6
銀色の筋が虚空に現れる。その直後、それを赤い絵の具で上塗りしていく。
声すら無く、ただ無言で地面に伏せていく彼らが最期に見たのは、妹を守る為に奮闘する兄の姿だった。
* * *
コクランは一人、背中に大鎌を携え、山道を歩いていた。城下町ロザリアの裏道を通り、クァールトへと向かっている。
キールの家があったのは東の町、カンパヌラ。そこからアキハ達が住むクァールトへ向かうとなると、国を横断することになる。歩いていける距離ではないが、今の状態を考えると、とても電車が出ているとは思えない。現に、ロザリアを通ったときに見た駅は無人だった。
この足だと、いったい何日かかってしまうのだろうか。考えるだけで頭が痛くなる。
けれど諦めるわけにはいかなかった。キールとの約束なのだ、絶対果たしてみせる。
その意志が重荷になっているのかもしれないが、ともかくコクランは諦めようとはしていなかった。
ようやくロザリアに差し掛かる。思わずコクランは立ち止まり、息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、思っていた以上に酷い光景。
焼け焦げた家、折れた剣、飛び散った血。凄惨たる足跡を残しつつ、ソルティーナは侵攻を進めているようだ。
城を陥落させる為には、クァールトを通らなければならない。勿論森を通るなら別だが、今更隠れる必要もないのだろう。
爆発音が轟く。西の方向――クァールトに近いところで煙が上がっている。
「くそっ……!」
どうか無事で――そう願い、コクランは走り出した。
* * *
「大丈夫か、アキハ!」
「う、うん……」
アキハは数回咳をする。シンヤはソルティーナ軍を睨み付け、ブロードソードを握った。
「……やめて!」
「!」
「ここでじっとしてなきゃ、死んじゃうよ」
彼は肩をすくめる。妹の願いとあれば、無闇に出ていくわけにはいかない。――兵が言っているのが本当ならば、アキハを一人にしてしまうことになりかねない。
――キールが、死んだ。
最強の傭兵、キールが。誰よりも頼れる存在だった、兄が。
二人とも信じきれていない。しかし、複数の兵がそう話しているところをみると、真実なのは疑いようもない。
血のついたブロードソードを少しはらい、鞘におさめる。先程の戦いで少し刃がこぼれてしまった。あとどれくらいもつだろうか?
「――!」
誰かの声。聞きなれている感じがする。
空を切る音。
殺気。
――間に合わない。
剣を抜くのが間に合わないと踏んだ彼は、咄嗟にアキハに覆い被さる。
それは振り下ろされる。
「ぐぁああぁぁぁああああっ!!」
肉が裂ける音がした。――シンヤは振り返る。
その瞬間、ゆらりとその兵が倒れた。その先に、見慣れた姿があった。
「……コクラン!」
正直助けられるかどうかはわからなかった。鎌が分厚いジャケットを裂くとは思えなかったのだ。
せめて俺の存在に気づけばいい、そう思っていた――コクランは西へ逃れる途中、そう言った。
クァールトにはまだ兵は進んでいない。いずれは来るだろうが、城に向かうことは予測できる。つまり、城から離れればいいのだ。
となると、向かうはロザリアから見て北西。ヌーヴァ遺跡に向かって行けばいい。
「コクラン、お前は知ってるのか? ……兄貴が」
「……俺は――」
空気が、震えた。
三人が振り返ると、ソルティーナが思っていた以上のスピードでクァールトに突入したらしいことが分かった。クァールトは最後の砦、フィオーレ軍も迎え撃つ。
三人は近くにあった家の後ろに隠れ、様子を窺うことにした。下手に動いて、相手にこちらを見つけられてしまうことを危惧したのだ。
ぶつかり合う両軍。しかし、戦力差は明らかだった。
当然だ。大国ソルティーナと、小国フィオーレ。何もかもの桁が違いすぎる。
次第にフィオーレが押されていく。しかしそれでも、ソルティーナの戦力は削られたようだ。
フィオーレ軍がついに沈黙すると、大部分が城へと向かっていく。しかし何人かの兵士は、残兵がいないか見回っているようだ。
残すはフィオーレ宮廷軍だけ。王宮直属の軍隊は少数精鋭だが、いつまで耐えられるか。
彼らは、立ち上がった。
「アキハ、ヌーヴァ遺跡に行け。援軍が来る可能性もあるからな」
「え……二人はどうするの?」
「俺とシンヤさんはあいつらと戦う。フィオーレ宮廷軍だって、後に援軍は来てほしくないだろ」
コクランは大鎌を、シンヤはブロードソードを。それぞれ構えると、大地を蹴って飛び出していく。アキハは呼び止めようとするが、彼らはもうすでに声の届かない場所にいた。
――あの馬鹿共……!
アキハは駆け出した。向かう方向はクァールトから北、ヌーヴァ遺跡。
急に飛び出してきた二人に、兵も驚いたようだ。
「貴様ら……軍のものではないな。何者だ? 我らに敵うとでも?」
シンヤが口を開いた。
「戦争のルールに民衆を巻き込まないというものがある。お前達はそれを破った」
「俺達は……民衆代表だ!」
二人は駆ける。