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リオンが強い、ということはわかりきっていた事実である。しかし、相手は戦闘に特化した兵士――いくら強くても、所詮は素人。勝ち目は無いはずだった。
そんなスズネとテレサの予想は、見事に外れることになる。
「案外、いけるものだね」
そう言いながら武器を下ろしたリオンに、二人は思わず開いた口が塞がらない状態になっていた。リオンが孤児院を出たのは、わずか数時間前のことである。その数時間の間に、彼女は剣やら槍やら、そして弓矢も奪っていた。
「お前……お前……」
「す、凄いね……」
驚くあまり、そんな言葉しか出てこない。むしろ、ここまでよくこれだけの武器を運べたなあと思うばかりだ。
「最初に、私が使えそうな武器を奪うべきだと思ってね。ちょうど大剣を提げている兵士を見つけたからそいつを倒して大剣を奪って……」
「ちょっと待て」
リオンの話を聞くと、素手で武装した兵士を倒したことになる。スズネはリオンの体を確認するが、大きな傷などどこにも見当たらない。戦闘訓練なんて殆ど経験していないのに、このリオンの強さは何なのだろう。
頼もしさと同時に畏怖の念すら抱きつつ、テレサは弓矢を手に取った。
鉄製の弓矢だ。よくしなり、強度もそこそこある。小さめのタイプだから、手数で攻めることが出来る。飛距離こそ短いが、それでも十分だ。
「さて、テレサも武器を持ったわけだけど」
「そうだ、戦うって言ってたけど、流石に本陣に突っ込むわけじゃないでしょ?」
スズネがそう問いかけると、リオンは笑って答える。
「流石にそんな無茶はしないさ。私達が戦う相手は、孤児院の近くに来た兵士だけだ。フィオーレとソルティーナの兵力差が圧倒的なことくらい、私にだってわかる」
だからせめて、自分達の居場所は自分達で守らなきゃな。リオンはそう続けると、背中に背負った大剣の柄に触れる。目を伏せ、何かを憂うような、そんな表情だった。
本当はリオンも、そしてスズネやテレサも悟っていた。圧倒的な軍事力を誇るソルティーナの前に、平穏に過ごしてきたフィオーレなど敵うはずもない。ソルティーナの支配下に置かれることが、この侵略の結末だと。
わかりきっていても、諦められる程彼女らは場数を踏んでいなかった。少しでも可能性があるなら、それが例え1%以下だとしても、その僅かな可能性に賭けてみたかったのである。
「……孤児院は、私達が守る」
自分達を逃がしてくれた彼らの為にも、3人は死ぬわけにはいかなかった。
* * *
風の流れが、手に取るようにわかる。弓矢を持ち、矢をつがえたその瞬間からテレサの感覚は研ぎ澄まされ、遠くに見える黒い騎兵に狙いを定める。
馬が射程距離範囲に入る。視界良好、風の向きも問題無し。矢が放たれる。――馬の脚に刺さる。馬が大きくのけ反り、暴走を始めた。背中に乗っていた男は振り落とされたようだが、気絶で済んだのか、ショックで死んだのかまではわからない。
馬はそのまま走り去った。だが、脚に矢が刺さったままではそう遠くへ行けないだろう。兵士の死体は特殊清掃員だったかそういう人々が処理するらしいが、馬の死体はどうなるのだろうか。
「私の出番は無かったようだね」
馬が見えなくなった後、テレサの背後からリオンが現れた。その更に後ろには、スズネの姿が在った。スズネは手に応急キットを詰め込んだ箱を持っており、いつでも応急手当ができるようにしている。
元々彼女は手先が器用で、怪我をした子供の手当てをすることも得意だった。リオンが彼女を、いわば衛生兵にあてたのも、それがあってのことだったのである。
「お前は十分働いてるだろ。ちょっとは格好つけさせろよな」
不満げにテレサがそう言うと、リオンはからからと笑う。スズネもテレサが怪我をしていないことを確認すると、安心したように笑った。
「男に負けるわけにはいかないからね!」
「お前、料理対決じゃねえんだから……」
空を見上げると、まだ青い空が広がっていた。この空だけを見れば、とても侵攻されているとは思えないだろう。しかし、時折聞こえる爆音と、 道路に無造作に放置された折れた剣などは、明らかに平和のそれではない。
西の空は、わずかに曇りつつあった。もしかすると、一雨来るのかもしれない。




