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弐面の一

 うちの会社は、駅から出れば手にとれる程近いところにある。  

 

 時間にして、歩いて15分。自転車だったらさらに半分。(ただし駅前の人に量にもよる) 

 普通15分と言えば地図で見た際の距離で見ると15分と言われるが、俺の会社は本当に15分しかかからない。つまり地図で見ると5分の距離である。駅から五分は実は十五分! ってやつだ。

 なので、駅の近くにあるハンバーガーショップやカレー屋に入らずさっさと会社に行く。

 それに会社にある食堂の方が駅前のチェーンよりも少し安い。

 会社で頑張っている人の苦労を軽減するため工夫しているらしい。どう工夫しているのかは知らないが。

 まぁ美味しいし、お腹もいっぱいになれる分量だから文句は言わない。

 

 

 今日、朝飯をとらずにブラックコーヒーを一杯だけ飲んで家を出たため、駅に着いたときにはすっかり腹が減っていた。


 だから今日の朝食なにかしら?とオレンジに近い赤身が目立つ鮭だったりねばねばとした納豆だったりを頭に思い浮かべる。すると自然、足の動きが早くなった。

 

 高い建物、ショッピングモールや商社ビルに取り付けられた電工掲示板の映像に目もくれず、真っ直ぐ自分の会社のみを見つめ進む。時々、車の屋台で売られているカレーの匂いで足が止まりそうになったが。 

 

 ――――突然右肩が掴まれた。衝撃でシャケも納豆も頭からふっ飛んだ。

 振り向くとそこにはまん丸で、バランスボールをつい思い浮かべてしまう、犬のようなかわいらしい顔が目印の同僚、伊藤槇いとうまきが立っていた。

 「なんだ。槇か」

 俺ば、思わずほっとため息をついた。

 槇は、肩をつかんでないほうの手を横に振りながら 「おっはー」

とにこにこしながら言った。 

 「警察かと思ったよ」

 俺は、自慢じゃないが学生時代、何回か補導されたことがある。その体験が脳裏によぎった。バイトの帰り、それは主に夜遅くに帰る途中であった。ぎょっとする体験だった。

 「警察と勘違いしちゃった?ごめんねぇー」と彼は相変わらずニコニコと笑顔を絶やさない。

 実は槇は、まん丸な狸な体型とは裏腹に昔、水泳をやっていたらしい。中学生から高校生まで水泳部に入っていた。6年間やっていて一番得意なのはバタフライだそうで、

 だから腕が丸太のように太い。バタフライは、腕を休みなく水中で回し続ける泳法だから。

 去年だったか一昨年だったか、彼とそれ以外の同僚と海に遊びに行ったときに、他の人ははのんびりプカプカ海で浮かんでいたり波打ち際で砂山を作っているのにたいして彼だけは、バタフライで泳ぎまくっていたことを今も鮮明に覚えている。

 見事なものであった。俺は、その時浮き輪でプカプカ浮かんでいて、

 (あーあ太陽の陽射しが強いなぁー。) とのんびり日焼けでもしようかしらん、こんがり全身焼けようかな。と思ってた矢先に、激しい虎のような表情で、バシャバシャ泳ぐ彼を見たときなんだなんだとパニックに陥りそうになった。いつもの彼ののほほんとした感じが全くなかったからだ。彼は、俺に全く気づかずそのまま通りすぎていった。翌日彼は、昨日の猛虎のような姿と反して、部屋でぐったり布団に横たわりながら

 「あの頃はもう戻ってこないんだな」と情けない声で、そんなことを呟いていた。まぁ十代の体力と三十代の体力では全く違うのは当然である。若馬と老馬みたいなもんだ。


 話変わってこの前、会社で一番頼りある人を決めるために社長さん公認の腕相撲大会を開かれたら優勝したらしい。バタフライの副作用である。

・・・・残念ながらその時俺は、手ごわい風邪菌と戦っていたのでそんなことが行われていたなんてちっとも知らなかった。

 「手がでかいのはバタフライのしすぎかな?」

 と大きな手をパタパタとうちわの様に扇いでみせる。

 「そうだな。水の掻きすぎだな。」

 体を「く」の字にして、足を鞭の様にしならせしかも必死そうな形相をしてすごい速さで泳ぐ槇を想像した。

 ・・‥くそっどうしてもオットセイの姿を思い浮かべてしまう。しつれいながらおれは苦笑をしてしまった。横で見ていた槇は眉をひそめながら

 「何を考えてるんだ?お前。」と眉を潜めながら言った。

 「いや?特には何も?」と俺はあわててごまかした。オットセイはまだ泳いでいる。

 

 

 

 「ところでさ。」

 ふと、槇が口を開いた。ガラス張りの自動ドアも勝手に開いた。ところでこういう大きい建物はなぜ自動ドアが二つあるのだろう?北海道あたりの寒い冷気が家に入るのを防ぐためではあるまいし。

 

 

 一つ目の自動ドアと二つ目の自動ドアの間にホワイトボ-ドが置かれておりそこには、・・・・午後一時から多目的ホ-ルが使われるらしい。

 

 二つ目の自動ドアをくぐり抜けロビーにはいる。

 白いタイル張りの床で、天井の光に反射するぐらいピカピカと輝いていた。

 辺りを見渡すと黄緑色の清潔感のある服を着た清掃員ががモップでごしごしと丁寧に床を磨いていた。

 

「なにさ。」 

 と、ようやく槇のほうに向きながら聞いた。

 

 しかし彼は、思い直したのかどうかわからんが

 「いや、何でもない。」 と撤回した。

 「ふぅん?」

 槇は入る前に何か思い詰めた表情をしていたので、何だろうなと気になったのだが。

 彼は、いつもは自分の言いたいことはどんどん積極的に言うタイプなので、こんな風に撤回するのは珍しくかった。

 だが、そのあと彼は、さっさとエレベーターのほうに向かったから、慌て、彼についていった。

 エレベーターにのるための前の長蛇の列の最後尾に並んだときには、

 先ほどの槇の言葉は既に忘れていた。

 しかし、槇は、エレベーターの中に入った時突然こんなことを呟いた。

 「すまない」

 果たしてこれが誰に対して言ったのか、俺にはわからなかった。

 

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