」

 俺は確信してそう言った。

「……どうして、そう思うの?」

 彼女は言う。俺は息を吸い、呼吸を整える。

 穏やかな風が、体の中に入ってゆく。今なら、その、彼女を見て感じる違和感を、口に出来るような気がした。

「君は……本当は歩けるんじゃないか」

 俺の言葉に、彼女は驚きの表情を浮かべた。

「なんで、そう思うのかな?」

 彼女は手すりに乗っかって言う。

「理由なんかない……なんとなく、かな」

 俺はそう言った。彼女は手すりの上をとことこと歩きながら、

「ふふふ。おにーさんは面白いね」

 つま先でくるくると回るようにステップを踏みながら、北川は答えた。

「じゃ、逆に聞こうかな。もし、歩けるようになる、っていう願いがわたしの本当の願いじゃないとしたら、わたしの本当の願いは、なんだと思う?」

 北川はつま先で歩きながら言う。

「そんなのわからないよ」

 足を滑らせて手すりから落ちそうになった彼女を、俺は支えた。

「自分の願いですらわからないんだ。人が、本当に望んでいることなんて、俺にはわからない」

 俺は素直な気持ちを口にした。

 そりゃそうだ。他人が本当はなにを望んでいるかなんて、わからない。

 まして、命を賭けた戦いの末に得られるかもしれないという、強い願いだ。

 その人の過去を知っていても、その人の未来を知っていても、きっと、それはわかるはずのないことだ。

 だからこそ――俺は、迷っている。

 俺は、自分自身がどういう人間なのかもわからない。

 なぜということも、どうしてということも。

 タイプも、性格も、好みのタイプもよくわかっていない。俺には、俺がわからないときがある。

 そんな人間が、なにを願う? なにを願えばいい?

 この戦いの末に得られるものが、本当に俺の願いを叶えるのだとしたら。

 俺が、心のそこから望んでいるのものは――なんなのだろう?

「おにーさん、怖い顔」

 北川が間近で口にする。

 俺は彼女の手を上へと挙げる。彼女がつま先でくるくると回転した。

「願いごとの話ね。実は、わたしも、決めてないんだ」

 くるくるとステップを踏みながら北川は口にした。

「だって、そうでしょ? いきなり願いが叶うなんて言っても、なにを願えばいいのかわからない。そういうものだよ」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねる彼女の腰に手を回し、一緒に踊る。

「わたしのお母さんは、魔法使いだった。わたしにも、その力が色濃く残っていたから……だから、わたしも、魔法使いになった。そしてアイテムに、選ばれた」

 手を繋いでステップステップ。途中で俺は大きく背中を後ろに反らす。……うん? 男女逆じゃね?

「だから戦っている。今は、それだけでしかない。願いごととか、そういうことは、今は考えてない」

 彼女の掲げた手の中で俺はくるくると回る。やっぱり男女逆だ。近くのカップルがくすくすと笑っている。

「ふふふ。おにーさんの、言うとおりだよ」

 最後にふたりで決めポーズを決めてから、彼女は車いすの元へと戻る。

「わたしね、本当は、」

 車いすに改めて腰かけ、彼女は口にした。



「歩けるんだ」



 ……やっぱりか。

 俺は、どこかで納得した。

 彼女は強く車いすの手すりを持ち、力を入れて立ち上がろうとする。俺が駆け寄ろうとすると、「来ないで」と強く口にした。

「ふふふ……久しぶりに立ち上がろうとすると、こんなもんだよね。まるで、つま先でずっとダンスを踊っていたみたい」

 まさにその通りだ。

 それでも彼女は、震える足で、腕に力を入れ、立ち上がった。

「ほら……立てる」

 そして、二本の足で立ち上がった彼女はそう言った。

「だったらなんで、歩けないふりなんかしていたんだ」

 そう言いつつも、なんとなくその答えを俺はわかっていた。ポケットの中に、手を入れる。

「簡単な話だよ」

 ばん、と、車いすを叩く。

 たちまち、車輪からミサイルのようなものが飛び出してきた。

「わたしの、魔法のアイテム」

 もう一度、車いすを叩く。

「それがこの、車いすだからだよ!」

 ミサイルが飛んだ。飛んできたミサイルを俺はポケットから取り出した百の槍で叩く。ミサイルは爆発し、爆風が俺を襲った。

「お互い、難しい顔をするのはなしにしよ、おにーさん!」

 北川の車いすが勝手に動き出した。ものすごいスピードで地面を滑る。

「ただ、強いほうが勝つ! 勝つべきほうが勝つ! そのほうが、シンプルでいいよね!」

 ――そうか。彼女のアイテムは、車いすだったのか。

 この戦いのため、七つのアイテムがそろうときのために、彼女はずっと、自分の姿を偽ってきたのか。

 そして、ついに、その偽ってきた自分を、解き放とうとしている。

 強い意志を持って。強い決意を持って。

 彼女は……強い。

 それでも、

「悪いけど……負けない。負けられない」

 俺はそう口にした。

 俺はまだ、なんの結論も出してないのだ。

 なんの意思も、決意もない。

 そんな人間は、早くリタイアすべきだろうか。

 そうかもしれない。でも、俺は、自分自身で、確かめたかった。

 俺が、このわけのわからない戦いの中で本当に欲するものはなんなのか。

 それがいざ叶うというとき……俺は、どんな顔をするのかを。

「いくぞ北川!」

「うん、全力で行くよ、おにーさん!」

 だからこそ。

 今、目の前にいるこの少女に……負けるわけにはいかなかった。





 彼女の車いすの具体的な能力はわからない。

 ただ、ミサイルやらマシンガンやら、いろいろな武器が内蔵されているということ。

 内蔵というよりは召喚なのだろうか。原理はわからない。

 問題はそれ意外の能力があるかどうかだが、現時点でそれはわからない。

 とりあえずは百の槍の能力、『弾く能力』が効いてくれているようで、遠距離からの攻撃は俺には届かない。

「ならっ!」

 そして、もうひとつは車いすを自発的に走らせる能力。

 ものすごいスピードだ。俺が全力で走っても追いつけないくらい。

 その速度を使って、今度は彼女は接近してきた。巨大なハンマーを手に、頭上から振り下ろしてくる。

 それを俺は百の槍の能力を使って手を出し、なんとか抑えた。

「便利だね、その槍は!」

「その車いすもな!」

 噴水の周りを走りながら、叫びあう。

 お互いに、攻撃の機会はあるが、決定期を逃している。向こうの攻撃は槍が防ぎ、こちらの攻撃も、車いす本体にダメージは与えられていないようだ。

 だとしたら……新しい能力を使うべきか。だが、どのような能力を使えば相手を倒せるのか、見当がつかない。

 しばらくは防戦するしかない……俺はこの戦いが、長い戦いになるのを覚悟した。

「油断だよ、おにーさん!」

 そんなことを考えているうちに、一気に距離を詰められる。ハンマーの攻撃は槍で防いだが、ハンマーをぶつけた衝撃で、彼女は車いすごと、体を回す。

 車いすの車輪から足が出てきて、俺の体を薙ごうとする。俺は無理な姿勢から無理やり体を空へと浮かせ、なんとか避けた。

「よく避けたね」

 そのまま空中で回転し、着地。近くにいたスーツの男が「10.0」という札を掲げていた。

「でも、これは避けれる!?」

 着地と同時、車輪から出てきたのは再びミサイルだ。近距離で、発射される。

「百の槍!」

 俺は叫び、槍を地面に突き立てた。槍に体重をかけ、体を大きく持ち上げる。

 ついでにそこに白いバーがあったため、それに触れないように飛び越えておく。さっきの男が白旗を掲げ、「日本新記録です!」というアナウンスが聞こえた。俺はマットの上に降り立った後、手を振って観客の声援に答える。

「使いこなせてるね、その槍の能力!」

 北川は逆の車輪からマシンガンを乱射する。俺はそれをマットを立てて防いだ。

「そっちもな!」

 が、マットがマシンガンを防ぐはずもなく俺の体は蜂の巣になった。

 槍を使いこなせているかはともかく、身体能力に関しては西村のトレーニングが響いている。考えるより動くということが、身を守るためには必要だということがよくわかっていた。

 俺はシルクハットを脱いだ。たちまち俺の体はいくつものハトに代わり、全く別の場所に俺の体が現れる。観客の拍手とスーツの男の「11.0」の札を見ながら、俺は槍を握って北川に迫る。

「くっ!」

 北川はハンマーで俺の攻撃を防ぐ。が、全力で振りかぶった攻撃を食らったせいか、彼女は大きく弾け跳んだ。それを途中にあった跳び箱に手を載せ、くるんくるんと回転しながら着地した。

 スーツの男が「13.0」と掲げている。満点はなんぼだ。

「はあ、はあ……」

 息が荒い。激しい戦いは、互いをひたすら消耗させている。

 それでいて、決定的なダメージが与えられていない。

 基本的に攻撃に重きを置いている彼女のアイテムと、現時点で、防御に比重を置いている俺の槍。戦いが長引くことは覚悟したが、ここまでなにもなく戦いが続くとは。

 だが、相手の能力が本当にすべてなのかがわからない上、どんな能力を付与すればいいのかも思いつかない。

 北川も疲れてはいるだろうが、動きはすべて車いすだ。彼女自身の体力の疲弊は、俺よりも少ないだろう。

 だとすると、これ以上戦いが長引くのは不利だ。

 なにか、いい方法はないか……どうにかして、車いすを止める方法は。



 車いすを、止める?

 そうだ! 俺はひとつ、思いついた。



「なんか、いいアイデアが浮かんだぞ、っていう顔しているね」

 北川は言う。

「ああ」

 俺は答えた。

「なら、次が最後の一撃かな」

 北川の車いす、右の車輪からミサイル、左にはマシンガン。そして、後ろから出てきたハンマーを両手に構える。

 俺も槍を構えた。チャンスはそう多くはない。その少ないチャンスを、いかにしてものにするか。

 わずかに足を広げ、構える。

 近くにいた人が、空き缶を投げた。それが、くずかごへと向かう。

 それが落ちたときが、勝負。

 俺たちは、お互いに息を呑んだ。

 もう少し。

 もう少しだ。 

「それーっ!」

 それを途中でどこかのガキが蹴り飛ばした。

 仕切りなおしだ。俺たちは集中しなおす。

 ガキが蹴り飛ばした空き缶が落ちたときが、勝負だ。

 ちゃぽん、と間抜けな音がした。どうやら噴水に落ちたようだ。

「行くよ、おにーさん!」

 北川が車いすと共に駆けてくる。

「っ! 百の槍、俺の声に答えろ!」

 予想外の出来事に一瞬だけ俺は出遅れたが、叫ぶ。

 百の槍の、新たな能力が発動される。光に包まれた百の槍が、俺の手の中でふたつに別れた。

「槍をふたつにした!?」

 北川が叫ぶ。

 その通りだ。

 俺は、百の槍の新たな能力で、槍をふたつに分割させた。

 おかげで一本ずつはそれぞれ短くなってしまった。その代わり、取り回しはよくなる。

「ふたつになったって!」

 北川が叫ぶが、すでに遅い。

 すれ違い際、彼女が俺に視線を向けるとき、俺は、勝利を確信した。

 なぜ、槍をふたつにしたか。

 それは、こういう理由だ。

「でやーっ!」

 俺は叫んだ。

 そして、車いすのタイヤの隙間に、片方の槍を差し込んだ。

「なっ!?」

 北川が驚きの声を上げた。

 そう。

 いたずらで、傘を自転車のタイヤに差したりしなかっただろうか。

 あるいは傘を持って自転車に乗って、タイヤに傘が巻き込まれてひどい目に遭わなかっただろうか。

 俺は……それを実行した。

「そんな……動かない!」

 タイヤにはしっかりと槍が差し込まれている。彼女の車いすは、動かない。

「くっ!」

 彼女は歩ける。立ち上がることもできる。

 が、すぐ後ろには俺がいる。立ち上がるということは、まだ戦うつもりだということ。

 ただ、立ち上がって槍を引き抜いているあいだは、隙だらけだ。彼女は車いすに腰掛けないと、なにも使えない。俺は、そう読んでいた。そしてそれは――見事に当たっていたらしい。

「くっ……」

 立ち上がろうとしても、彼女は立ち上がれない。

 攻撃しようにも、武器はすべて前を向いている。

 残るは彼女の手にある巨大なハンマーだが、座っている以上、後ろには振れない。

 確信した。俺の、勝ちだ。

「北川。悪いけど、これ以上の抵抗はしないでほしい」

 俺はもう一本の槍を彼女に向けた。

「素直に負けを認めて、この車いすを俺に渡してくれ」

 俺はそう言う。彼女が悔しそうにしているのが、後ろからもわかった。

「負けを認めろ、だって。これは、本当に命を賭けた真剣勝負なんだよ。そんな言葉で、負けを認めると思ってるの?」

 北川は必死にタイヤを動かす。槍はしっかりと車輪に食い込んでいて、動かない。

 念のためもっとしっかりと食い込ませておく。「ああっ!」と北川が声を上げた。

「俺は、命を賭けているつもりはない」

 静かなトーンで口を開く。

「頼む、北川。あきらめてくれ」

「嫌よ!」

 ぎしぎしとタイヤを動かそうとし、北川は叫ぶ。

「この車いすがないと……わたしは、学校へ行けないっ」

 必死の叫びが、後ろにいる俺の耳にも届く。

「みんな、わたしが本当は歩けることを知らないんだから! 車いすがないと、わたし、わたし……」

 本当に知らないんだろうか。実は、みんな知っているのではないだろうか。

 俺は、大きく息を吐いた。

 次に、彼女を説得する言葉を考えながら。

 命を奪うつもりもない。

 もちろん、彼女の足である車いすを奪うつもりもない。

 だから説得しようとした。

「甘いですね。あなたは」

 だからこそ、影が飛んできたとき、俺はとっさに彼女の体を持ち上げていた。

 そのまま、地面に倒れ込む。先ほどまで彼女が座っていた車いすが、真っ二つに割れるのが見えた。

「わたしのいすが!」

 彼女が叫んだ。

 強い風がやむと、見えたのはふたつに割れたいす。そうか。彼女のアイテムは「車いす」じゃない。「イス」なんだ。

 そして、その、真っ二つに割れたいすの前に立っていたのは……

「冬深!」

 メガネを持ち上げ、冬深がそこに立ち尽くしていた。

「なるほど。これが、魔法のアイテム。『イス』だということですね」

 冬深はメガネを持ち上げて言う。

「やめて! 返して! わたしのイスを!」

 北川が立ち上がる。

 が、冬深は両手でそのイスを持つと、

「このアイテムは、もらっていきます」

 それを持って、背中にしょった。

「冬深、お前、俺が戦っていたって言うのに!」

「そんなことは関係ありません」

 冬深はメガネを持ち上げ、

「アイテムは奪い取るものですよ」

 言葉を紡ぐ。

「このっ!」

 俺は地面に落ちていた槍を拾い上げ、二本の槍を再び一本にまとめて奴へと伸ばした。

 ――が、攻撃を冬深はまっすぐ手を伸ばして防ぐ。その手の先に辞書が広がり、俺の槍を抑えていた。

「くそっ!」

 槍を引き、再び攻撃を仕掛けるが、それも辞書によって防がれてしまう。

 ダメだ。正面からの攻撃では、やはり、ダメージを与えられない……

「大地!」

 叫び声と共に、電撃が走った。

 電撃はちょうど俺と冬深のあいだに落ちる。冬深が大きく後ろに跳ねてそれを避けた。

「ふん……二体一でも、負ける気はしませんが、」

 冬深はイスを背負いなおし、

「これがある以上は戦いづらいですね」

 そのように言う。

「ですが――これ以上、あなたと遊んでいるような時間も惜しい。魔法使いは、あなただけではないのですからね」

 メガネを持ち上げて、言葉を続ける。

「決着をつけましょう。今夜、日が沈んでから。学校の校庭で待っていますよ」

 そしてそのように言い、辞書に乗って飛んでいった。

「また逃げるのか!」

 俺は叫んで追おうとする。が、さっきの電撃で体がビリビリしていて動けなかった。

 冬深は答えず、小さく笑ってそのまま去った。

「大地……」

 東山が俺の隣に並んで、冬深が消えていった空を見つめる。

「また逃げられたな……」

 俺は黒こげになった顔を東山に向けて言う。

「そうみたいね」

 東山は俺の顔を見て笑いをこらえた。

「それに……」

 口元を抑えながら振り返る。

 北川は地面に倒れ込んだまま、悔しそうに拳を握りしめていた。


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