3
城への帰路の途中、ぽつりぽつりと降りだした雨がアスファルトへと染み込んでいく。
その中を駆けるミルは、既に雨に濡れており、早く帰って暖まる必要があった。
城へ出入りするのには、正門以外に裏道があることをミルは知っていた。最初に城へ避難したとき、人の波に揉まれているうちに偶然見つけたのである。
その裏道を通り、静かに扉を開ける。城の内部は混雑しており、いつもに増して騒がしいように思えた。
誰かが発狂しているとか、そういうわけではない。ただ、人々は眉をひそめ、暗い顔で近くの知人と話しているのだ。
少し遠くに目線をやると、宮廷軍と思われる男達が話しているのが見えた。彼らの様子からも、深刻な事態が起こっていることが想像出来る。
「……あの……」
「あら、何かしら? お嬢ちゃん」
近くにいた女性に声をかける。
「何か……皆いつもより暗い顔をしているような気がするんですが、何かあったんですか? 私、ちょっと席を外してたんです」
「ああ……そのことね。王子のロード様はわかるわよね?」
「はい」
第一王子、ロード。ストイックな性格であり、次期国王となる為の努力を惜しまない。そんな人物像で知られており、国民からも期待されている人物だ。
「先程ソルティーナから通告があったらしいの。ロード様を捕らえた、とね……」
「えっ……?」
王族ともなれば、真っ先に避難しているはずだ。なのに、ソルティーナに捕らえられたとは、一体どういうことなのだろう。
「まあ、宮廷軍の人達の話を小耳に挟んだだけなんだけどね」
事実なら大変なことだわ――そう言って女性は苦笑する。
彼女に礼を告げ、ミルは再び歩き出した。
おそらく、王子が捕らえられたというのは事実だろう。でなければ、宮廷軍があんなに慌ただしく動いている理由がわからない。
宮廷軍が動くのは、城自体が危機に晒されたときだけだ。つまり最後の最後に動く少数精鋭であり、普段は厳重に城を守っている。
この状況下、その彼らがあんなに慌てるとなれば、ひとつしか可能性がない。王族に何かあったということだ。
「……あーもう……」
慣れないことをするのは頭が痛くなる。今まで、宮廷軍が云々などと考えたことは無かったのだ。
ローブの上から拳銃に触れる。
武器を手にする者は、戦うことを選んだ者である。
そう言ったのは誰だったか。
ミルは今、選択を迫られている。――戦うか、安全か。
* * *
翌日、目が覚めたミルは、許可を得て図書室へと向かっていた。
城の図書室は、許可を貰えば入ることが出来るようになっている。ミルは今まで入ったことはなかったが、その扉を開けた瞬間呆気にとられた。
図書室――というよりも図書館だ。
中央には階段があり、それは二階・三階・四階へと続いている。階段の横にはスロープもあり、入り口の真正面をずっと進んだ先にはエレベーターもある。
高い本棚が1フロアに数えきれない程ある。焦げ茶色のシックな色合いでまとめられていて、とても落ち着く空間となっている。
入り口から見て左側には大きな窓があり、そのひとつひとつに装飾が成されている。しかし光が遮られることはなく、昼間の図書室は電気を点けずとも明るい光に包まれていた。
入ってすぐ横にあるコンピュータを操作する。探すのは、銃器の扱いについて書かれた本である。
戦う為には、まず仕組みや使い方を熟知していなければならない。そう考えたミルは、こうして図書室を訪れたのだ。
「……あ」
見つけた。その本は二階にあるらしい。
* * *
銃の仕組みも(ある程度は)理解したところで、彼女はまた城を抜け出していた。仕組みがわかればすることはただ一つ、実践である。
今度は丘ではなく、城の裏のサビアンの森に向かった。流石にあの丘は目立ちすぎる。
サビアンの森は動物にとっては酷な環境であるといえる。木々は鬱蒼としているが日が差さず、土もあまり栄養を含んでいないらしい。もっとも、ミルはそういう方面には疎いので「へー、そうなんだ」と言うしかないが。
「この辺でいいかな……っと」
弾丸は六つ詰められていた。リボルバーという種類のため、オートがどうのこうのとかいうやつよりは少ない弾数しか詰められないらしい。よくわからないが。
リボルバーはどういう理論かは忘れたが、発砲音が高く、消音機も意味を成さないとのこと。ということは、一発撃てばすぐに居場所を知られてしまうのだろう。
木の一本に狙いを定める。遊園地などにある射撃ゲームは得意だったが、実物となると――。
乾いた音を響かせたあと、ミルが木を確認すると、ちょうど狙っていた場所に穴が開いていた。
「……、いやいやいやいや」
まさか一発目でこの精度とは、我ながら褒めてもいいと思う。
その後もう一発撃ってみたが、やはり狙った場所に穴が開いた。
――戦える、かもしれない。
勿論戦いたくないし、実際の戦場とは違う。それでも、僅かにでも戦力になるのなら。
ミルは、銀色の光沢を放つそれを見つめながらそう考えていた。




