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 委員長――南浜との戦いのあと、気づけば俺は百の槍があった場所、魔法の木の近くで眠っていた。

 どうしてこんな場所にいたのか。思い出そうとしても、頭が痛くて思い出せない。

 南浜との戦いと、その最中に現れた、西村。そして、ほかにも魔法使いが存在するという事実。

 それらの重い事実が、俺の中に残っていることはわかる。そのせいで、なにも覚えてないのだろう。

 息を吐いて、空を見上げる。屋上の金網を、業者の人が治しているのがちょうど真上に見えた。

 今はまだ、屋上の金網が壊れるくらいで済んではいるが。

 これからの戦いは、きっと熾烈を究めるのだろう。俺は、小さく息を吐いた。

 それからは授業に出るような気分でもなく、ただ、ふらふらと学校の周りを歩いていた。

 普通の進学校で、そこそこ成績のいい連中が集まっているこの学校が、魔法使いたちの戦いの舞台になるなんて。

 授業中に暇だから妄想しているような出来事が、実際に起こっている。そして、自分はその当事者なのだ。

 とても信じられないが、ポケットの中に忍ばせてある『百の槍』と『魔法のメガネ』を見ると、それも真実なのだと気づく。

 問題は、「なぜ」かということか。なぜ俺が、選ばれたのか。そして、なぜこの学校の正門前には、某ファーストフード店の前に必ず存在する人形が、立っているのか。

 その疑問は、いつかわかるのだろうか。いつか、答えを導き出せるのだろうか。

 小さく息を吐いて、俺はその鶏肉を売って有名になった人物を模した人形の頭を撫でた。


 今はわからない。だが必ず、答えが示される日が来る。


 そんな声が聞こえた気がした。もちろん、空耳だ。人形の口元が動いたような気もするが、それも気のせいだ。



 学校内に入ると、そこは明るい雰囲気に包まれていた。時計を見ると、ちょうど昼休みになったところだ。

 本来なら委員長との戦いはこの時間だった。早めに解決したはいいが、逆に多くの問題を抱えてしまったわけだ。

「お前、授業サボってドコ行ってたんだよ」

 廊下を歩いていると登に偶然出会う。

「センセはカンカンだし、委員長はイメチェンするし、大変だったんだからな」

 続けて言う。南浜はあのあと教室に行ったのか。新しいメガネの彼女の評価というのも、気になるところだ。

 俺は別にぃと小さく答え、そのまま歩き出すことにした。細かいことは言えないし、言ったところで信じないだろう。だったら、サボったということにしておいたほうが気分的には楽だ。

 ……と、そこまで考えてふと思い出したことがあった。この登という人間は、意外と情報網が広い。どこどこのクラスのなんとかが誰かを好きで云々とか、その手の噂話は不気味なくらい知っている。

「なあ登、お前、魔法使いについてなにか知っているか?」

 その情報網に少々期待を抱いてしまい、俺はついそんなことを聞いてしまったのだった。

「魔法使い? 三十になっても性経験のない男性のことか?」

「誰もお前の十数年後の話なんてしてねえよ」

 登はマジ泣きして両手を振り回して追いかけてきて、しばらくは学校中を逃げ回った。

「この学校に魔法使いがいるっていう噂を聞いてさ、お前なら知ってるかなと思って」

 ひざに手を当てて言う。

「なんだそれは。箒で空飛んだり手から炎を出したりハンドパワーを使えたりする人間か」

 最後のは違うと思う。

「いや、具体的に言うなら……メガネからビームを撃ったりなにもないところか銃を取り出したり体を獣に変化させたりそういう感じかな」

「なんだそりゃ」

 登はあきれた顔で言う。

「どこのファンタジー映画だよ。そんなものがこの学校にあるわけないだろう」

「だよなあ」

 当然といえば当然の反応だ。

 ちょっとした噂くらいなら聞いているかもと思ったが、さすがにそんなことないか。俺は「もういいや」と言って手を振り登の近くから離れる。

「っと、ごめん」

 が、廊下の角で誰かにぶつかりそうになり、俺は足を止めた。

「いえ……こちらこそ、すいません」

 そこにいたのは女の子だった。それも、ただの女の子じゃない。

 

 その子は車いすに座っていた。

 

 その女の子は手で一生懸命タイヤを回し、階段の横にあるエレベーターのボタンを押す。

「一年生の、北川 りく (きたがわ りく)だな」

 いつの間にか近くに来ていた登が声を上げた。

「事故で半身不随、一生車いすなんだと」

 この学校には、一般的な学校には珍しくエレベーターが存在した。その理由が、彼女だ。彼女がこの学校に進学するにあたって作ったとか、そんな話を聞いたことがある。

「ちなみに儚げ美人タイプ、健気で気遣いがうまく笑顔は天使のように可愛い、と。一年女子は地味な子が多いが、そんな中でも彼女は上位種だな」

 一年女子から投げつけられる包丁やらなにやらを避けながら登が口にする。

「でもま、ずっと車いすらしいから、恋人にするには少々重いけどな。どうしても好きになったなら、ちゃんと覚悟するんだぞ」

 登はそんなことを言い、立ち去った。

「車いす、か」

 俺は少しの間、彼女の様子を見ていた。エレベーターが到着し、扉が開く。車いすを押して入ろうとするが、斜めに入ろうとしたからか、タイヤが隙間に入り込んで、動けなくなってしまったようだ。彼女はどうにかしようと体重をかけたりするが、車いすはびくともしなかった。

 俺は彼女の元へ向かおうとしたが、その前に彼女は車いすから立ち上がって、自ら車いすを持ち上げた。その後、再び車いすに座って、今度はちゃんとエレベーターに乗る。

「大変そうだな」

 そう小さく口にする。エレベーターの扉が閉まるまで、俺はその、小さな背中をずっと見つめていた。

 そのときに俺が感じたのは、ちょっとした予感だ。できれば外れていてほしいその予感を確かめるべく、俺は階段を上がっていった。




「一年生の、北川りく?」

 手作りと思われる小振りの弁当箱を持った東山が、箸を持つ手を止めて口を開く。

「一応、転校してくる前に生徒のことはある程度調べたけど……あの、車いすの子よね? なに、彼女が魔法使いかもしれないってこと?」

 俺は小さく頷いた。

「根拠は?」

 が、次の言葉に俺は反応することができなかった。なんとなく、そんな感じがする。確かにそんなものは、なんの根拠にもならない。

 それを口にすると、東山は大きく息を吐いた。

「予感で魔法使いがわかるなら、そんな簡単なことはないわよ。それに、それが事実だとしても、相手が認めないとどうしようもないわ。問題は魔法使いか否かじゃなく、『なんの魔法のアイテムを持っているか』なんだから」

 この戦いは七つのアイテムを巡る戦いだ。そうなると、もし仮に相手を先に殺したとしても、魔法のアイテムがわからないとどうしようもないのか。

 なるほど、とついつい納得してしまう。

「わかったなら放っておいて。私はお弁当を食べてるの」

 それで話は終わりだとでも言うように、東山は言う。俺は「わかったよ」と口にして、個室のドアを閉めた。

 東山との協力体制は、どうなるのだろうか。そもそもなぜ協力したかというと、彼女のアイテム――レールガンでは俺に勝てないと踏んだ、保険のようなものだ。引き替えに、俺は情報を得た。

 だとすると、委員長を倒した――メンバーが減っている以上、協力体制が歪むというのも事実。それに、今俺は自身で情報を得ようとしている。おまけに、ルールなどについては、ある程度は把握してしまった。

 いつかは、東山とも再び戦わないといけない。

 それをわかっているからだろうか、彼女の、ちょっと冷たいとも思える態度は。

 息を吐いて、男子トイレから出る。

 とにかく東山から情報は得られそうにない。となると、次の対戦相手については自分で探すほかないわけだ。





「柔道に空手、剣道にボクシング、いろいろな格闘技に精通する、格闘少女だ」


 その状況になると、頼れる人物もあまりいない。とりあえず登から、西村のプロフィールは掴んでおく。

「格闘技に精通しつつもあのスタイルの良さと性格のよさ、おまけに、捨て猫がいると拾う優しさ。おまけで彼女の家には猫がいっぱいいるという話だな」

 聞けば聞くほど、なんの隙もないプロフィールだ。特に俺からすれば、槍は剣とかよりはリーチが長いとはいえ、ある程度接近しないといけない。

 そうなると、向こうにとっても絶好の距離ということだ。近づけばこちらが有利になるレールガンとは違う。完全に、実力のみでぶつからないといけない。

「と、いうわけでかなりモテる。あいつに告白した人間はすでに二桁。だが、向こうは男と付き合う気がないのか、付き合う条件としてひとつあげているのは、『自分より強い男』だそうだ」

「それは……」

 実に厳しい条件だ。

「だから、付き合いたいなら腕っ節をあげろ」

「誰も付き合いたいなんて言ってない」

 俺は息を吐いて登の軽口に答えた。

「ちなみに、その二桁の中の何番目がお前なんだ?」

「三番目と七番目だ」

「どうなった」

「最初は普通に断られて、次に腕っぷしをあげてきたから付き合ってくれと言ったら、蹴り飛ばされた」

 俺はなにも言えなかった。

 それ以外に、得られる情報はなさそうだ。俺は息を吐いて、自分の席に着く。

 聞こえてくるのはクラスメイトの話し声だ。わずかな休み時間のあいだとはいえ、よく話題が続くなと思うくらい、皆が話し込んで盛り上がっている。

「でね、『俺がずっと、お前の目の代わりにになってやる』って言って、このメガネをくれたの。チラっ」

 委員長――南浜の声が聞こえた気がして、そちらに向く。なにを話しているのかは聞こえなかったが、なぜか目が合った。

「そっかー。それで委員長、急にメガネ変えたんだね」

 周りの女子生徒がうんうんと頷く。

「ま、いいんじゃない、似合ってるし。前の地味な感じよりかはずっと」

「……私、地味だった?」

「あ……あー、うーんとね、あの、ちょっとだけね」

「そう……」

 メガネを変えてもなんとかやっていけているようだ。会話は聞こえないが、クラスメイト達とは普段どおりに話せている。少しだけ、俺は安心した。



 次の休み時間になぜか南浜が金髪でやってきて先生に怒られるということがあったが、それ以外は特に事件もなく、平和なままその日は幕を下ろした。

 夕方には家に東山も来たが、特に話すこともなく、状況の確認だけで話も終わった。

 なんなら着替えたらどうだとメイド服を勧めておいたが、断られた。そのときの冷たい表情は、おそらく二度と忘れることはないだろう。


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