第2話 消えた命綱
「「「う~む、困った・・・。」」」
呆然と立ち尽くす瑠衣、浩史、慎太郎の3人は、学校に着くなり一つの机を囲んでいた。
より正確には、その机の上の、2998円を。
「「「あと2円足りない・・・。」」」
そう、3000円の高級マシュマロプリンを1つ買うことを条件に、宿題のノートを写させてもらうという馬鹿げた約束を果たすためのものだ。
3人はそれぞれ、手持ちの金額を全て出したのだが、何度数えてもあと1円玉が2枚足りない。
マシュマロプリンを売っている“黒蜜堂”には、今日の放課後に行く予定で、時間を延期してはならないらしい。
そこで、手持ちの現金をすべて出して計算していたのだが・・・。
「ああああああ! やっぱり2円足りねぇ!! 慎太郎、てめえが900円分しか出してねぇんだから、あと2円どっかから見つけ出して来い!!」
「タカピごぎゃう! ・・・瑠衣の言う通りだ! 俺と瑠衣はちゃんと1000円以上出してんだ! あとの2円はお前が調達してこい!!」
「・・・・・どれだけ道端を探しても、見つからなかったんだ・・・ッッ!!」
「「なにィ!?」」
俺たちが足りない分を補ってるんだから、あとはお前が補う番だろうが!
内心そう思う瑠衣だったが、しかしここでこいつをぶちのめしても埒があかない、と思い直し、再びどうにかして2円を調達する方法を探る。
「あ、そうだ。誰かから借りるっていうのは?」
「・・・・・学校の規則を忘れたのか。『一、金品を持ち込まないこと』。チビ達は律儀に規則を守っているだろうし、中学生以上の連中は素直に貸すとは思えない。」
「仮にいっさんが貸す側の立場にいたとして、素直に貸すか?」
「『タカピー』の次は『いっさん』か・・・。次から次へとよく思いつくな。」
呆れてものも言えない、といった体の瑠衣に、呼び名を考えるのがポリシーなんで! と、言おうと思った浩史だったが、それが他人にとって嫌だったら意味がないだろうが、とキレられそうだと思ったのでやめた。
「まあ、事態が事態なので今は無視しておくが・・・しかし、本当にどうするよ? お前ら、隠したりしてないよな?」
瑠衣が確認を取るために言った軽い一言に、慎太郎がピクリと反応したあとで、
「いっさん、いくらなんでも、仲間を疑うのは良くないぜ?」
「・・・・・疑心暗鬼すぎる。」
何事もなかったかのように振る舞う慎太郎だが、さっきの不自然な挙動と、慎太郎の額から滲み出る汗を瑠衣は見逃さなかった。
「・・・そうか。それもそうだな。アハハハハ・・・・・時に慎太郎。ちょっとジャンプしてくれるかい?」
「・・・・・何故?」
「いや、大した理由は無いけど、なんとなくそうした方が良いかなー、と思って。」
「・・・・・別に構わないが。」
瑠衣に言われた通り、その場で何度かジャンプをする慎太郎。特にこれといった異音も無かったのだが、瑠衣は思う。
『なるほど。足の指の間にでも挟んでいたか。音がしない理由も納得した。・・・が、──詰めが甘い!』
しばらく思案したあと、瑠衣は黒い笑みを浮かべた。
「おっとっと。」
そこで、着地しようとした慎太郎に、瑠衣の“歩いてもいないのにコケた拍子に放たれたタックル(確信犯)”略して“確信犯タックル(笑)”が炸裂し、体勢を崩した慎太郎は着地に失敗し、足を挫いてしまう。
「すまん、慎太郎。わざとじゃないんだが、何故かコケて(笑)しまってな。本当にわざとじゃないんだが。」
「・・・・・この程度、大丈夫。」
「いやいや、その感じだと足を怪我しちまったみたいだからな。保健室で手当を受けようぜ。」
そう言って近づいた瑠衣は、嫌がる慎太郎を無理に立たせ、浩史の肩も貸してもらって保健室へと移動した。
☆
「さて、慎太郎。『これ』は十分な裏切り行為だと言えるが、どうしようか?」
慎太郎を保健室に連れてきた瑠衣は、その場に自分たち以外に誰もいないことを確認したあと治療(という名目で慎太郎の足を調査)した結果、やはりとも言うべきか、慎太郎の足の指からビニール袋と、それにくるまれた小サイズの財布を発見した。
中に入っていたノグチ4枚をひらひらさせながら、瑠衣は言う。
「浩史はどう思う? やっぱり素直に出さなかった分、全額負担してもらったりしたほうがいいよなぁ?」
「それいいね、それ!!」
「・・・・・っっ!? それだけは、勘弁してくれ・・・!!」
異様な雰囲気に呑まれながら慎太郎は許してくれと懇願するが、それが彼らに通用するはずもなく。
「とりあえず、これは没収~。勿論、返ってくるときには財布だけ返ってくると覚悟しておいてくださーい。」
「これでいっさんと俺の分はチャラやね!」
「・・・・・頼む・・・ッッ!!」
瑠衣と浩史は財布ごと中のノグチ+αを持って保健室から出て、そのまま逃げてしまった。
本来なら走ればまだ追いついたかもしれないが、彼は怪我人である。走るどころか歩くことすらも危うく、そのままベッドに寝転がり、
「・・・・・さようなら、俺の大事な生活費用・・・・・。」
一人暮らし故の金欠へと陥った彼の命綱は、呆気なくぶった切られた。