5
キールのレイピアが、ツィーダの肩を裂いた。コクランの鎌がジャケットを破いていたこともあってか、彼の肩からは鮮血が溢れ出た。
左手で押さえつつ、右手に持った銃でキールを狙う。何発も何発も撃つが、キールは弾道を見切っているのか全て避けていた。
「貴様! 銃弾を避けるなど……一体何者だ!?」
「私は傭兵、それ以外の何者でもない。……まあ、少しばかり愛国心は大きいだろうがな」
ツィーダは舌打ちをすると、改めて銃をキールに狙いを定める。そして引き金を引くと、大地を踏みしめて距離を詰めた。
弾丸を避けることに集中していたキールは、その行動への反応が遅れてしまったらしい。ツィーダの嘲笑と共に銃声が響き、キールは左腕に弾丸を受けた。それでも狙われた心臓は守ったのだから流石と言えようか。
「チッ……!」
レイピアを握りしめ、流れる血をものともせずに駆ける。一旦離した距離をまた一瞬で詰め、レイピアを突き出した。
その軌跡は正確にツィーダの胸に向かっていた。胸のど真ん中を貫かれたツィーダは、大量の血を吐き出して倒れた。
緑色の草木が赤く染まる。屍からは血がどくどくと流れ続け、緑を変色させていっていた。
コクランは茫然としていた。目の前で繰り広げられた戦場での戦いに圧倒されていたのである。
そんなに長い間見ていたわけではない。しかし、何時間もある映画を観たような気分だった。――現実味を、全く帯びていない。
キールが歩いてくる。その後ろで、僅かにツィーダの体がうごめいた。
「ぐ……あ」
生きている――あれほどの傷を受けたというのに。
キールはそれを一瞥すると、コクランに背中を向ける。ちょうどツィーダを隠すようにして立つと、レイピアを高々と振り上げた。
空を突き刺さんとばかりに、切っ先は天を向いている。それは勢いよく降り下ろされたかと思うと、断末魔と血の吹き出る音が同時に届いた。
「幻覚を使うというから、もっと苦戦するかと思ったのだが」
キールは頭に巻いていたバンダナを取ると、左腕に手早く巻き付けた。止血しなければならないからだろう。
「大丈夫だったか? コクラン」
「あ……はい、大丈夫です」
キールは安心したように一息つくと、再び立ち上がった。
「コクラン、歩けるか? 早くシンヤやアキハと合流した方がいい」
「そうだ……アキハ! アキハは無事なんですか!?」
「わからん。シンヤがついているから大丈夫だろうとは思うが……」
そこまで言うと、キールは言葉を切った。
コクランの顔が、恐怖に歪んでいる。おい、何をそんなに怯えて――
「キールさん……後ろっ!!」
「!!」
殺したはずのツィーダが、ナイフを持っている。トドメにとつけた傷がない。――まさか。
「……幻覚!?」
「コロ……ス……貴様を……道連れにィッ!!」
ナイフが降り下ろされる。
銀色の弧を描いて向かった先に、恐怖を映すコクランの瞳。
コクランは動けない。
「くそっ、伏せろコクラン!」
肉が裂ける音。ナイフが引き抜かれると血が溢れた。とめどなく、いずれは致死量に達する勢いで。
コクランはうっすらと目を開けた。目の前には、キールの苦痛に歪んだ顔。
「……キールさん!!」
嫌だ。何で?
コクランが絶句している間にも、ツィーダはキールを道連れにしようとナイフを降り下ろし続ける。いつ死んでもおかしくないのに、異様な程の執着が彼を生かしている。
「ぐ……かはっ……」
「キールさん!! ……やめろ、やめろぉっ!!」
ツィーダを止めようとコクランは動く。しかし、キールはさせなかった。
てこでも動かない程に、キールはコクランを庇うような体勢を変えない。
嫌だ。死なないで。嫌だ、嫌だ――!
ついにナイフが地面に落ちた。ツィーダの体が崩れ落ちていくのを視界の端でとらえる。
キールは既に虫の息だった。もう助からない、その真実は残酷に降りかかる。
コクランはゆっくりとキールの体を動かし、彼の体の下から這い出た。背中に残るおびだたしい数の傷から多量の血が流れ、地面に注がれている。
無力だった。何も出来なかった。自分の非力さだけが、ただ涙として溢れる。
「……コク……ラン……」
「!」
か細い声。キールの口が、僅かに動いている。
「キールさん……?」
彼は少し顔を上げた。残り少ない命の蝋燭が尽きる前に、何かを伝えようとしている。
コクランは耳を済ませた。一言一句たりとも聞き漏らさないように。
「アキハは……幸せに……」
キールが戦場に発つ日、言っていた言葉。
――私にもしものことがあっても、お前が守ってくれるだろう?
アキハには、自分達のような辛い思いをさせたくない。できることならば、戦争にも関わらずに平和に過ごしてほしいが――それは叶わぬ願いだ。
コクランがしっかりと頷いたのを見ると、キールは静かに微笑んだ。
涙が零れる。
呼吸が、止まる。
風がないていた。
敵味方問わず、兵の遺体は特殊衛生兵が処理することになっている。どこからともなく現れた彼らは、ただただ無言でツィーダとキールを運んでいった。
コクランは立ち上がる。
約束を、果たさなければならない。