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金属と金属のぶつかり合う音がする。しかし、その数はミルが聞いたときよりも圧倒的に少なくなっていた。
ホールに飛び込むと、まず最初に大量の屍が視界に入った。兵士は勿論、国民のものまで、そこに放置されている。
ステラを見つけたソルティーナ兵がこちらへ向かってくる。咄嗟にミルはリボルバーを右手に持ち、撃った。
崩れ落ちていく男達。ステラはしばらく茫然としていたが、やがて小さく呟いた。
「……ミル、ごめんな」
「え? どうしたの、急に」
「俺はラレンヌ様を見捨てた。確かにラレンヌ様はここから逃げろと仰った……それは、ミルを助ける為だ。お前を安全な場所へ連れていく為だ。……なのに」
助けるどころか、ミルまで戦いに参加することになってしまった。
ステラの言葉はだんだん小さくなっていき、最後の方は聞こえなかった。それでもミルは、彼が自分を大切に想っているということはわかった。
「私はね、自分で戦うことを選んだの。……ステラ、いつも守ってくれてありがとね」
笑顔を向けると、彼はいつものようにくしゃっと笑った。
ホールを抜けると、外はもうすぐそこだ。開け放たれた巨大な扉から、涼しい風が吹き込んでくる。
城の周りに咲いている薔薇も、血を被って赤く染まっていた。確か、植えられていたのは白い薔薇であって赤い薔薇ではなかった。
「――貴様ら、傭兵か」
突如、背後から聞こえた声。一瞬で空気が張り詰め、緊張が走る。
ゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは、一人の青年。
「……ロード様……!?」
ソルティーナに捕らえられていたはずの、第一王子・ロードである。
艶やかな黒い髪、青みを帯びた白い瞳。凛とした顔つきは、国王の青年時代によく似ているらしい。
フィオーレ人の特徴を備えながら、その服装はフィオーレのものではなかった。王国の制服は、王族にしても兵士にしても白や青を基調にしているというのに、彼が今着ている服は黒い。炎のような鮮やかな赤や黄色、オレンジ等が散りばめられている。
「……その制服……、ソルティーナのものでは……」
「ああ、そうだ。――貴様にはひとつ仕事をしてもらわねばならない。ネモフィラとアルメリアは死んだのだろう? なら私がトップではないか、勿論聞いてくれるな?」
ステラは目を見開く。何故王と王妃が死んだことを、ロードは知っているのだろう。
しかしその驚きは、すぐに上書きされる。
「降伏宣言をしろ」
淡々と紡がれた言葉。それは、冷たく鋭い刃となる。
「ソルティーナに降伏するんだ。そしてフィオーレは、ソルティーナの植民地となる」
何故だ? 何故ロードは負けろと言うのだ。
ロードはフィオーレを愛していた。以前の彼ならば、国や国民を捨てるようなことは決して言わなかったはずだ。
しかし、それを指摘できる程ステラは無知ではない。今、ロードから発せられるオーラは、絶対に逆らわせない何かを持っていた。
「……わかりました。宣言文を放送しましょう」
「……ステラ」
心配そうなミルの声。大丈夫さ、とステラは笑う。
「ご苦労。私は少し用事がある……」
踵を返し、ロードは歩いていく。
ミルには一瞬だけ、彼が悲しそうな顔をしたように思えた。
ミルを一人にするわけにもいかず、二人で放送機材がある部屋へ向かう。
城での戦いはもう終わりそうだった。数時間後に勝利の宴を開くソルティーナの様子を思い浮かべ、ステラは自虐的に笑った。
――国を守れず、多くの民が死んだ。あまりの情けなさに、呆れを通り越して笑うしかない。
ミルは、緊張した面持ちで歩いている。無理もない、つい先日までどこにでもいる普通の少女だったのだ。
扉を開け、大きな窓から陽射しがたっぷりと差しこむ部屋に足を踏み入れる。もうすぐ初夏を迎える王国の太陽は、大地の悲惨な状況も知らずに大空で輝いている。
手早く準備を行い、マイクのスイッチを入れる。ステラは鼓動が速くなるのを感じ、深呼吸をする。
「――全フィオーレ国民に告ぐ。
フィオーレ王国は只今を持って陥落した。現国王、ネモフィラ=フィオーレ及び、その妃アルメリア=フィオーレは自ら命を絶った。
尚、第一王子ロード、第一王女ラレンヌの存命は確認されていない。第二王女アイリス、第三王女カトレアに関しては他国に逃れていることが確認されている。
花は一度散るが、また蘇る。白い瞳に誇りを持て」
「!」
ステラは満足げな表情でスイッチを切る。しかしミルには、今彼が行ったことの危険性がわかった。
降伏宣言だけではない。彼は今、フィオーレ再興の意志を明言したのだ。
「ステラ……!」
「これくらいしかできない、っていうのが悲しいけどな。……ミル、お前は逃げろ。おそらくソルティーナの奴等が来るだろ。俺がいれば、ここで足止めできるから。――心配すんな、後から行くから」
そう言いながら、ステラはミルを抱きしめる。その体が少し震えていることに、ミルは気づいた。
「絶対だよ? 私、貴方のこと信じてるから……絶対来てね?」
「……ああ」
ステラはミルを抱きしめたまま、静かに唇を重ねる。そして微笑み、背中に回していた手をほどいた。
ミルは注意深く廊下を見渡し、部屋を飛び出す。幸いにも、ミルが使っていた裏口はこの近くにある。そこまで行くための道は、先程の部屋にあった地図で確認済みである。
誰かが言い争っている。彼は絶対に来てくれると信じているが、やはり心細い。心配になる。
階段の踊り場で立ち止まり、聞こえてくる声に耳をすませた。
* * *
あの乾いた音はなんだったのだろう。
あの誰かが倒れたような音はなんだったのだろう。
どうして黒い制服の人達が笑っているのだろう。
* * *
「――うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
信じない。信じたくない。
そこで倒れているのは、愛しいあの人じゃない。
血を流しているのは、愛しいあの人じゃない。
死んでいるのは、愛しいあの人じゃない。
何も考えられなかった。
ただ、無我夢中でリボルバーを握り、乱発していた。彼女の恐るべきセンスは、弾全てを急所に当て、即死させていた。
騒ぎを聞きつけた他のソルティーナ兵が駆けつけてくる。しかし、もう弾は詰め終えている。
「許さない……絶対に許さない……」
「私の……俺の大事なモンを奪ったお前らを……絶対許さねェ!!」




