第6話 絡まる事情
「・・・・・すまなかった。」
「いや、元はといえばこっちが悪かったんだ。こっちこそ、すまなかった。」
「ごめんなさい。まさかあんなに怒るとは思わなくて・・・。」
昼休みの保健室で、三人が頭を下げる。
「よし、とりあえずは一件落着だな。まあ、これから事後処理があるわけだが・・・。」
「それより京介さん、俺、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
京介と呼ばれた高校生が、瑠衣の言葉に頷く。
「ああ、俺も聞きたいことがあるし、多分それは瑠衣と同じようなことだろうからな。瑠衣は少し黙ってろ。」
「はい。」
そして京介は、保健室のソファーに座っている慎太郎に向きなおり、質問を始めた。
「慎太郎、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「・・・・・ああ。」
「何故お前はその財布に執着するんだ? その理由を聞かせて欲しい。」
大体の予想はついていたのか、慎太郎は小さく頷く。
それから少し考えたあとで、こう答えた。
「・・・・・あの財布は、元々は兄貴のものだった・・・・・。」
「兄貴? お前って一人っ子じゃなかったっけ?」
慎太郎の言葉に京介が食いつく。
そうだったよな? という京介の視線に、周りのメンバーも確かそうだったはず、とばかりに頷く。
「・・・・・ちょっと込み入った話になるが、いいか?」
「ああ、問題ない。」
「・・・・・俺の母親は今こそ結婚しているが、元はバツイチだった。前の男との間に出来たのが兄貴で、今の男との間に出来たのが俺。つまり俺と兄貴は、だいぶ年の離れた異父兄弟だった。それでも俺の兄貴は俺にも優しくしてくれて、とても頼り甲斐のある兄貴だった。」
「なるほど。で、それとさっきの話とどう関係するんだ?」
「・・・・・瑠衣以外は知っていると思うが、俺は小学校に上がる直前に宇美白に越してきた。そしてその時には、俺の兄貴はいなかった。この時点で、考えられる可能性は二つに絞られるはずだが。」
「つまり、お前の兄貴がいなくなった・・・一人暮らしを始めたか、もしくは・・・。」
「・・・・・その通り。俺の兄貴は・・・・・俺の5歳の誕生日の時、交通事故で・・・死んだ。」
保健室に重たい空気が流れる。
それでも誰一人として、目を瞑るようなことはなかった。
「・・・・・その時に兄貴が残した言葉・・・・・『あの財布を手放すな。』という言葉を、俺はよく理解していなかった。今も何故手放してはいけないか分からないが、とにかくずっと手元に置いていようと決めた。・・・だが。」
「なるほど、確かにおかしいな。それだとお前が買って手に入れた、というのは辻褄が合わないからな。」
「・・・・・ああ。その後、俺はこっちに家族三人で引っ越してきた。俺が一人暮らしを始めた時期を覚えているか?」
「確か、小3の夏・・・だったか?」
「・・・・・そう。その時両親は、周囲には『発展途上国の中の会社で務めることになったが、現地で慎太郎が馴染めるとは思えないからここに置いていく。』と言っていたが、本当は違う。あの時、俺の実父の経営する会社が倒産していた。その時の借金返済のために、両親は最低限必要な物以外を全て売った。『引越しで向こうに家具を持っていく。』と言っていたが、本当は売っただけだった。そしてその時に・・・。」
「兄貴の形見である物も全て売られた、というわけか。」
「・・・・・。」
「で、それ以来ずっとルートを追いかけて追いかけて、やっと持ち主に逢えて、やっと手に入れたのがついこの間で、それをすぐにこいつらに売られた、というわけか。」
「・・・・・(コクリ)。」
話は以上だ、と言わんばかりに慎太郎が口を閉じる。
京介は瑠衣と美樹に向きなおり、言った。
「ほれみろ。瑠衣、美樹、お前らは慎太郎の努力を踏みにじったんだぞ。事情を説明しなかった慎太郎にも非はあるが、お前らの方が遥かに悪いからな。反省しろ。」
「本当にすまなかった。」
「ごめん。私ったら、事情も知らずに、勝手にあんなことしちゃって・・・。」
と、そこで、美樹の目から涙が溢れる。
瑠衣が必死に慰めるが、美樹の涙が止まる気配は無く、どうしたものかと慌てる。
その様子をしばらく眺めたあとで京介は、
「さて、じゃあ瑠衣と美樹が財布を売った店を教えてもらおうか。って言っても、名前だけ言われてもわからないから、ついてきてもらうぞ。」
「・・・え?」
「全く・・・。瑠衣なら気づくと思ったんだがな。思い出してみろ、昼休みに先生が言った言葉。」
「えーと・・・『瑠衣くん、美樹さん、ちゃんと謝ってきなさい』だったっけ? でも、それがどうかした?」
そこで京介は、コイツ意外と馬鹿なんだな、という言葉を略して肩を竦めた。
「そもそも、保健室に誰もいない状況なんてありえないだろ? ついでに言うとたかだか喧嘩くらいで授業を何時間もさぼれると思うか? 俺が理由を『金銭トラブルがあった。』ということにして、被害を被った店舗などに謝りに行く、という口向上の下、関係者全員を早退扱いにしたからこそこういう状況があるんだろうが。少し考えればわかるはずなんだがな。」
そう言うと京介は、保健室の入口に向かって歩いて行き、
「土下座してでも慎太郎の財布を取り戻しに行くぞ。いいな?」
そう言うと、保健室から姿を消した。
一瞬呆気にとられた4人だが、気を取り直すと京介のあとに続いた。
「俺、あんまり関係ないような気がする・・・。」
ポツリと呟いた浩史だったが、誰にも相手にしてもらえず、その言葉は消えていった。