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とある騎士団員のとある過去話  作者: 柘榴石
孤児院【テレサ・スズネ・リオン】
20/21

 ひどく喉が渇く。それは単純に水分が不足しているからか、空気が熱いからか。孤児院の2階、いつもは湿った空気の書庫ですらそう感じられる。

 空気が熱い、というのもなかなかおかしな表現だと思ったが、テレサはそれ以外この状況を言い表す言葉を持ち得ていなかった。

 ソルティーナの侵攻は続く。フィオーレ軍が応戦しているものの、戦力差は一目瞭然である。このままでは、容易にこの孤児院や教会も支配されてしまうことだろう。

 ――そこまで考えて、テレサは自分の冷静さに驚いた。

 孤児院の窓から見える町並みは、以前のような美しいものではなく、燃え盛る業火が町を焼き尽くしていた。それらはまるで映画の中の光景で、とても目の前で起こった事実であるとは思えなかった。

 友人が死に、それを目の前で目撃しても尚――信じられないのである。

 ただ窓の外を見つめていると、部屋の扉がノックされた。

「テレサ?」

 扉の向こうから姿を現したのは、リオンとスズネだった。スズネは額にガーゼを貼っている。

「捜したよ。こんなところにいたんだね」

 スズネは書庫を見渡す。ここはあまり利用される場所ではない。むしろ、年に数回開かれればいい方だと言えた。

 それは裏返せば、一人になれる確率がもっとも高いということだ。

「……テレサは、どうするつもりなんだ?」

 静かにリオンが口を開く。

 どうするつもりなのか、それは3人それぞれがずっと考えてきたことであった。このまま運命に流されてゆくのか、それとも抗い戦うのか。

「俺、は」

 わからない。掠れた声で呟いた。

 本音としては戦いたいが、ソルティーナの兵に敵うわけがないことを、テレサは身をもって痛感していた。

 それきり黙りこんだテレサを見つめ、リオンは言う。


「……私は、戦うよ」


「!」

「む、無茶だよリオン! だいいちあたし達には武器なんて残ってないし、死んじゃうよ!」

 スズネの言葉に耳を傾けるも、リオンが意思を変える様子は微塵も見られない。昔から彼女は、1度決めたことは意地でも変えようとはしなかった。

 勿論それが正解だったこともあるが、失敗したこともある。そしてテレサとスズネにとって、今この状況ではどう考えても彼女の判断は失策としか思えなかった。

 それでもリオンは折れない。まっすぐな目で二人の意見を受けとめ、その上で自分の意思を貫こうとしている。

 ――折れたのは、二人の方だった。

「……リオンがいくなら、あたしも行く。絶対一人にはさせないから」

「お前らだけで行かせると、神父様に怒られるな」

 三人は決意を固める。――遅かれ早かれこうなっていたのかもしれないと、テレサは頭の片隅で思った。



  * * *



「でも、戦うって具体的にはどうするんだ? スズネが言った通り、俺達には武器が無いんだぞ」

「武器が無くたって、戦えるだろう」

 その言葉に、しばらくスズネとテレサは黙りこむ。そしてその言葉を理解したのは、それから数秒後のことだった。

「いや……それこそ無茶だろ! 相手は兵士だぞ!?」

「そうだよ! いくらリオンでも体術で挑むのは危険だって! あたしだってそんなに強くないし、ましてやテレサなんて!」

「おいさらっと貶すな! 事実だが!」

「まあ、流石に私一人じゃ無理だろうし、限界があるだろうね。確かにテレサは体術はアレだけど、確かアーチェリーは得意だったな?」

 学校の授業で、武術を体験するときがあった。

 そのときテレサはアーチェリー――弓術を選択し、講師をも凌ぐ程の結果を残している。

「だけど、弓なんて」

「……あまり良い方法では無いけれど、背に腹は代えられないよね」

 ぼかした口調のリオン。二人はしばらく黙りこみ、そして再び焦りだす。

「ま、まさか、盗むの!?」

「それが一番手っ取り早いし、戦力も削げる。ま、ソルティーナは軍事国家だからあまり意味はないだろうけどね。どうにかして私が弓を盗んだら、テレサも戦えるだろ? あ、スズネは戦わなくていいよ。所謂回復要員になってもらおうかな、って思ってるんだ」

 リオンはすらすらと作戦を述べていく。絶対の自信があるのか、それとも二人が代案を出せないとわかってのことか。事実、二人は圧倒されて頭の中を整理することで必死になっていて、代案など思い付かなかった。

「……待て。じゃあ、弓が手に入るまで……リオンは」

「うん、一人だね。でもそれが最善の選択さ」

 テレサはリオンの顔を見つめる。

 いたって普通。微笑すら浮かべている。揺るがぬ信念を、彼女は持っていた。

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