プロローグ 悪夢の続き
しょぼしょぼ連載、始めました~
『・・・ぐぁ・・・きつい・・・・・・・・・。』
闇に落ちた街の中の一つの家で、俺は熱に魘されていた。
──きつい。5日前から出始めたこの熱は、今までの風邪とか、そういった類のものなどとは比べ物にならなかった。
どこの病院に行っても、風邪、風邪、風邪。
ろくな治療も受けられないまま、俺は5日間ずっと寝たきりだった。
最初の方こそ、『あと1日したらよくなるよ。』なんて楽観発言を受け入れていたし、対してきつくもなかったから漫画やゲームなどといったものも出来ていた。
が、3日を過ぎても、回復の兆しを見せなかったこの風邪は、こともあろうか悪くなっていくばかりで、着実に俺の体力を蝕んでいった。
今では、この部屋から一歩も出ることができない。それどころか、一人でできることといえば、一緒に住んでいる祖母の作ったお粥をすすることぐらいのものでしかなかった。
風呂は愚か、トイレにも一人では行けず、祖母や祖父に手伝ってもらって初めてそういった活動ができるのだ。精神的にも、肉体的にも俺の体力は削られていた。
『・・・・・・・・きちぃ・・・・・・・。』
ここ10日間で、何回きついと言っただろうか。
気が付けば口に出ている・・・といった表現でも、全く過言ではない。
1分・・・下手したら、30秒に1度は言ってるんじゃないか、と思うほどにその呟きは回数を増していた。
そんな無駄口を叩く暇があったら、その分を体力に回せよ、といった話になるのだが、弱音の一つでも吐かないと、精神的に参ってしまうのだからしょうがない。
この5日間で最も長い時間眺めていたであろう天井を仰いでいると、ピピピッ、という音が発せられた。
音源は、自分の脇。
長年にわたって使われたがためにとうとうガタが来てしまった体温計に変わり、ついこの間祖父が買ってきたもの。新品のデジタル式の体温計だ。
寝たきりの体勢だと、逆光になって見えないため、痛む体に鞭を打って起き上がる。
体温計が指す温度は、40度1分。
さっきが40度3分だったから、多少はマシになっただろうか。
・・・まぁ、ここまで来たら、2度ばかり違ったとて最早なんの違いも感じられないが。
しかしそれでも、精神的には幾ばか楽になった。
治る見込みのなかった病が、回復の方向へ向かっている──そう考えると、少し頑張ろうといった気持ちになれるのだ。
『ま、少しずつだけど・・・良くなるかな・・・・・・・・?』
起き上がったついでに、傍らに置かれた空の2ℓペットボトル9本の山に紛れている、残りの水が少なくなった1本を手に取る。
ぐいっ。
そんな効果音が流れそうなほど、勢いよく飲んだ。
多少は良くなっているといっても、やはり体温は40度を超えているわけで、脱水症状に陥らないためにも水を飲む必要があるのだ。
『ふぅ・・・・・。』
そんなため息をつき、もう一度寝ようかな、なんてことを考えたとき。
ふと、棚の上に飾ってある1つの写真立てに、目を吸い付けられた。
それは確か、自分が5歳頃の写真だっただろうか。
これでもか、と言わんばかりに照りつける太陽の下、田んぼの中で汗と泥に塗れながら友達と自由奔放に遊んでいる姿は、まさに無邪気そのものだった。
──あの頃に戻りたい。
そんなことを考えてしまう。
たとえ無理だと分かっていても、どれだけ頭で理解していても、ふと、そんなことを考えてしまう。
時間など遡れるわけもなければ、そもそも俺は今は病人なのだ。一人では立つことさえままならない病人には、過ぎた願いだろう。
──こんな生活が続くなら、早く死にたい。
そんな考えが頭の中を渦巻いていく。
自分の周りには、あまりにも何も無さ過ぎて、それでも死ぬことは許されず、誰にも打ち明けることができない。
『・・・はぁ・・・・・。』
結局最後には、ため息。
悩んだ末に、やはり何も解決策が浮かばす、結局ため息。
考えることを放棄した俺は、再び寝たきりの生活に戻るか、なんて考えたのだが。
考えたのだが──
ススッ
突然、襖が開いた。
別に俺の目が悪いわけではないが、逆光のせいで誰かがわからない。
祖母が来てくれたのか、と思ったが、違う。彼女はこんなに背は高くなかったはずだ。
では祖父か、と考えるも、やはり違う。彼もこんなには背は高くなかった。
では、唯一俺の家族の中で背が高い人物──父ではないか。
一瞬そう考えたが、やはり違うと頭の中で否定する。
今、父と母は海外旅行に行っているはずだ。予定では、あと1週間ほどして帰ってくるはずなのだ。
では、一体誰なのか。
何が目的なのか。
『わからない』ということが、ここまで恐怖になるとは思わなかった。
恐ろしさ故に俺は一言も発せずにいると、
『へぇ~・・・。その様子だと、ココでは君はまだ死んでいないんだね・・・。』
人影が言葉を発した。
俺は、思わず耳を疑った。
内容も内容だが、この声の主は、まさか──
『うん? 何か言いたそうだけど、そろそろ限界が来たようだね。』
まさか、と、続けようとしたところで息が詰まった。
形容ではない。物理的に息が詰まってしまったのだ。
『・・・・・が・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・っ!?』
いきなりの窒息に、頭が回らない。
とにかく空気を求めるが、喉にそれが入ってくる様子はない。
あまりの苦しさに意識が朦朧とし始めたその時、
──!!
何とも言えない音と共に、俺の頭の中に『何か』が滑り込んできた。
──そうだ! 思い出した! これは、この記憶は──
『今更思い出したところでもう遅いよ。──おやすみ。』
なんとしてもこの記憶を引き継がなければ!
必死に頭の中で『記憶』を引き継がせる方法を考えていた俺だったが、まるで水の中に黒い絵の具を入れたように視界が暗転し、そのまま意識を失った。