第1話 穏やかな日常
1日目
「いってきまーす!」
「ん、いってらっしゃい。」
「しっかり頑張るんじゃぞ!」
「わーってるって!」
そんな明るい会話を祖父母と交わし、小鳥遊 瑠衣は家を飛び出した。
名前こそ女子のようなものだが、
「さぁーって、今日の自販機は・・・収穫なしかよ。・・・チッ。」
まだ子どもっぽさの残る、れっきとした中3男子である。
両親の仕事の都合上、母方の実家である『宇美白』に急遽引っ越すことになり、つい2週間ほど前からこちらに来ている、いわゆる転入生だ。
と言っても、幼少期はよくこちらに遊びに来ていたし、一時期は祖父母に預けられた頃もあったため、全く友達がいないというほどでもない。
・・・のだが、
「タカピー、おっはよー・・・・ぶがぁ! なにゆえっ!! なにゆえ朝一で殴られるのでございましょう!?」
「・・・・・今日はしっかり制服を着てきて──ぶはぁ!!」
「バカばっかり・・・。」
多少、その友達が変わっていたりする。
「おいタカピー! なぜ朝からそうキレまくってんだ? 理由も無しに友達を殴るなんぞ、ただの外道と同じだぞ!」
「ああ、そうだな。『理由も無しに』殴るのはいけないな。だが、何度も『タカピー』と呼ぶなと言ったのにもかかわらずその呼び名で呼びかけてくるという『理由がある』ならば、どれだけ殴ってもいいんだな、浩史?」
「細かいこと気にすんなぼがぁ!」
「・・・・・俺は小鳥遊の風評を守るために、注意しているだけだというのに。」
「転入初日に通学路で慎太郎さえ俺を畑に突き飛ばさなかったら、上カッターシャツ下体操服なんて奇抜な格好にはならなかったはずなんだがな。」
「・・・・・どうしても、突き飛ばしておく必要があった。」
「ほう。今の日本では、財布から転がった5円を取るために人を突き落としていいことになったのか。」
「・・・・・2週間前のあの朝に、ちょうどそういう法律案が通った。」
チャリン!
ドン!
「おっと、すまねえ慎太郎。つい、自分の財布からこぼれた5円を追いかけていたものでな。まあ、そういう法律もあるんだし、しょうがないよな。」
「「・・・・・・・・。」」
と、そこで、一人の女子生徒が彼らの横を通り抜ける。
その女子生徒は、チラッと瑠衣たちを見ると、何事もなかったかのように通り過ぎていった。
「おい、あの娘、俺の方を見てウインクしてたぜ。やっぱ俺の格好良さに惹かれるオンナが多くて困るな。」
「・・・・・あの娘が見ていたのは俺。浩史なんて、生ゴミ程度にしか見られていない。」
気がつけば、畑に落としたはずの二人がそばに来ていた。
そのあまりの迅速さに呆れる瑠衣だが、しかしそんな馬鹿共に構っていても時間の無駄なので、彼は歩を進める。
「にしても、さっきの娘、かなり可愛かったな。」
「・・・・・見かけない顔。」
「・・・確かに、今まで俺がこっちに来ていた時は、あんな娘は見かけなかったなぁ。」
馬鹿二人と会話をしながら、学校への道のりを進む。
この宇美白は過疎化が進む村で、幸いとも言うべきか、学校は一つしかない。
それも小・中・高の一貫校なので、同年代の顔見知りは全員学校におり、瑠衣が仲間はずれにされることもなかった。
「そういやタカぴ──」
「(ギロッ)」
「──瑠衣。数学の宿題、終わらせた?」
「んあ? 宿題? ・・・あったっけ?」
「・・・・・確か、教科書の問題をノートにやってこいと言っていたはず。」
「そうだったっけ? ・・・まあいいや。そのことを聞いてきたってことは、お前らのどっちかはやってきたってことだろ?」
「え? いや、ホラ、俺はタカ──瑠衣がやってきてるのなら、写させてもらおうかなー、なんて考えていたところで。」
ここで、瑠衣はあることを思い出した。
それは、今日の運勢のコーナー。
『今日の誕生月占いです。2位から6位は──〈中略〉──残るは7月と10月。今日、最も運が悪い月は──ズバリ、7月生まれのあなたです! 今日は、何かと運に恵まれない日。宿題をやっておらず、仕方ないから友達のを写させてもらおうなんて考えていたら、その友達もやっておらず、お疲れ様ー、なんてことになるかも。』
朝食を食べながらテレビを見ていた“7月生まれ”の彼は、そんな具体的な占いが当たるわけねえww、などと思っていたのだが。
しかしこれはどういうことか。
嫌な予感よ、外れてくれ、などと心の中で願いながら、
「慎太郎は?」
恐る恐る聞いてみた。
「・・・・・・・・・・聞かないほうがいい。」
すると慎太郎は、期待して見つめてくる二人から、光速で目を逸らす。
しばらくの沈黙の後、
「あー、そうだ。浩史、慎太郎。お前らの誕生月って、7月じゃないよな?」
「んー? 俺の誕生日は7月2日だけど。」
「・・・・・7月14日。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・因みに、瑠衣は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7月25日。」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」
やはり、沈黙しか流れなかった。
「そうだ! きっと、美樹なら! あの神代美樹なら!!」
神代美樹、というのは、彼らと同い年の(少し巨乳な)女子生徒である。
顔良し、スタイル良し、運動神経良し、頭良しと、4拍子揃った学校のマドンナ的存在で、授業も真面目に受けているし、とても気心の知れた生徒なのだが、
「お、瑠衣に浩史に慎太郎じゃん。丁度良かった。今日、何か知らないけど、宿題を忘れちゃってさ。出来れば、誰かのを写したりしたいなー、なんて思ってたんだけど。」
不意に後ろから現れた彼女は、そんなことを言ってきて。
もうこれは盛大に顔に縦線入れるしかないだろ、などと考える瑠衣たち。
また、彼らの漂わせる重苦しい空気から、何かを察知した美樹は、
「・・・まあ、数学はあの優しいことで有名な吉見先生だし、きっと大丈夫でしょ。」
お気軽発言をする。
しかしやはり、女神様は徹底的に彼らを見放しているようで、
「そういえば、浩史。とてつもなく嫌なことを思い出して、とてつもなく嫌な質問をすることになると思うんだが、いいか?」
瑠衣は、昨日の出来事を思い浮かべる。
「とてつもなく嫌な答えを返すことになると思うが、とりあえず言ってみてくれ、瑠衣。」
とても苦々しい顔をしながら、彼らは答え合わせを始める。
「あー・・・なんだ、その・・・。確か吉見先生って、今日から産休じゃなかったっけ?」
「大正解だ。」
「ついでに、死にたくなるほど嫌な質問をするが、いいか?」
「死にたくなるほど嫌は答えを返すことになるだろうが、モノはついでだ。言ってみろ。」
「確か・・・吉見先生の代わりって、凶悪鉄拳制裁の鬼ゴリラ教師・別名田中じゃなかったか?」
「ああ、あの外道下衆極道の大悪魔キングコング教師・別名田中で合ってるぞ。」
「やはりか・・・。」
そこで、瑠衣、浩史、慎太郎、美樹は一斉に考え始める。
秒針が三回転ほどした頃、3人の答えは出た。
「命の果て、か・・・。」
「生贄を捧げても生き残ることは不可能だろうな・・・。」
「・・・・・死亡は確定している・・・・・。」
「・・・さて、私は先に行ってちゃっちゃと宿題終わらせちゃおうかしら。」
「是非、見せてください!!」
「哀れな小羊達に、希望の光を!!」
「・・・・・教祖様・・・・・っ!!」
道端で必死に土下座をし始めたバカ男3人を見下ろして、美樹が一言。
「じゃ、1個3000円の高級マシュマロプリンでも頂こうかしら。可哀想だから、3人で1個でいいわ。」