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第5話 仲裁

美樹を突き飛ばした慎太郎は、その足で瑠衣に歩み寄る。


「おい、どこで売った! あの財布をどこで売ったか、早く教えろ!!」


そして今までの口調とは打って変わって、怒鳴り散らしながら瑠衣の胸ぐらを掴む。

そのまま机を足で押しのけ、瑠衣を床に押し付け、やはり怒鳴り散らす。


「さっさと教えろっつってんだよ! 口に出すくらい簡単だろうが! ああ!?」


瑠衣の額に朱色の筋が一筋流れていくが、慎太郎はそれに構わず、彼を思いっきり平手で打った。

しかし答えない彼に痺れを切らしたのか、今度は机を巻き込んで倒れている美樹の方へと歩を向ける。

恐怖のあまり動けない美樹は、ただ呆然と慎太郎を見つめていた。

周囲から、逃げて、と叫ばれるが、腰が抜けたようで立つことができない。

美樹が、先程瑠衣がされていたことを、自分もされるのか、と覚悟した時だった。

それまで沈黙を貫いていた瑠衣が、突如として動いた。

慎太郎と美樹を分断する位置に割り込み、彼は慎太郎にこう問いかける。


「おい、慎太郎。確かにあれを売ってしまったのは俺たちだ。それに関しては悪いと思っている。だが、それはクラスメイトを傷つけたりして戻ってくるものなのか? そもそも、何故そこまで躍起になって探している? 一方的に怒鳴りつけられても、そもそもの理由が無かったり、俺たちを納得させられるものじゃなければ、俺は協力するつもりはない。お前が勝手に暴れる分には構わないが、それで周りに被害が及ぶようなら、俺はお前を殺してでもお前を止めるぞ。」


そう言うが否や、瑠衣は腰を落として臨戦態勢を取った。

周りの子供たちが騒ぎつける中、二人の視線が激突する。


──廊下で、水滴の落ちる音がした。


「──!!」

「──!!」


それを合図に、二人は動いた。

二人とも防御を考えず、ただ相手に拳を打ち込むことだけに専念しており、その拳は相手の眉間に吸い込まれる──


──ある児童は、目を逸らした。その結末を見たくない、と言うように。


──またある児童は、目を見張り、驚いたような表情をした。人間は恐ろしい、と言うように。


──またまたある児童は、これから起こるであろう凄惨な結末を前に、動くことすらままならなかった。これは、自分が割り込んでどうにかなるものではない、と言うように。


──が、二人の拳は、お互いに標的へ届くことはなかった。

なぜなら、


「全く・・・。朝からいきなり喧嘩か? 何があったかは知らんが、廊下に先生もいるし、そこまでにしとけよ。」


さっきまで影さえ見せなかったその場所に、スラリとした高校生が立っていたからだ。

無論、立っていただけで拳が止まるわけはない。彼の手は、慎太郎の目の前と瑠衣の目の前、その両方にまるで添えるかのようにして存在していた。

しかし、実際に音を上げたのは、瑠衣の前の手──即ち、慎太郎の拳だけであった。

瑠衣の拳は、高校生の手に届いている──ように見せかけて、寸止めの位置で止めてあったのだ。

その様子を眺めながら、満足げに高校生は頷くと、


「やっぱり瑠衣は殴る気はなかったか。もしや、と思って手を出しておいたが、要らぬ世話だったようだな。」


そう言うと、互いの眼前で止まっている拳を二つとも握り込み、半ば強制的に下げさせた。


「ほら、とりあえずは『口論になってイライラしたから喧嘩した』ってことにしておいて、先生と周りの連中に謝ってこいよ。美樹は保健室で手当を受けて来い。瑠衣も、謝り終わったら手当を受けて来い。いいな?」


高校生は二人の背中を押し、丁度教室に入ってきた先生のもとに送り出した。

先生は目を白黒させていたが、やがて喧嘩が原因だと知ると、二人を連れてどこかへと去っていった。

それと同時に、周りで固まっていた子供達が薙ぎ倒された机を起こしたりし始め、教室はとりあえずの平穏を取り戻したように見えた。

それを見届けると、高校生は座り込んでいる美樹の元に向かって歩き出した。


「大丈夫か、美樹? 保健室まで連れて行くが、それまでにちょっと事情を聞かせてもらってもいいか? 正直なところ、よく事情が把握できてないんだ。」


美樹に向かっておんぶの姿勢をとった彼は、後ろを向いてペロッと舌を出した。

そのおどけた様な表情を見て美樹は、安堵したような表情を浮かべ、


クタッ。


疲れが回ってきたのか、気を失った。




「──つまり、慎太郎の財布を勝手に売ってしまい、それに逆上して慎太郎が二人に殴りかかってきた──ということでいいな?」


頭に包帯を巻いている美樹、現在進行形で包帯を巻かれている瑠衣、謎の高校生の三人のみが存在する保健室に、声が木霊する。

それに対し瑠衣は無言で頷き、美樹は涙の跡が残った顔をクシャクシャにしながら頷いた。


「うーむ・・・確かに瑠衣たちが悪い気もするが、財布程度で何故そこまで逆上するのかがわからん・・・。形見だった・・・という可能性はないか。自分で買ったんだからな。だとしたら・・・・・・・。」


考え込むような仕草をしている高校生だが、瑠衣から見ればその仕草は、何か思い当たることがあるかのように見えた。


「ともあれ、まずはお前たちが慎太郎に謝らなきゃな。慎太郎も職員室で絞られてるだろうから、とりあえずの事情は俺が誤魔化してきて慎太郎を連れてくるよ。少しは反省しながら待ってろよ。元はと言えばお前らのせいなんだからな。」


そういうが早いが、高校生は保健室から出て行った。

男女が保健室に置き去り・・・などと言えば、少しアレな方向性に聞こえるかもしれないが、実際は重苦しい雰囲気に包まれていた。

そしてそこで、瑠衣は呟いた。


「それにしても京介さん、出てくるタイミングがバッチリだったな・・・。まさか、タイミングを伺っていたか・・・?」


少し考えてから、それはないだろうと思い返した瑠衣は、今自分が座っているソファーに寝転んだ。

だが、彼の呟きはある意味では的を得たものであることを、彼は知る由もなく、


「でも、やけに引っかかるんだよなぁ・・・。」


しかし彼はその考えが、何故か頭を離れなかった。

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