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とある騎士団員のとある過去話  作者: 柘榴石
星屑【ミル】
14/21

 地獄を見ているようだった。

 地震かと思うような大きな音と揺れの後、ホールに駆け込んでくる黒い制服のソルティーナ軍。

 迎え撃つフィオーレ宮廷軍の白い制服。黒と白は入り混じり、混乱を生んだ。

 人々は逃げ惑うが、冷静に判断が出来ない為、効率よく避難することが出来ない。故に、背後からソルティーナ兵に殺されていく。

 ミルは人の波に揉まれ、あの裏口に向かうことが出来なかった。宮廷軍に加勢するにしても、この人口密度では誰かを巻き込んでしまう。

 子供が泣いている。大人も泣いている。

 いつしかミルは、ある絵の前に流されていた。ホールの隅に掛けられている、とても大きな絵だ。

 大輪の薔薇が咲き誇る薔薇庭園を、美しい女性が歩いている。空は青く、太陽が優しく照らしている。――そんな風景を切り取った絵。

「……あれ」

 絵の額縁に違和感と壁の間に、僅かながら隙間がある。そっと動かしてみると、そこに引き戸が現れた。

 気づかれないように体を滑り込ませ、戸を閉じる。戸からは下に降りていく階段があり、ところどころにランプが置いてあることから、ここは隠し通路か何かなのだろう。

 右手で壁を伝いながら降りていく。ひんやりとした空気がミルの頬を撫でた。


「誰だ!?」


 突然、声が響いた。

 足音がこちらへと向かってくる。身を隠そうにも、隠せる場所なんてない。

 相手が、角から現れた。


「……ミル……!?」

「え……ステラ!?」


 黒い髪。緑色っぽい白の瞳。

 何より見慣れた顔と聞き慣れたその声は、ステラのものだった。


「良かった……無事で。本当に良かった……」


 思わず座り込む。彼は慌てて駆け寄り、ミルを支える。

「どうしてここに……」

「……。……ねえ、ステラ。抱き締めてもいい?」

 ステラは思い出す。

 以前、死者のリストを見せてもらったことがある。その中に、ミルの家族の名があったことを。

 孤独だったのだろう、寂しかったのだろう。ステラは頷くと、ミルの背中に腕を回し、しっかりと抱き締めた。

 ――無事で、良かった。



 地下室へ向かう階段を降りていく。ステラはその先で、王族の護衛をしているらしい。

「一人なの?」

「いや、もう二人いる。正確には、ラレンヌ様を脱出させる為に俺がいるんだ。だから、俺はラレンヌ様専属と言っていいだろう」

 階段の方から聞こえた足音が、ソルティーナ兵のものかと疑った彼は、あとの二人に王達を任せて確認に向かった――そういうことだ。

 階段を降りきると、小さな部屋に辿り着いた。この先に王達は隠れていたらしい。

「ミル、ちょっと待ってろ」

 ミルが頷くと、ステラは扉に耳を当てる。

「……?」

 ステラが険しい表情になったのを見、ミルは中で何かが起こっているのだと悟る。

 扉をそっと開き、ステラは中の様子を窺った。ラレンヌが立っている。

「ラレンヌさ――ッ!?」

 ゆっくりと、ラレンヌが振り返る。


 涙で濡れた頬。

 白いレースがあしらわれた水色のドレスは、赤く彩られている。

 右手には、血が滴るナイフ。


 そして、周りに倒れているのは、彼女の両親と護衛の二人、そしてソルティーナの制服を着た二人の兵。


「ねえ、ステラ。何が起こっ――」

「見るな!」

 中を覗こうとしたミルの目を塞ぐ。その状態で、唯一生きているラレンヌに話を聞こうとするが、彼女は泣き崩れてしまった。からん、と音をたててナイフが落ちる。

「ラレンヌ様! いったい何が……」

 ステラは彼女に歩み寄ると、足でナイフを蹴飛ばす。

 ラレンヌは途切れ途切れながらも、ステラが去った後のことを話した。


「……そこの、隠し通路から、兵士達が。護衛達が戦い、一人を、殺しました。ですが、もう一人は、駄目でした。私、怖くなって、もう何が何かわからなくて。お父様も、お母様も、私に『殺してくれ』と言いました。ソルティーナに、殺されるくらいなら、娘の手に、かけられた、方が、マシ、だと……」


 確か、ラレンヌはミルと同い年だったはずだ。まだ成人にも満たない少女達に降りかかった孤独と葛藤。それらは、全てこの戦いのせいなのだ。

 ミルは声しか聞こえないが、ステラが自分の耳を塞いだ理由がよくわかった。彼は、自分にスプラッタな場を見せまいとしてくれたのだ。

 しかし、いくら王と王妃が望んだとはいえ、ラレンヌが行ったのは親殺し。通常なら死罪に値する程の、重い罪である。

 こんな事実を、公表するわけにはいかない。追い詰められた末の自害、とするのが賢明か。

「とにかく、ラレンヌ様。ここから出ましょう。いつ見つかってもおかしくありません」

「ええ……」

 ラレンヌは涙を拭うと、ゆっくりと立ち上がる。――そのときだった。


 勢いよく扉が開き、ソルティーナ兵がなだれこむ。


「王女は生きて捕らえろ! 他の者は殺せ!」

 その言葉を皮切りに、ソルティーナ兵が一気に向かってくる。ステラはラレンヌを守ろうとするが、彼女は囁いた。

「……私は捕まってもかまいません。彼女を、助けてあげてください」

「ですが――」

 反論の言葉は、ラレンヌの微笑みにかき消された。全てを悟っているような、優しい笑み。

 兵が近づいてくる。

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