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とある騎士団員のとある過去話  作者: 柘榴石
星屑【ミル】
13/21

 生き延びる為。自分の身を守る為。

 ミルは武器屋に忍び込んでは弾薬と弾丸を盗み、そして死んだソルティーナ兵からも奪っていった。

 兵を見つけるのはかなり希だ。そして、武器屋もそこまで多いというわけではない。

 窃盗、という犯罪行為を犯していることに心が痛むものの、そんなことを気にしていられない程、戦局は大きく動いていた。

 ――その日の夜、城に運ばれてきた死体は傭兵団の団長だったのである。


 右腕の無い死体。血で濡れた、国の象徴である薔薇の紋章。

 黒い制服に白い糸で縫われていたそれは、真っ赤に染まっていた。



 * * *



 雨はまだ、降りやまない。

 一昨日降った雨は一旦止んだのだが、昨日からまた降りだした。こんな頻繁に雨が降るなど、あまり体験したことがない。

 傭兵団は次の団長をめぐり、何度も意見を交わしていた。有力候補としては、最強の傭兵・キールと優れた判断力を持つステラがあげられた。

 避難してきている国民は、それを心配そうに見つめることしか出来ない。ずっと外出せずに此処にこもっているとストレスも溜まるというもので、日を追うごとに口論の声があちこちから聞こえるようになった。

 そんな、息が詰まるようなホールを脱け出し、今日もミルは練習に向かう。

 狙いを定めるスピードは我ながら素早くなったし、撃ったときの衝撃にも慣れた。格段に技術は向上した、と自画自賛をしてみる。

 城の周囲に植えられた白い薔薇は、雨に打たれて揺れている。もしもソルティーナがここまで進軍してくると、この薔薇も血で赤く染まるのだろうか。

 腕時計に目をやると、もう夕方に近づいていた。練習を始めたのは昼過ぎだったから、いつの間にか数時間が経っていたことになる。

 今日はもう戻ろう。そう考えたとき、城に向かって数人の覆面の者達が歩いてくるのが見えた。特殊衛生兵――ということは、また誰かが亡くなったのだろうか。

 死体は二つあるようだ。そのうち一つは、とても丁重に扱われている。位の高い人間、ということになるだろう。

 明らかにフィオーレが押されている。ここまで来るのも、多分時間の問題だ。

 ミルは裏口から忍びこみ、ホールへと戻った。


 * * *


 ――キールの死。


 負ける。負けてしまう。

 殺される? 奴隷にされる?

 嫌だ、死にたくない。助けて、助けてよ!



 キールの死は、混乱を呼んだ。それと同時に、次期傭兵団団長はステラに確定した。

 団長の座は、敵のが狙うモノの中では優先順位は高い方にある。その点で、ミルは不安を抱かずにはいられなかった。



 * * *



 戦地から急遽呼び戻されたステラに渡されたのは、無機質な任命書だった。

 彼はそれを一瞥すると、深く一礼する。

「……前団長もいない。キールもいない。お前が、最後の砦とならねばならん」

 王・ネモフィラはそう告げると、苦々しく笑った。

「私には分かる。もうすぐフィオーレは終わる」

「では何故、降伏しないのです。これ以上の犠牲は」

「ラレンヌを、守る為だよ」

 ステラの言葉が詰まった。

 確かに、第二王女・アイリスと第三王女・カトレアは、既に他国へと避難している。第一王子・ロードが敵地に在る今、守るべきは第一王女・ラレンヌである。

 もう少しで準備が整う。ラレンヌを逃がし、王族の血を絶やさないことで、フィオーレはいつか復活する。彼はそう考えているのだ。

 ステラが黙ったままでいると、ネモフィラはおもむろにアタッシュケースを取り、ステラの前に置いた。そして、それを開けるように促す。

 箱には、びっしりと札が入っていた。並んでいる0の数は途方もなく、一生遊んで暮らせるような額になりそうだ。

「その金で、個人的にお前を雇う。――ラレンヌの、護衛を頼む」


 * * *


 狙い撃った弾は、的の中心を貫いた。

 ふぅ、と息を吐く。


 七発のうち、五発が真ん中に穴を空けた。


 ミルはリボルバーを腰に提げると、ローブを羽織った。

 ひらりと紙が舞う。それを拾い、ポケットに仕舞う。


 傭兵団団長の遺志を、ミルは受け継いだ。


 予感はしていた。

 だんだん近くなる戦火。運びこまれた、二人の猛者の遺体。

 もうすぐ、その時は訪れるのだろう。

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