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とある騎士団員のとある過去話  作者: 柘榴石
幼馴染【アキハ・コクラン】
8/21

 金属同士がぶつかる。コクランは左足にぐっと体重を乗せ、右足で兵の脇腹に蹴りを入れた。

 鎧は強固で、びくともしていない。兵士はにやりと笑い、サーベルを勢いよく横にないだ。反応が遅れたコクランは、そのまま横に吹っ飛ばされ、家屋に激突する。その反動で積み上げてあった段ボールが崩れ、その中からトマトやジャガイモといった野菜類が転がっていった。

 それらを足で避け、兵士はサーベルの切っ先をコクランの喉元にピタリと当てる。少しでも動けば、喉は貫かれるだろう。

 声も出せない。鋭く、冷たい刃の感触を味わいながら、コクランは兵士を睨み付ける。

「まだそのような目をするか」

 兵士は呆れたように笑った。

 確かに、この状況ではどう見ても兵士の方が優勢である。しかし、コクランは決して諦めようとはしていなかった。

 さっさと諦めればいいものを。兵士は柄を握る手に、ぐっと力を込めた。


 刹那。


 兵士は崩れ落ちた。切りつけられた足では、まともに立ち上がることすら出来ない。

 一瞬――そう、本当に一瞬の隙をついたコクランが、鎌を振るったのである。容赦ないそれは兵士の足を抉り、ボタボタと血を流している。

「諦めるつもりなんてねえよ。フィオーレがお前らに負けたとしても」

「ふん。フィオーレが負けた時点で貴様らは反逆する術を無くすだろう」

「……それでも、俺は」

 コクランはぐっと力を込めた。手汗が酷く、鎌を持つ手が滑りそうになる。

 コクランは体を起こし、ふらつきながらも立ち上がった。そして、鎌を兵士に向けてぴたりと止める。形勢逆転、僅かながらもコクランが優勢に立っていた。しかし兵士は、サーベルを大地に突き刺し、それを支えにして立ち上がる。

 傷だらけの二人。どちらが倒れてもおかしくはない。

 サーベルと鎌、二つの刃はそれぞれの喉を今にも掻き切らんとしている。どちらかが隙を見せた瞬間、拮抗は崩れ、全ては終わる。


 笑っていた。

 最期を目前にしながら、笑っていた。


 長年の勘、というやつだ。この勝負の行方は、何となく予想はついていた。

 兵士は目を閉じる。しかしそれは、隙を見せるものではなかった。むしろ、余計にピリピリとした空気を纏わせるようになった。


「――ハッ」


 兵士は、何かを吐き出すように笑った。

 そして、サーベルをゆっくりと下ろしていく。

「……何のつもりだ?」

「変えてやるのさ。未来、をね」

 このままいけば、負けるのは自分の方だ。向こうの覚悟は、国ひとつ攻めいる兵士にも負けない程のものだった。――たった一人の、幼馴染みへの想いだけだというのに。

 だが生憎そこまで人間は出来ていない。死には(あらが)うし、最期まで生にすがる。

 つまり、死ぬつもりはない。それに、ただの平民に殺されるなどプライドが許さない。

 兵士は笑った。もう歩くことすらままならない足をずるずると引きずり、戦闘の構えを解く。

「……何を」

 する気だ、その言葉が終わる前にサーベルが胸元まで上げられた。その切っ先は、心臓へと向かっている。

 兵士は流れるような動作で鎧を脱ぎ捨てた。ガシャン、というけたたましい音が響く。


「せいぜい守ることだ。大切な女を」


 貫く。

 コクランの視界を真っ赤に染めた後、兵士は僅かに笑みをたたえたまま地面に倒れた。



「……は?」

 思わず漏れたのは、そんな言葉だった。

 あれほど自分達を苦しめた兵士が、自ら命を絶った。そこに勝利の快感は無く、ただ虚無感が残るだけだった。

 大切な女を守れ。兵士は最期にそう言った。

 コクランはアキハの元へ近づき、顔についた泥を払う。改めて見ると、可愛らしい顔つきをしている。意識をしたことはなかったが、黙っていれば――。

 不意に、心臓を鷲掴みにされたような気分になった。何だ、これは。今まで感じたことのない感情に戸惑いつつも、コクランはアキハを背負る。

 大切な女。

 そういえば、いつかナツメが言っていた。


 恋は突然始まるもの。同時に訪れるのは嫉妬。

 男なら自分の信念を貫くことね――


(……まさか、なあ)

 ヌーヴァ遺跡へ、ゆっくりと歩を進める。温かいアキハの体温と冷たい鎌が同時に背中に当たっており、何だか変な感じだ。

 道端に、小さな白い花が咲いていた。



 * * *



 ――全フィオーレ国民に告ぐ。

 フィオーレ王国は只今を持って陥落した。現国王、ネモフィラ=フィオーレ及び、その妃アルメリア=フィオーレは自ら命を絶った。

 尚、第一王子ロード、第一王女ラレンヌの存命は確認されていない。第二王女アイリス、第三王女カトレアに関しては他国に逃れていることが確認されている。


 花は一度散るが、また蘇る。白い瞳に誇りを持て。

 


 * * *




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