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とある騎士団員のとある過去話  作者: 柘榴石
幼馴染【アキハ・コクラン】
7/21

 コクランの大鎌を避け、シンヤのブロードソードを受け止める。兵は笑みを浮かべつつ、声を張り上げて笑った。

「馬鹿め! 民衆ごときにやられるような我々ではない! 第一、貴様らが足掻いたところでフィオーレの陥落は免れないのだぞ」

「それでも……それでも俺達は最後まで戦う。花ってのはな、水と光があれば何度でも蘇るんだぜ?」

 シンヤは後ろに跳ぶ。そして兵士との距離をとり、対峙した。

 いつの間にか包囲されていたようで、ソルティーナ軍がじりじりと迫りくる。中でもサーベルを持つ目の前の男はリーダー格のようで、彼がさっと構えた瞬間、兵士も構えた。

 一糸乱れぬ動き。まるでロボットのように統率された彼らに、二人は気味悪さすら覚えた。

 二人は背中合わせになる。

「コクラン、そっちは任せた」

「シンヤさんこそ、負けないでくださいね」

 その言葉に、シンヤはふっと笑う。


 お前こそな。


 聞き取れるか聞き取れないかの微妙なラインでシンヤは呟く。しかし、コクランには聞き取れていた。

 負けるわけにはいかない。勝って、笑ってアキハのところへ行くのだ。



「おおおおおおおお!」

 そう叫びながらコクランは突っ込んでいく。兵士が剣を振り上げた瞬間、鎧の隙間に鎌を滑り込ませ、横に動かす。

 鮮血が溢れ出た。返り血がコクランの体を赤く染める。

 もう何人の血を被ったのかわからない。そしてそれ以上に、良心を殺した回数がわからない。

 戦う者、キールやシンヤに憧れていたあの頃。いざ自分がその身になってみると、憧れられることが苦痛にしかならないことに気づく。

 本当の感情を殺して、血に濡れた仮面を被って。

 圧迫させるように包囲する兵士を、鎌の一閃で薙ぎ倒す。ぐちゃ、という何かが潰れるような音がしたが、あまり気にしていられなかった。


「――ぐぁあっ!!」


「!」

 背後から聞こえた悲鳴に、思わず振り返る。周りの兵士は既に全員地面に伏せていたので、コクランはその悲鳴の主のところへ向かった。

 シンヤの左腕から大量の血が流れている。そして、サーベルから滴り落ちる鮮血。

「大丈夫ですか……!?」

「ぐ……っ、まあ、な……」

 顔を苦しそうにしかめる。いくら利き腕でないとはいえ、ほとんど使い物にならないというのは辛い。

 コクランは兵士を睨み付ける。しかし、相手の威圧感は少年の意志を軽くへし折ってしまうような、そんな鋭さがあった。

「ふん、私一人か。ただの平民にしてはよくやった方だろうな。まあ、それも無駄になるわけだが」

「う……うるさい!」

「怯えているのか? 恐怖は害ではない。今ここで鎌を捨てて逃げれば見逃してやらんこともない」

 兵士は嘲笑する。

 自分の命か、プライドか。勿論前者が大切なのだろうが、意地がコクランにはあった。

 逃げるものか。自分を叱りつけ、震える体に鞭打ち、力を絞り出す。


「……あああああああああああっ!!」


 叫ぶ。そしてコクランは鎌を振り上げ、下ろす。

 しかし兵士の攻撃は速い。サーベルを突き出し、コクランの脇腹に刺そうとする。

「やめろ!」

 シンヤはブロードソードを払い、サーベルの軌道を変えた。その間に、鎌は振り下ろされる。

 強固な鎧が阻む。兵士の勝ち誇ったような表情が癪に障る。

「……そうだなあ」

 悠然と、威厳たっぷりに兵士は笑う。そしてサーベルを目にも止まらぬ速さでシンヤの足に突き立てたかと思うと、ある爆弾を投下した。


「まずは、目の前で仲間を失ってもらうか」



 アキハは立ち止まった。ここまで何があっても振り返らずに来たけれど、何だか嫌な予感がするのだ。

 微かに悲鳴も聞こえる。

 歩みを進める度、あの場所へ戻ろうと急ぐ程、危機を知らせるアラームは激しく鳴り響く。


「シンヤ兄ちゃん……っ、コクラン!!」


 砂ぼこりが舞う。



 暗転する視界。遠くなる意識の中で、一瞬見えた姿。

 ……何で戻ってきたんだ、馬鹿。



 信じられなかった。

 また自分の目の前で、自分は何も出来ずに、尊敬していた人物が居なくなる。

 左胸を貫いたサーベルの刃。的確に最大の急所を射抜いたそれが、シンヤの命の炎をかき消したことは明らかだった。




「嫌ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!!!!」




 響いているのは、少女の泣き声と兵士の高笑い。

 二つに挟まれたコクランはただ、呆然とその亡骸を見つめていた。

 真っ赤に染まった胸。どれだけ鮮やかな血を見れば、平穏な日々は訪れるのだろうか?

「次は貴様だ、少年」

 ああ、もう何もわからない。


 ここで死んでしまえば、楽になれる?


 精気のない虚ろな目。兵士は躊躇わず、同じように心臓を狙う。


 ――が、それは横からの槍によって阻まれた。


「……横槍失礼、ってね」

 少女には似つかわぬ暗い瞳をしたアキハが、殺気を纏って立っている。

 そこからアキハと兵士の会話が続いていたが、コクランの耳には届いてこなかった。

 何してる、アキハ。何で此処にいるんだ。殺るなら早くやればいいのに――


「――殺す。殺す殺す殺す殺す殺す……殺してやる!!」



 ――違う。



 約束したんだ。キールと。

 考えるより動く方が早かった。槍が兵士に突き出され、兵士は笑みを浮かべて重心を後ろに移動させる。

 しかし槍は長く、十分届く距離だった。


「……!」


 突き飛ばされた兵士が、驚いたようにその光景を見つめる。そして、アキハも。

 槍が貫くのは、コクランの脇腹。彼はゆっくりと槍を握り、引き抜いた。抜いたところからは血が流れ、地面に滴っている。

「……何で……何で邪魔するの!」

 泣きながらアキハは叫ぶ。顔を伏せたまま、彼は答えた。


「キールさんはそんなこと望んでない。シンヤさんも、俺も」


「っ……!」

「俺はキールさんの最期を知っている。そのときに約束したんだ」

 顔を上げた。柔らかい笑みを浮かべながら、コクランはアキハを抱き締める。



「お前は、俺が守る」



 アキハの手から、槍がこぼれ落ちた。服が引っ張られるのを感じたが、すぐにその力は弱まった。

「お前の槍は、復讐の為じゃない。守る為なんだ」

 その言葉を聞くと、アキハは目を閉じた。

 復讐するのは俺でいい。こんな感情になるのは、俺だけで充分だ。

 立ち上がり、兵士を睨み付けた。出血の影響で少し目が眩んだ。しかし、そんなことは気にしなかった。

 数分前までの自分を殴りたくなる。死ねば楽になる、なんて馬鹿なのか。

 アキハが、小さく彼の名を呟く。その声は届いていたのだろうか。


「絶対に、許さない」


 その意志は、少年を成長させる。

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