表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある騎士団員のとある過去話  作者: 柘榴石
幼馴染【アキハ・コクラン】
5/21

 キールのレイピアが、ツィーダの肩を裂いた。コクランの鎌がジャケットを破いていたこともあってか、彼の肩からは鮮血が溢れ出た。

 左手で押さえつつ、右手に持った銃でキールを狙う。何発も何発も撃つが、キールは弾道を見切っているのか全て避けていた。

「貴様! 銃弾を避けるなど……一体何者だ!?」

「私は傭兵、それ以外の何者でもない。……まあ、少しばかり愛国心は大きいだろうがな」

 ツィーダは舌打ちをすると、改めて銃をキールに狙いを定める。そして引き金を引くと、大地を踏みしめて距離を詰めた。

 弾丸を避けることに集中していたキールは、その行動への反応が遅れてしまったらしい。ツィーダの嘲笑と共に銃声が響き、キールは左腕に弾丸を受けた。それでも狙われた心臓は守ったのだから流石と言えようか。

「チッ……!」

 レイピアを握りしめ、流れる血をものともせずに駆ける。一旦離した距離をまた一瞬で詰め、レイピアを突き出した。

 その軌跡は正確にツィーダの胸に向かっていた。胸のど真ん中を貫かれたツィーダは、大量の血を吐き出して倒れた。

 緑色の草木が赤く染まる。屍からは血がどくどくと流れ続け、緑を変色させていっていた。

 コクランは茫然としていた。目の前で繰り広げられた戦場での戦いに圧倒されていたのである。

 そんなに長い間見ていたわけではない。しかし、何時間もある映画を観たような気分だった。――現実味を、全く帯びていない。

 キールが歩いてくる。その後ろで、僅かにツィーダの体がうごめいた。

「ぐ……あ」

 生きている――あれほどの傷を受けたというのに。

 キールはそれを一瞥すると、コクランに背中を向ける。ちょうどツィーダを隠すようにして立つと、レイピアを高々と振り上げた。

 空を突き刺さんとばかりに、切っ先は天を向いている。それは勢いよく降り下ろされたかと思うと、断末魔と血の吹き出る音が同時に届いた。

「幻覚を使うというから、もっと苦戦するかと思ったのだが」

 キールは頭に巻いていたバンダナを取ると、左腕に手早く巻き付けた。止血しなければならないからだろう。

「大丈夫だったか? コクラン」

「あ……はい、大丈夫です」

 キールは安心したように一息つくと、再び立ち上がった。

「コクラン、歩けるか? 早くシンヤやアキハと合流した方がいい」

「そうだ……アキハ! アキハは無事なんですか!?」

「わからん。シンヤがついているから大丈夫だろうとは思うが……」

 そこまで言うと、キールは言葉を切った。

 コクランの顔が、恐怖に歪んでいる。おい、何をそんなに怯えて――


「キールさん……後ろっ!!」


「!!」

 殺したはずのツィーダが、ナイフを持っている。トドメにとつけた傷がない。――まさか。


「……幻覚!?」


「コロ……ス……貴様を……道連れにィッ!!」

 ナイフが降り下ろされる。

 銀色の弧を描いて向かった先に、恐怖を映すコクランの瞳。

 コクランは動けない。

「くそっ、伏せろコクラン!」



 肉が裂ける音。ナイフが引き抜かれると血が溢れた。とめどなく、いずれは致死量に達する勢いで。

 コクランはうっすらと目を開けた。目の前には、キールの苦痛に歪んだ顔。

「……キールさん!!」


 嫌だ。何で?


 コクランが絶句している間にも、ツィーダはキールを道連れにしようとナイフを降り下ろし続ける。いつ死んでもおかしくないのに、異様な程の執着が彼を生かしている。

「ぐ……かはっ……」

「キールさん!! ……やめろ、やめろぉっ!!」

 ツィーダを止めようとコクランは動く。しかし、キールはさせなかった。

 てこでも動かない程に、キールはコクランを庇うような体勢を変えない。

 嫌だ。死なないで。嫌だ、嫌だ――!


 ついにナイフが地面に落ちた。ツィーダの体が崩れ落ちていくのを視界の端でとらえる。

 キールは既に虫の息だった。もう助からない、その真実は残酷に降りかかる。

 コクランはゆっくりとキールの体を動かし、彼の体の下から這い出た。背中に残るおびだたしい数の傷から多量の血が流れ、地面に注がれている。

 無力だった。何も出来なかった。自分の非力さだけが、ただ涙として溢れる。


「……コク……ラン……」


「!」

 か細い声。キールの口が、僅かに動いている。

「キールさん……?」

 彼は少し顔を上げた。残り少ない命の蝋燭(ろうそく)が尽きる前に、何かを伝えようとしている。

 コクランは耳を済ませた。一言一句たりとも聞き漏らさないように。


「アキハは……幸せに……」


 キールが戦場に発つ日、言っていた言葉。


 ――私にもしものことがあっても、お前が守ってくれるだろう?


 アキハには、自分達のような辛い思いをさせたくない。できることならば、戦争にも関わらずに平和に過ごしてほしいが――それは叶わぬ願いだ。

 コクランがしっかりと頷いたのを見ると、キールは静かに微笑んだ。


 涙が零れる。

 呼吸が、止まる。


 風がないていた。



 敵味方問わず、兵の遺体は特殊衛生兵が処理することになっている。どこからともなく現れた彼らは、ただただ無言でツィーダとキールを運んでいった。

 コクランは立ち上がる。


 約束を、果たさなければならない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ