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あくびを噛み締め、俺は上履きに靴を履き替える。
靴の上にハートマーク付きの手紙が置いてあるという幻想は、今日も見事に打ち砕かれた。「夢もあきらめなければ現実になる」と言っていた有名人の言葉を忘れずに今日も祈りを捧げていたのだが、願いは届かなかったようだ。
仕方なく、俺は隣の下駄箱に入っていた手紙らしきものをゴミ箱へと投げ入れ、そのまま教室へと向かう。
教室に入ると、窓際かつ一番後ろという絶妙な位置で、クラスメイトで友人でもある秋谷 登 (あきたに のぼる)がいつも通り、卑猥な雑誌を広げて読みいっていた。女子が可能な限り彼と距離を取り、教室は大きく二分している。
「よ、大地、おはようさん」
俺の姿を見ると、登は卑猥な雑誌を持ち上げて挨拶する。彼の隣という最悪の位置に自分の席があることを恨みつつ、息を吐きながら彼の隣へ。
「おい、見てくれよ。前に話していた新人の子だ。見ろ、可愛いだろ?」
登は雑誌を見せつけて言う。
「朝から変な本を広げるなよ、女子が逃げてるぞ」
俺は息を吐いて言うが、
「こんなに清楚で可憐で男に尽くす女の子が世間にはいるっていうのに、どうしてそんなかあいい女の子が近くにいないんだろうな。全くだぜ」
俺の話は全く聞かず、登はそう話す。
「この教室にいるのは男を敵と思っているようなメスブタとゴリラだけだもんな。モテない連中が多いのもわかる」
うんうん、と頷いて言う。たちまち女子からカッターやらコンパスやら金ダライが飛んでくる。俺はノートを広げてガードした。
「そういうことを声にするな。俺まで殺されそうになってる」
カッターなどがぶすぶす突き刺さっている登に言う。
「お前だって思ってるだろ? 言わずとも俺にはわかるよ」
親指を立てて言う。たちまち俺の元へもサバイバルナイフや包丁が飛んでくるが、
「思ってないよ。このクラスには可愛い子が多いって、他のクラスからは話題だぞ」
俺がそう言うと、たちまち女子が俺の周りに集まってきて腕を取ったり胸元を指でなぞったりほっぺにキスしたりしてきた。
「そうなのか。俺は思わないけどなあ」
登が言う。彼の周りにはコンクリート片やら自動販売機やら校長先生やらが飛び交っていた。
「ま、そんな夢も希望もないクラスに、今日は朗報があるんだ」
飛んできた自動販売機からジュースを買い、校長先生に渡してから登は言う。
「転校生が来るそうだぞ」
「転校生?」
その聞き慣れない単語に、俺はそのまま返す。
「ああ。転校生だ。しかも超絶美人らしい」
登は言う。どこからそんな情報を仕入れたのか知らないが、彼は興奮気味に鼻息を荒くしている。
「まだ五月半ばだからな。これからその転校生と仲良くなって、ラブイチャな関係になってやるぜ。ひひひ」
俺と女子たちは「ないない」と手を振る。
「顔だけが女の子じゃないだろう」
クラスの女子たちに胴上げされながら、俺は言う。
「女は顔と胸だよ。わかってないな」
指を振って言う登が、クラス委員長のメガネから発射されたビームで爆発した。
これでしばらくは大人しくなるな……と息を吐いて席に着くと、ちょうど、担任が入ってきた。
「おら、席に着けガキども」
担任は姉御肌の女性、中宮 天 (なかみや てん)だ。タバコを口に加え、いつもめんどくさそうにしているのが、彼女のいつもの姿だ。はだけたレディーススーツに登が復活して起きあがる。
「今日は転校生がウチのクラスに来ている。そうでなくても面倒なのに人数が増えるとか冗談じゃないが、ま、仲良くやってくれ」
中宮先生はタバコを吹かしてそう口にした。
「ほら、入ってこい」
そして、廊下に向かってそう口にする。
入ってきたのは、長い髪を後ろで一本にまとめた、いわゆるポニーテールの女の子だった。キリっとした鋭い視線と、制服の上からでもわかるスタイルのよさ。――なるほど確かに、登が騒ぐだけのことはある。
「……東山 そら (ひがしやま そら)です。よろしくお願いします」
転校生はぺこりと小さくお辞儀をして言う。ポニーテールが跳ね、前の席の男子生徒に直撃する。男子生徒は至福の表情で後ろへと倒れこんだ。
たちまち、女子から可愛いコールが響き、男子からはラブレターが投げ込まれた。
そんな賑やかな様子にも、転校生は表情も変えず、ただ鋭い表情で生徒の顔を見回していた。
転校生と目が合った……とか、隣になった、とかいうラブコメのような展開もなく。転校生は廊下側の一番後ろの席について、授業が始まるまで、クラスメイトたちからの質問を受けていた。
俺はその様子を遠巻きに眺めていた。その隙間から見える彼女の印象は、なんというか、ミステリアスな感じがした。
なんというか――誰も知らないような秘密を抱えているような、そんな感じ。なぜ、そのように感じたのかはわからない。ただなんとなく、そう思った。
それからは、休み時間のたびに転校生の周りに人が集るくらいで、特に変わったことは起きなかった。部活の勧誘は「まだ決めてないの」と一言で断り、男子の告白攻勢はクールに聞き流す。前の学校の話も簡潔に無難に済ませ、なんとなく、転校に慣れているんじゃないか、とも思うくらいだ。
それに、俺は一切参加しなかった。今から気に入られようと男子は果敢にアタックしにに行っていたが、女子から煙たがられるだけでなにも起きなかった。登が近づこうとすると、女子にフルボッコにされてすぐさま戻ってきた。
そんな感じで、いつもよりも少しだけ賑やかな一日は、あっという間に終わった。
放課後、俺は図書室に寄っていた。騒音もなく、静かなこの場所は何というか落ち着く。
試験前は勉強している生徒であふれるこの場所も、今はほとんど人がいない。分厚い辞書を周りに浮かべて、それを次々と手にとって読み入っている真面目そうな男と、難しそうな本を読んでいるメガネの女の子くらいだ。見覚えがあると思えば、ウチのクラスの委員長だった。メガネがかしゃかしゃと音を立てている。どうやら、あのメガネはカメラにもなるらしい。
適当に本を取ってぱらぱらとめくり、面白そうなら読む。そんなことを数回繰り返し、すでに外は日が暮れていて、空は赤く染まっている。
そんな景色に目を奪われていたからか、近くに人がいたのに気づかなかった。肩がぶつかる。俺の体はよろめいた。
「あ、ごめーん」
肩がぶつかっても動じない、ひとりの女子生徒がそこにいた。隣のクラスの、可愛いと評判の西村 冥 (にしむら めい)だ。
女子にもかかわらず身長は170ほどあって、足もすらっとして長く、まるでモデルのような体型。しかも噂によると、黒帯を持っているという格闘娘だとか。おかげで、男子だけにとどまらず、女子にも人気の生徒だ。
「大丈夫?」
彼女は俺の顔をのぞき込むように言う。後ろに手を組み、軽く前のめりになって上目遣いの彼女は、確かに可愛いとかっこいいが混在する、素敵な女性だと思った。
「大丈夫。ごめん、よそ見してて」
「あはは、いーよー。ボクのほうこそ、ゴメンね?」
明るい笑顔で言う。彼女は小さく手を振って歩いていき、動物の赤ちゃんの写真集を本棚に戻していた。見た目のかっこよさとは裏腹の可愛らしい趣味に、俺は少しだけ笑みを浮かべた。
「……帰るか」
誰にともなくつぶやいて、俺はそのまま図書館を出る。気づけば、クラス委員長も辞書の男も、図書館からいなくなっていた。
――ふと廊下の窓から外を見ると、転校生が校舎の裏を歩いていた。
放課後もまだいろいろな生徒から声をかけられたり、部活に勧誘されたりしていたはずだが……彼女は今、ひとりだ。
普段の俺ならそんなこと気にもとめないだろう。登のように、なにか、下心があったわけでもない。ただなんとなく、気になった。
俺は廊下で練習をしている卓球部の部員を跳び箱のように飛び越え、廊下を走っていた柔道部の部員を投げ飛ばし、柔道部主将の勧誘を丁重に断ってから、外へと出た。そして、校舎の裏へ。先ほどまで転校生が歩いていた場所に足を運ぶ。
――そこは、この学校の生徒なら、誰もが知っている場所だ。
『魔法の木』と呼ばれている、一本の大きな木がそこにある。この木の下で告白すると、必ず幸せになれるという話だ。現に今も男子生徒が女子生徒を呼びだして告白し、玉砕したのか泣きながら走っていった。
女子生徒が携帯電話で友人らしき人物に「コクられてさー、同じクラスのあいつー。マジありえねー」とか電話で話してからその場を去り、それを近くで体育座りして待っていた俺は木の下へとやってきた。
なんというか、変な感じ。
急に周りの温度が変わったような、自分の体温が上がったような、そんな感覚があった。なんだろう――と思った俺が、ふと、木の根本を見ると、そこにはなにかがあった。
一本の、長い棒……いや、槍か?
陸上部かどこかで使っているようなものにも、誰かの忘れ物にも見えない、博物館かどこかに飾ってありそうな、銀に光るまさに「武器」という感じがしっくりくる。
そんな不思議な槍は、まるで俺を待っていたのかのように、光り輝いていた。
ゆっくりと、手を伸ばす。指先が槍に触れたとき、静電気が流れたようなびりっとした感じがし、俺は手を引っ込める。しかし、もう一度だけ手を伸ばすとその妙な感覚は消え、その槍は、しっかりと俺の手に握られた。
そして、木の根本から槍を引き抜く。
――なんだろう、奇妙な感じ。俺は、その槍の名前を知っている。手にした槍から感じる温かさと冷たさと中、まるで、話しかけられているような感覚に、俺は静かに口を開いた。
「百の槍……」
それが、この槍の名前。
どうしてだろう。どうして、その特別な槍の名前を、俺は知っているのだろう。
頭がぐるぐると回っているような感覚。
その槍は、まるで、俺に微笑みかけるように、きらり、と、太陽の光を反射させた。
「そう」
声が聞こえた。振り返る。そこに立っていたのは、長い髪を一本にまとめた、ひとりの女の子。
転校生――東山、そら。
「あなたも……魔法使いなのね」
意味の分からない言葉を彼女が口にした。
どういう意味なのか。なにを言っているのか。
なにから聞けばいいのかもわからず、どの言葉を最初に口にすればいいかもわからず俺が混乱していると、彼女の両手が、青白い光を放った。
青い光りの中から、機械的ななにかが姿を現す。左右の手それぞれに持っていたものを繋ぎ合わせると、そのうちの左手側にある、二枚に延びた板を俺のほうへと向けた。
「……焼き付くせ、レールガン」
そして、彼女が言葉をつぶやき、右手で機械のレバーを引く。俺が反射的に横に飛ぶと、先ほどまで俺が立っていた場所に、一本の線が走っていた。
その線は地面を抉り、校舎の壁を壊し、隣の民家に穴を開け、キッチンにある調理していた魚を真っ黒に焼き上げていた。
「なんだ!?」
俺は叫んだ。
たちまち、彼女の持っていた機械の下側のパーツが二枚、まるで羽を広げるように展開する。そこから白い煙を吐き出された。
「………………」
構え直し、改めて俺のほうへとそれが向けられる。
青白い光が俺の右に、左にと駆ける。俺は地面を転がり、逆立ちし、四つん這いになり、『荒ぶる鷹のポーズ』をし、某お笑い芸人のように体全体で漢字を作ってそれらを避けた。
「危ないっ」
俺のわきの下を電撃が走る。作った漢字の形がちょうどよかった。違う文字だったら、俺の体は、民家で焼きあがっていた魚のように黒こげになっていただろう。見ると、家の中にいたおばさんは、箸でつかんだ魚を指さしている。
四人家族か。俺が呟くと、「そうなのよ」とおばさんが叫んだ。焼けている魚は三つ、残りはひとつだ。俺がちょうどおばさんの持つ魚に光が走るように体を滑らせると、最後の魚は綺麗に焼けて、おばさんは嬉しそうに台所に戻っていった。
「一体なんだってんだ!?」
俺は叫ぶ。すると、転校生からの攻撃が止まった。
「七人の魔法使い……あなたも、そのひとりなんでしょ?」
彼女は言う。一体なんのことかわからずに首を傾げていると、彼女はわずかに目を細めて俺の顔をじっと見つめた。
「その槍を渡して。命を奪うつもりはないわ」
口ではそういうが、確実に彼女が握りしめたものは俺のほうに向いている。その言葉が信頼できるのかわからない。なにより、この槍のこと、七人の魔法使いという、彼女の口にしたキーワード、そして、白い煙が吐き出されるたびにめくれるスカートから見える、クマらしき動物の描かれた白い布地。
渡してはいけない。俺の中のなにかがそう言っていた。
「悪いが、この槍は渡せない」
俺は努めて冷静に口にした。せいぜい、両手を頭の横でひらひらさせ、舌をベロベロと出したくらいだ。
「……そう」
彼女の額にキレたマークがついたように見える。冷静に言ったつもりだったが、彼女を怒らせるのには十分な言葉だったのか。
「なら仕方ないわね。力ずくで、奪い取る」
そして、構えなおす。
どうすればいいんだ、と俺は考え、ふと、手にしている槍を見つめる。彼女の武器は、いわゆる大型の銃だ。対して、俺が手にしているのは槍。距離は、それなりに離れている。
前には出られない。銃撃を避けつつ前に出るほどの自信はない。そして、手も足も出なくなるという点で、下がることも不可能だ。
槍が光を発したように感じた。彼女の口にした、魔法使いというキーワード。もし、この武器が魔法かなにかで作られたものなのだとしたら、きっとこれにも、魔法のような能力が付与されているはず。
彼女が放った電撃が俺へと向かう。俺は、その一縷の望みに賭けてみた。魔法のアイテムを、使ってみる。
「抑えろ!」
俺はそう叫んだ。たちまち、俺の持っていた『百の槍』が白い光を放つ。
「これは……」
白い光に包まれた槍が、今度は光を吸い込むように周りの光を集めてゆく。そして、光がすべて槍の中に入ったかと思うと、槍の先の部分が真っ二つに分かれ、中から白い手袋をつけたような、一本の手のひらが出てきた。
「くっ、」
その間も数発の電撃を発していた転校生が、改めて俺を狙って撃った。
しかし、槍から出てきた手が彼女に手のひらを見せるように動く。
そして、放たれた電撃を受け止めた。電撃は手のひらが跳ね返し、周囲に分散して弾け飛んだ。
「なっ!?」
彼女は驚きの表情を浮かべた。
「『百の槍』の能力を使いこなせるなんて……」
言いつつも、彼女は攻撃を続ける。
放たれる電撃はすべて手のひらが受け、俺の体には届かない。弾け飛んだ一部の攻撃が俺の髪を静電気のように逆立たせて焦がしているが、大した問題ではなかった。
「あんたの攻撃は届かないぞ、転校生」
俺はカツラを外して口にする。
坊主頭が光を反射したのか、彼女がわずかに目を細めた。
向こうも俺への攻撃は届かないとわかったのか、銃口を少しだけ横に向けた。
「どうやら……そうみたいね」
転校生は素直に頷いた。
俺は息を吐いた。地味に何発か体に電撃が当たっていたらしく、吐き出した俺の息は壊れた機械が煙を出しているように真っ黒だった。
「それで、一体なんだってんだ、いきなり襲われるような覚えはないぞ」
続けて俺が言うと、彼女は少し目を丸くする。
「……あなたは、なにも知らないのに槍の力を使ったの?」
あきれたように言う。彼女の両手が光に包まれ、手にしていた巨大な銃は吸い込まれるように消えた。
そして、眉間のあたりを抑えてふう、と大きく息を吐き、俺の顔をじっと見つめる。
「教えてやるような義理はないわ」
そして、言う。
「それはないだろう。いきなり襲いかかってきて……死ぬかと思ったんだぞ」
俺は黒い煙を吐きながら言う。
腕を組んだまま横を向き、彼女は俺の顔を見つめてきた。そして、視線がちらりと、動く。おそらく、百の槍を見つめたのだろう。
大きく息を吐いて、彼女は体をこちらへと向けた。
「本当に、なにも知らないの?」
彼女が言うので、俺は頷いた。
転校生はもう一度息を吐く。そして、口を開いた。
「この学校には、魔法使いがいるのよ」
彼女が口にしたことは、とてもじゃないが信じられるような話ではなかった。
が、彼女が嘘をついているとも思えない。俺は「魔法使いだってはははバカじゃね」とだけ口にし、黙って彼女の話を聞く。
「魔法使い――正確には、七種類ある魔法のアイテムを手にした、七人の魔法使いの、争い。そして、その勝者には、マジシャン・オブ・マジシャンの称号が与えられる。そのアイテムのひとつが……あなたの手の中にあるそれよ」
彼女が俺の手の中にある、百の槍を指さした。
「マジシャン……なんだって?」
「マジシャン・オブ・マジシャンよ」
聞き返すと、彼女は繰り返した。
「選らばれし魔法使いのみに与えられる、栄えある称号なの。あなた、本当になにも知らないのね」
彼女は落ちていたカツラを拾い上げて俺に渡そうとする。が、正直、そんなものいらない。いらないというと、彼女は難しそうな顔をした。
「七つの……? ってことは、他にも誰かいるってことか?」
俺が聞くと、彼女はズラを被りながら頷いた。
「そうよ。そして、マジシャン・オブ・マジシャンの称号を得たものは……ひとつだけ、願いを叶えることが出来る」
彼女はそのように口にした。
「それ以上の説明は不用よ、転校生さん」
直後、誰かの声が響き、俺たちは視線を巡らせる。
見ると、校舎の屋上からひとりの女子生徒が、メガネを指で抑えながらこちらを見下ろしていた。
「あれは……」
そのシルエット、正確には、そのメガネの形には見覚えがあった。先ほど図書館で学校の本を撮影しまくっていた、ウチのクラスのクラス委員長だ。名前は忘れた。
「……クラス委員長!」
転校生も叫ぶ。一瞬だけ間があったのは名前を思い出そうとしたからだろう。
「これは魔法使い同士による、意地とプライドと駆けた戦いよ。なにも事情を知らない人間に、そんなことを教える必要はない」
委員長はそう言い、くい、とメガネを持ち上げた。
「死、あるのみよ」
そして、そのメガネが光を放つ。転校生が撃ってきた青白いものとは違う、まるで光を収束したかのような真っ白な光線が俺たちを襲う。俺は木の陰に隠れ、転校生はカツラを使って最初の一撃を防いだ。
たちまち『魔法の木』は溶けるようにして崩れ、転校生が被っていたカツラは毛の部分がすべて燃え尽きる。俺は慌てて近くにある森林地帯から一本のそれなりに大きな木を業者に電話して持ってこさせた。スコップを使って木があった場所に穴を掘り、やってきた業者の人に「ここです」と場所を示す。
「抑えろ!」
次に撃ってきた白い光を『百の槍』の先ほどの能力で抑えようとするが、
「熱っ!」
『百の槍』が異常に熱くなっていて、俺は思わず口にした。おもわず転校生の耳たぶをつまむ。平手打ちされた。
それは光そのものに威力があるわけではないようで、太陽の光……あるいは熱を発射しているらしい。
だからこその高熱。改めて植えた木が一瞬にして燃え尽きる。業者に電話すると、「またここかよ」と文句を言いながら人がやってきた。
「くそ、どうすれば」
再度、植えた木に隠れながら口にする。次に撃たれた攻撃が木をまたしても溶かし、業者の人が「勘弁してくださいよ」と言って木を運んできた。
「これよ!」
転校生が叫ぶ。その手には、毛が完全に溶け、ハゲになったズラがある。
「なるほど、それなら!」
俺は彼女の意図することを理解して、被っていたハゲのズラを外した。
そして、次のビームにあわせて二人でズラを掲げる。委員長が発射したビームがズラに反射し、跳ね返る。
「くっ……」
委員長はなんとかそれを避けた。
そして、メガネを持ち上げてこちらを一瞥し、そのまま屋上から去った。
「逃げた……のか」
「そうみたいね」
転校生ともども、ふー、と息を吐く。
「でも、ここに長居はしないほうがいいわ」
転校生はこちらを見て口を開く。
「できるだけ早く、ここを離れたほうがいい」
「そうだな……」
俺は頷いて、すっかり焼け落ちた『魔法の木』を見つめた。その周りでは新しい木に植え変えようと業者の人がせっせと作業している。
気がつくと、転校生もすでにその場を立ち去っていた。ひとりその場に取り残され、『魔法の木』が植え変えられるのを待ってから、俺も帰宅することにした。
まだ春先ではあるのだが、太陽が隠れているようで、あたりはもうすでに暗くなっていた。俺は特に意味はないのだが、ひとりで歩いていた小さな女の子を全力で追いかけ回し、彼女が泣き出すのを見てから家路についた。