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とある騎士団員のとある過去話  作者: 柘榴石
孤児院【テレサ・スズネ・リオン】
17/21

 海に面した街、ルーイン。ここはロザリアなどの市街地からは森で隔てられており、静かで和やかな街に成長した。

 そして、比較的森に近い丘の上に、その孤児院はあった。



 パステルカラーで彩られた大きな建物から、子供達の笑い声が聞こえてくる。

 孤児院は、隣にある教会が運営している。フィオーレ中から孤児が集まり、今はその数100を超えていた。

 王族も孤児院の存在に感謝しており、多額の寄付を受け取っている。ギリギリの状態、なんてことはないのだ。

「さあ、スズ! 結論を出して!」

 ばん、と机を叩いて、艶やかな黒髪を巻いている少女――ミユキは叫んだ。

 スズことスズネはそんなミユキを気にすることもなく、ただ目を瞑っている。

 やがてその両目が見開き、椅子から立ち上がって叫んだ。

「勝者は……女子組ッ!!」

 歓声が食堂を包む。ガッツポーズを決める少女の隣で、落胆する少年の姿があった。

「これで勝数は同じになったね、テレサ?」

「あー、くそっ……あと一勝で押し付けられたのに……」

 少女・リオンと少年・テレサは、孤児院の食事係である。

 この孤児院では、毎日リオンをリーダーとする女子組とテレサをリーダーとする男子組による料理対決がある。先に5勝した方が、次の1週間買い出し当番を相手に押し付けることができるのだ。4-4となった場合は先に6勝した方、5-5となった場合は7勝した方、という風なルールも採用している。

 しかし、両方とも料理の腕前は目を見張るものがある。なかなか勝負は決まらず、結局いつもその日の当番が買い出しに出掛けていた。

「さぁてと、今日の当番は……女子組だね」

 スズネが当番表を確認する。ちなみに、彼女は掃除係である。

 リオンは財布とメモ張を取りだし、冷蔵庫に残っているものを書き出している。ミユキ達他の女子組も、準備の為厨房を出ていった。



「はー、やっぱり肉料理はリオンには敵わねえな」

 ため息をつきながら、料理係男子組の一人であるレオは呟いた。

 今まで何戦もやってきたが、肉料理対決で女子組が負けたことはない。いつも勝ちたい、勝ちたいと思っているのだが、どういうわけか勝てないのである。

 しかし、リオンの作る肉料理は素晴らしいものであることは、この孤児院にいる全員が知っている。とろけるような舌触り、絶妙な焼き加減――あれは誰にも真似できない。

 厨房を出たテレサは自室へ戻った。彼はまだ17歳、学生である。学校へ通うことができるのは、孤児院の援助もあるが、一番大きいのは国からの援助だろう。現国王ネモフィラ=フィオーレは、そういった政策で国民に信頼されている。

 テレサは歴史の教科書を開く。フィオーレ王国第三代国王、バルサミアの絵が載せられている。200年程のフィオーレの歴史の中で、暴政で暗殺された唯一の王だ。

 30分程ノートと教科書をにらんでいたテレサだったが、シャーペンを放り出して大きくのびをした。

「……あー、頭いてえ」

 テレサは歴史が苦手だった。歴史が得意なのはミユキである。

 この孤児院で、テレサと同じ17歳なのは四人。ミユキ、スズネ、リオン、レオだ。

 聞こうにも、ミユキは今買い出しに出ているだろう。帰っているとしても、料理当番は買い出し当番と兼任させられるため、厨房に入っているかもしれない。

 テレビでも見るか――そう思いテレビを点けた、まさにその瞬間だった。


 大地を揺るがすような、轟音が響いた。


 同時に鳴り響く警鐘。けたたましいサイレンが、緊急事態であることを告げる。

 テレビはバラエティを流していたが、深刻な顔つきをしたアナウンサーが映し出された。アナウンサーはヘルメットを被っており、背後の放送局の社員達も慌ただしく動いている。

 アナウンサーは叫ぶようにして何かを伝えている。しかし、ノイズが入ってよく聞こえない。辛うじて分かったのは、“ソルティーナ連合国軍”と“ユーラ村”だけだ。

 地図張を開いて確認する。ユーラ村は、北に広がるネピの森付近にある小さな村らしい。国産の薔薇の80%以上がここで作られている、と小さく記されている。

 テレサは部屋を飛び出した。そして広間へと向かうと、困惑した表情の子供達が集まっていた。

 北にあるユーラ村から攻めてきているのであれば、南にあるルーインに来るまではかなり時間があるだろう。その間に、物資や避難場所の確保をしておかなければならない。

 教会の神父が何やら指示を出している。落ち着け、大丈夫だ、という声が聞こえてくる。

 しかし、テレサ達ならまだしも、この孤児院にはまだ3歳や5歳といった幼い子供もいる。パニックになり泣き叫ぶ子供達を必死で宥めようとするが、あまり効果はなかった。

 一人が泣き始めれば、それはまるで伝染病のように広がっていく。

「テレサ!」

 そう叫びながら駆け寄ってきたのは、リオンとスズネだった。

「お前ら、帰ってきてたのか! 他の奴等は?」

「向こうにいる。……どうなるんだろうね」

 いつも堂々としている印象のあるリオンだが、流石に動揺を隠しきれてはいないようだ。

 フィオーレは平和を尊重する国。軍が無いわけではないが、軍事大国であるソルティーナにかなうとはとても思えない。

「……何、あれ」

 スズネがかすれた声で呟く。彼女の視線は、孤児院の大きな窓の向こう――海へと向けられている。

「……冗談きっついぜ……」

 冷や汗が額を伝う。他の子供達もそれに気づいたようで、いっそう泣き声が大きくなった。


 海から這い上がってくるのは、黒の軍勢。

 サファイアのように輝く海の上に浮かぶ、巨大な軍事船。

 船に描かれているのは、赤く煌々と揺らめく様子を描いた炎。


 ソルティーナが攻めてきたのは、ユーラ村だけではなかった。

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